シリウス 4
全くなんてことだよ。
眠気を誘う振動に揺られながら、深々と溜息をつく。
今回の京都行は骨休みだったはずなのに…。
先日の祭りの騒動の後始末に追われた俺は、何日も寝不足でふらふらになっていた。
そんな俺を心配して、近藤さんが京都行きを言い渡したのだ。
「視察なんて名目だけだしよ。副長待遇で豪遊してこい。」
カラカラと笑って、『仕事が残っている』という俺を無理やり連れ出した。
屯所にいたらたとえオフでも仕事をしてしまう俺を、とにかく江戸から引き離そうとしたんだろう。
その結果がこれだ。
決して近藤さんが悪いわけじゃないが、つい恨みごとの一つも出ようってもんだ。
高杉から離れた俺は、そこから少し行ったところにある幹線道路の、そのすぐ脇にあったトラックのターミナルへ駆け込んだ。
そして、ちょうど江戸方面へ向かうというトラックの荷台に乗せてもらえることになった。
助手席を勧められたのだが。
明るいところで見れば、俺の怪我は丸わかりだろう。詳しい事情を聞かれても困る。
少なくとも関西を出るまでは、俺が土方十四郎だということを隠しておきたかったので、荷台でいいと荷物と一緒にガタゴト揺られている。
どうやらトラックは高速に乗ったらしい。
これで少しは安心できるだろうか?
ふっと肩の力が抜けた。
それまで緊張していた体の力を抜いて、楽な姿勢で座りなおすと、ガサリと懐で鳴ったのは、八つ橋。
とっさにベストの内側に入れたのだが、もうすっかり箱はゆがんでいる。たぶん中身だって食べられたシロモノじゃねえだろう。
はあ、とため息。
ここまで来れば、車を使ったことがバレたとしても、1台1台捜索するようなことはさすがにしないだろう。
屯所に連絡を入れようかと思って携帯を開く、が。
伊東のことだから、必ず裏切り者をあぶりだしはするだろうが。もう見つけられたのかどうか分からない。
危険は無いとはっきりしてからの方がいいだろうか。
そしてふとメモリの中の『万事屋』の文字に目がとまる。
夜も明けない時間だ。こんな時間あいつはたぶん高いびきで眠っているだろう。
それに。
たとえば、『攘夷浪士』に襲われたといえば、あいつは純粋に俺の身を案じてくれるだろうが。
『高杉』に襲われたと伝えたら…。
昔馴染みの高杉のことをあいつがどう思っているかなんて知らない。
高杉は俺のことを『情人』などと言っていたが…。
キスや体の関係はあるけれど、あいつからはっきり気持を聞いたわけじゃない。
そんな曖昧な関係の俺よりもずっと、昔馴染みの方が大切かもしれない。
俺の居場所を教えたら…、それを高杉に伝えたりするだろうか?
しない、と信じたい。
「…クソ。」
携帯電話をパタリとしめた。
信じられねえ俺が悪いのか?
それとも、信じさせてくれねえあいつが…。
トラックの幌を少し開けて、外を見た。
だいぶ江戸に近付いているようだ。
東の空が幾分明るくなっているような気がする。長い夜がようやく明けるのだ。
ほどなく江戸につくだろう。
なあ、俺は帰ってもいいのか?
俺が江戸に帰るということは、高杉が失敗したということだ。
あいつに討たれてやった方が、お前は喜んだかな…?
ふと見上げた夜空に光る明るい星。
なんだって星は銀色になんか光ってんのか。
まるで。
まるで、あいつみたいだ。
『お帰り』と………、そう、言ってくれているみたいな気がして。
何だそれ。俺の願望か…と苦く笑った。
まんじりともせずに、ただ時間の過ぎていくのを待つ。
ゴリラは『屯所に連絡が入るかもしれないから』と言って屯所へ帰って行った。
俺の真っ青な顔を見て、新八は神楽を自宅へ連れて行ってくれた。
高杉、何で土方何だ?
そりゃあ土方は『真選組副長』で『真選組の頭脳』とか言われてて、『鬼の副長』とみんなに頼りにされているけれど…。
ああだめだ。狙われる要素あり過ぎだ…。
ジリリリリッ ジリリリリッ
黒い電話のベルが飛び上るほど大きく感じる。
あわてて飛びついて、受話器を上げた。
「も、もしもしッ。多串くん!?」
「総悟ですぜィ旦那。その様子じゃそっちにも何の連絡もないんですね?」
「総一郎君…。ああ、何も。そっちは?」
「土方のヤローからの連絡はありやせん。けどひとつご報告が…。」
「何だよ?」
「京都発の最終列車が到着しましたが、土方さんは乗っていやせんでした。」
「…乗って、ない?」
「乗り遅れたのか、ハナから乗るつもりがなかったのか…。それとも、もう。」
「っ。」
「ちなみに京都支部への連絡もありやせん。」
「………。」
「どうやら、むこうに内通者がいたらしいんでさあ。もう捕まえましたがね。たぶんそれで警戒して連絡を入れてこねえんだと…。」
「…内通者。」
「そうなると、こっちへの連絡もあまり期待できやせん。頼りは旦那んとこなんで。」
「………。」
通話を切って、椅子に沈み込む。
ついてた隊士が切られて、組にも連絡取れなくて。
今、どこにいるんだ?
