年上の彼女と年下の彼氏 7

 

〜 おまけ その1 〜

 

 

「…はあ…。」

 ティナは自宅のソファに座って、小さく溜め息を付いた。その視線の先には、上機嫌でコーヒーメーカーの前に立つハボックがいる。

 あれから、部屋に戻ってベッドへとなだれ込んだ。何度求め合ったのか覚えていない。眠りに付いたのは、多分朝方で…。

 身体に力が入らなくてぐったりとしているティナに対して、ハボックは全く疲れた様子も無い。朝も『一緒にシャワー浴びよう』と起こされ、半分眠ったままシャワーを浴び終えて(浴びさせられて?)今、バスローブ1枚でソファに沈み込んでいるところだ。

 年下で若くてしかも体力派の彼氏は、結構大変かも知れないわとティナもう一度溜め息を付く。

 ティナがこの部屋に越してきて、最初に購入した真新しい灰皿。トントンとそこに煙草の灰を落とすハボックの顔は夕べの手形も残っているし、だらしなくにやけている。なのに、そんな顔もカワイイと思ってしまう自分は重症だ、きっと。

「はい、コーヒー。」

「…ありがと…。」

 かすれた自分の声。ああ、もう。恥ずかしいなぁ。

 隣に座り、クスリと笑うハボック。今日は一度司令部へ行き、荷物や他の同僚たちと一緒にセントラルへ発つのだという。

「…見送りには行けそうに無いわ。」

「いいよ。…他の奴ら居るし。大佐にばれるぞ。」

「ゔーん。」

 過去、何度もマスタングには恋人との仲を邪魔されている。デートについてきたり、変な議論をふっかけて言い負かしてみたり、自分の方がティナと仲が良いとアピールして相手をへこませたり。

だから、今までティナはハボックと付き合っていることをマスタングに言っていないし、今後も極力言うつもりは無い。見知らぬ相手であれだけやったのだ。遠慮の無いハボック相手では何をするか分かったもんじゃない。……という、ティナの話を受けて、当分はマスタングに隠しておこうと決めた2人だった。

ティナは少しハボックに寄りかかった。

「…何?」

 ハボックの腕がティナの肩に回され、抱き寄せられる。

「ううん。…ふふっ。この部屋に決めたとき言ったじゃない?『色々妄想した』って」

「ああ、そういえば。」

「私の引越し祝いだーって、ロイやリザさんや司令部の皆を呼んでパーティして、私が作った料理をジャンが運んでくれたり…。」

「ああ、あんな作業が無きゃやりたかったな。」

「後、天気のいい日にはベランダから2人で外眺めてのんびりしたり。」

「…うん。」

「半分だけ叶ったけどね。作業してるジャンを時々見てたから。」

「そっか。」

「あ…とは。…原稿やっててキーッてなったときに、ジャンがコーヒー淹れてきてくれたりとか。」

「…お味はどうですか?」

「大変おいしいです。」

 クスっと笑う。

「ティナでもキーッてなるんだ?」

「なるわよ、たまにね。 …ふふ。後はこうやって、2人でソファにくっついて座ったりとか…。」

「うん。ごめん。もっと早く来れば良かったな。ティナは夕べああ言ったけど、俺も自信なかった。今まで何度もいいなと思う子を大佐に取られてたから。そんな大佐を良く知ってるティナが、いつ俺に失望するか…って。」

「そっか。でも前にも言ったわよね。あいつは私にとって男性じゃないのよ。むしろ、手のかかる子供?  ああ、けど、ロイのおかげでジャンがフリーだったんなら、少しは感謝しなきゃいけないかしら。」

「ナルホド。そういう考え方もあるか…。」

 そんな話をしているうちにも時間は着実に進んで行き、ハボックの出勤時間となる。

「じゃ、俺、行くわ。」

「うん。いってらっしゃい。そのうち私もセントラルに行けると思うから。」

「本当か?」

「うん。ここの家賃まとめて払っちゃってるから、その期間が過ぎたらね。…元々うちの親は『ロイと一緒なら』って条件だったんだから。ロイがセントラルに行ったって聞けば、私にも行けって言うに決まってるわ。」

「分かった。待ってる。」

「うん。」

 名残を惜しむように、口付ける。しばらく唇を味わって、ハボックがぎゅっとティナを抱きしめた。

「駄目だ。きりがないな。」

「本当ね。」

2人で苦笑する。

「行ってらっしゃい。」

「ああ、行ってくる。」

「気をつけて…。」

「うん。…じゃあ、また。」

「うん、またね。」

 

 

 

 

 

 

 

〜 おまけ その2 〜

 

 

セントラルの病院で。

ふぅっと溜め息を付くマスタング。自分も負傷し、部下にも怪我をさせた。尚且つその部下は足が麻痺しているときた。

本人の前ではつい気が引けて、待合室まで来て医学書を開く。先ほどもう一人の部下が賢者の石を持つという医療錬金術師を訪ねて出て行ったばかりだが、何か他に手は…?

結局は自分のわがままから出たことだ。親友の死の原因に疑問を持ち、調べ始めた。本来の業務には全く関係がない。ましてや部下たちには尚更関係がないのに。誰一人文句も言わずに指示に従ってくれた。その結果がこれだ。

もう一度。この病院で目覚めてから、何度目になるか分からない溜め息を付いた時。

「…これは、一体どういうことか説明してくれるかしら?ロイ?」

 幼馴染の声。…お、怒ってる…。背筋がゾクリと震えた。

「や…やあ、ティナ。セントラルへ来たのかい?」

「ええ。向こうのマンションの契約が切れたのでね。昨日こっちへ引越し済みよ。」

「そ…そうか。」

 相変わらず清楚できれいな幼馴染。護衛についていたホークアイと会釈をして、すぐに冷めた視線をこちらへよこす。

「これは、ど・う・い・う・こ・と・か・し・ら?」

「や…その。」

 文句を言いつつも、心配してくれているのは重々承知している。

「……退院は?」

 ティナは小さく溜め息を付いた。

「来週には(したいなぁ)。」

「そ、……で?」

「うん?」

「入院しているのは、あなただけじゃないでしょう?」

「ああ、ハボックか。…あいつは…。」

 口ごもるマスタングにティナの眉がひそめられた。

「…どうかしたの?」

「ああ、…足が…な。」

「足が?」

 いやに真剣に聞くなあと、思いつつ麻痺しているらしいと説明する。

「…治るの?」

「今のところは、なんとも…。」

「…そう…。」

 そういえば、ティナはハボックを気に入っていたようだったと思い出す。

 ティナも自分も29歳。そろそろ結婚を考えてもおかしくない。…というか遅いくらいだ。以前は心配のあまり邪魔したことも多々あったけど、さすがにもうその必要はないだろう。それに相手がハボックならば、ティナも自分のテリトリー内にいるのと変わらない訳で。…過保護すぎか?

結局、そのうち取り持ってやるか…などと思っているうちにセントラル行きの話が出てしまった。ハボックのあの怪我では、今すぐどうこうというのは無理だろう…などと思っていると。 ふう…、とティナが溜め息を1つ付いた。

「ティナ?」

「ロイ、あんまり無茶しないのよ。おばさんも様子を見に来るって言ってたわ。」

「ああ、悪い心配掛けたな。」

「うん。あんたのことも心配だけどね…。」

「……ん?」

「ジャンってば、この頃電話も全然繋がらなかったし…。」

「………は?」

 …『ジャン』?

「電話デートも出来なくて…って、ああ!思い出したわ!」

「な…なんだ?」

「あんた、ジャンに私と別れろって言ったんだってね。」

「うええ?」

「セントラル行きが決まったとき!危うく別れるところだったわよ!」

「ち…ちょっと待て!」

 自分は付き合い始めた彼女と別れろと言っただけで…って、まさか!

「付き合ってたのか?ハボックと!」

「まあね。」

 視界の隅にホークアイの驚いた表情が映る。

「い…いつからっ。」

「えーと、マンション決めた後。一旦家に帰るとき?…位から。」

「んなっ!」

 そんな最初の頃から?