もうすでに …なんてことないよな!
まだ京都の中を逃げ回っているのか?
それとも、列車以外の手段を取ったのか?
だったら、何だ?それは。
「あ。」
車か。
トラックかなんかに乗り込んでしまえば、攘夷浪士でも真選組でも1台1台確認するのは至難の業だ。
そのどちらにも知らせずに江戸に近づこうと思ったら、車は最良の手段と思えた。
どのルートを通ってくる?高速道路を使うだろうか?だとしたら、たぶん、あの道を通るはず。
すれ違ってしまうかもしれない。
けれど、じっとしてなんていられなかった。
しらじらと明るくなり始める町を、バイクを飛ばして走る。
どうか生きていてくれますように!
「あ。」
朝もやの向こうから、フラフラと歩いてくる人影は…。
「多串くん!!」
バイクを乗り捨て、あわてて駆け寄ると、ふらりと倒れこんでくる身体。
「血!?多串くん、怪我してるの!!?」
むせかえるような血の匂いに、あわてて体中を見回せば黒い隊服はじっとりと血を吸って重くなっていた。
返り血だけではないようだ。
包帯がわりに巻いたのだろう、腕に巻いてあるスカーフは赤茶色に変色していた。
「多串くん!大丈夫か!?くそ、今救急車を…。」
「……万事、屋…。」
息が漏れただけのような土方の声。
「今、屯所に連絡を入れるから。携帯、借りるよ?」
たぶん出血のしすぎで貧血を起こしているのだろう。明るくなり始めた中で見る土方の顔は真っ青だった。
「………っ。」
土方のズボンのポケットから、携帯を取り出し開こうとするとそっと止められた。
「ん?ああ、内通者?捕まえたみたいだよ。だから大丈夫。それに。」
安心させるように土方の顔を覗き込みながら言った。
「もしも今、誰かが襲ってきても俺が絶対に守ってやるから。」
余計な世話だと怒られるだろうか?
けど、怒ってくれた方がいい。その方が、まだそれだけの元気があるのだと安心できる。
なのに、土方は。そっか、と小さく笑った。
笑っているのに、…なんだか泣いているように見えた。
「その傷、高杉にやられたんだろ?」
「…まあ、な。」
真選組の奴らと、救急車を待つ間に、土方の怪我を確認する。
スカーフを外し上着を脱がせれば、中のシャツは血まみれだった。
数は多いものの、ものすごく深い傷っていうのはなくて、少しだけほっとする。
ただ、相当量の血を流したことで、徐々に体温が落ちていく感じがして、事態の張本人への怒りがこみ上げてくる。
「くそ、あいつ、高杉のヤロー、今度会ったら10分の9殺しだ。」
俺の土方にこんなに怪我を負わせて!!!!!
「そりゃ ほとんど、死んでる ぞ。」
「多串くんが生きてるから、取り合えずそんな感じで。これで、君にもしものことがあったら、俺絶対あいつ殺しに行ってる。」
「………。」
きょとんとこちらを見返してくる土方。小さく、え?と声が漏れた。
「ん?アレ?なんか俺変なこと言った?」
「殺しは しねえ んじゃ、ねえのか?」
「普通はね。けど、多串くんに何かあったら俺多分普通じゃなくなると思うし…。」
「………。」
驚いたように絶句する土方。
あれ?何で?
俺がそれだけ土方のこと大切に思ってるって…。もしかして、あんまり伝わってなかった?
傷の痛みに顔をしかめながら土方がこちらへ腕を伸ばしてきた。
そんな彼を抱え込むように抱きしめると、耳元で小さくつぶやく声。
「………悪かった。」
「え?」
いったい何を謝るの?
心配掛けたこと? それとも、すぐに連絡を入れなかった事?
けど、なんかそんな分かりやすいことで謝っているのではない気がする。
「なんか分かんないけど良いんだよ。こうしてちゃんと帰ってきてくれたんだから。」
更にギュッと抱きしめれば、スリと甘えるように腕の中に納まる。
「お帰り。」
「ん。」
漸く安心したように、ほおっとため息をついた土方に、チュッと触れるだけのキスをした。
20081101UP
END
そして。大変大変お待たせいたしました。
ようやくこの言葉がいえます。
リクエストをくださった『玉井』様。難しかったけど、本当に有意義なリクエストありがとうございました!
とってもお待たせしてしまいましたが、気に入ってくださいましたらどうぞお持ち帰りください。
いつもの通り背景のお持ち帰りはNG。文自体を変えなければその他はいい感じでお楽しみください。
もしもどこかに掲載してくださるという場合は、隅っこの方にでも当サイト名と月子の名前をくっつけておいてください。
(20081101UP)
色気も何にもない、ほんの数行のものですが。
本文の中にどうにもうまくおさまらなかったのですが、月子的には結構気に入ったので…。
読んでみようという方は→おまけ