 ティナの様子を見て、ハボックが気になるらしいのは分かっていた。だから、ハボックに彼女がいると聞いて、『別れろ』といったのだ。せめて、幼馴染にもチャンスを上げられればと思って。まさかその『彼女』がティナだったとは…。

「ま…待て。」

「何よ?」

「知らなかったんだ。」

「で、しょうね。言わなかったもの。」

「だろう?」

「『だろう?』じゃないわよ。何で、言わなかったかわかる?邪魔されたくなかったからよ。…ったくもう。知らなくたって邪魔はするのね。」

「ま、待て。ハボックが頬に付けていた手形はっ。」

「ああ、私。」

「『仕事と私とどっちが大切なの』って。」

「ちょっと、言葉を間違えたのよ。仲直りしたわよ、ちゃんと。」

「言って、無かった。」

「言うわけ無いでしょ。あんたに言ったら邪魔されるから、秘密にしておこうって言ったの。」

「あ、じ…じゃあ。」

 『見合い』といいかけて、そうだあれは自分がけしかけたんだったと思い出す。…これも知られたら不味い。

「何よ?」

「…ボイン。」

「はあ?」

「あ、いや。なんでもない!」

「ボインがどうかしたの?」

 聞こえていたのか…。にっこりとティナが笑う。こ……怖い。

「い、いやっ…何でも。」

「リザさん?」

「はい。」

「傷口は、どのあたりかしら?」

「左脇腹です。」

「君!」

「そう。…このへん…かしら?」

「ま…待てっ!…わ、分かった。…言う。」

 敵の女性に騙されたらしいことを伝える。一応ホムンクルスであることは伏せておく。ティナは軍の人間じゃない。余計なことは知らないほうがいいだろう。

「…そう。幾つくらいの人だったのかしら?」

「実年齢は分からんが…見た感じは、20代半ばといったところか?」

「…そう。…ボイン…ってことは…。」

「ああ、まあ。そういうことだ。」

「そ。…ジャンの病室はどこかしら?」

「…ティナ。」

「何よ?」

「…ハボックをどうするつもりだ?」

「別に、どうも。…話は聞くけど?」

「そ、そうか。」

 けど、目は決して穏やかではない。

「ティナ。」

「だから、何!」

「私は、…お前は良い女だと思う。」

「はあ?何言ってんのよ。」

「だから、その。私が言うのも何だが。」

「何?」

「ハボックを見捨てないでやってくれ。」

 そんなことになったら、ただでさえ足の麻痺で落ち込んでいるハボックは再起不能になるだろう。

「………ばかね。そんなの、私が決めることじゃ無いでしょ。」

 淋しく笑った顔は初めて見る表情で、言葉が続かなくなる。

 過去に何回かマスタングが邪魔をして恋人と駄目になったことがあったけど、そんなときですらこんな表情をしたことが無かった。

 ホークアイから部屋番号を聞いてハボックの部屋へ向かったティナは、しばらく戻ってこなかった。

 

「…先程の一言は、どうかと…。」

「中尉?」

「ティナさんにしてみれば、浮気をしたのは少尉の方です。…つまり、他の女性を選んだ。」

「…違うと、思うが…。」

「…そうでしょうか?」

「あの女。胸元にホムンクルスの紋章があったが、ハボックは知らなかった。」

「……。」

「それに、連絡先も知らないときている。」

「そうなのですか?」

「ああ。連絡は向こうから寄こしたのだと。」

「…付き合っていたのでは…?」

「ないようだな。向こうはそう言っていたが。まあ、ハボックもナイスバティの美人に親しげにされて浮かれていた…というところじゃないのか?あるいは…。」

「あるいは?」

「ティナがセントラルへ来るまでの…代わり…。」

「………。」

「………。」

「男って、最低の生き物ですね!」

「ち…中尉。…じ、冗談だよ。」

「大佐も。大切な女性が傍を離れたら、すぐに代わりをお探しになるのですか?」

「そ…そんなわけは無いだろう。…それに、君は私の傍を離れない。代わりを探す必要は無い、そうだろう?」

「…大佐。…それは…。」

「私の傍を離れるな。中尉。」

「…はい…!」

 

 

 

 

 

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大佐と中尉が…って言うのは当サイト内ではこのお話だけです。
どのおまけも書きたかったのはワンシーンなのに…どうしてこんなに長いのやら…。

 

 

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