ここにいるよ。9
「ただ今〜。ジャン君、聞いて!」
「おう、お帰り。どうした?」
「クリスマス・イブ、休めそうなの!」
「へえ?」
「ねっ、デートしようよ。デート。」
「はあ?」
「デ・エ・ト!」
「…って、人ごみはやばいんじゃねえ?」
「イブの日に他人見てる人なんかいないよ。」
そうかあ?
ぷかーとタバコの煙を吐きながら首を傾げた。
「ねーってばー。」
「うーん。」
「私の知り合いなんて軍関係か芸能界関係しかいなくて、両方ともクリスマスは大忙しなんだもん。暇人なの、ジャン君だけなんだよー。」
「どーせね。」
リハビリで休職中ですが。
「ねーねーねーってばー。」
「分かった、分かった。その日の分のノルマが終わったらな。」
「うん。やったー。」
踊り出さんばかりの勢いでバンザイをする。
「夕メシ、出来てるぞ。」
「はーい。着替えてくる〜。」
玄関へと向かい、部屋を出て行った。
しょーがねーなーと溜め息を付きつつも、この1年近くお嬢には支えてもらいっぱなしだったなと思い返す。
リハビリと『治療』のおかげで、何とかオートメイルを付けられるようになった。
ずっと動かない足にはうんざりしていたし、『この足はもうだめだ』というのが実感としてわかっていた俺。自分でも驚くほどあっさりと切断の手術を受けられたのだが、お嬢はボロボロと大泣きして、そっちをなだめるのが大変だった。
『そういえば、お嬢があんなに泣いたのを見たのは初めてだったなあ。』と思い返す。
その後オートメイルのリハビリの時も時間を見つけては傍に付いていてくれた。
いつも、『大丈夫よ。』と笑っていてくれた。
手ほど細かい動きがなかったせいか、思ったよりも早くリハビリが終わり、来月半ばからは士官学校へ行って、軍事復帰の訓練が3ヶ月ほど行われる。それを無事終えれば休職期間も終わるのだ。
そうか。のんびり出来るのは今しかないんだ…。
それに。
少し前。やっと一人で街中に出られるようになった頃。
休憩のために入った喫茶店で、すぐ傍に座っていたグループは『ジュディ・M』のファン達のようだった。
彼らの会話を聞くとは無しに聞いていると。
どうやら『ジュディ・M』は毎年行っていた国内の数ヶ所を回って行うツアーを今年は取りやめたという。このセントラルで、じっくりと新しいアルバム作りに専念する…と発表されていたらしい。
俺の、為……だろうか?
俺のリハビリに付き合うために?
そんなこと一言も言ってなかったじゃないか。
子供だとばかり思っていたのに、そんな気遣いが出来るようになったんだ。驚きと共に感じたわずかな寂しさ。
自分の庇護の下にあったものが自立し、飛び出していく。
『まだ、子供だ』と『妹だ』と。そう思っていたのは俺だけなのか?
いつの間にか、俺の方が守られている…。
この1年の感謝の意味もこめて、1日位『デート』って奴をしてみてもいいか。
そういや俺自身も『デート』なんて久しぶりだ。
多少くすぐったい思いをかみ締めつつ、料理を温めなおしているうちにお嬢は自分の部屋で着替えて戻ってきた。
お互い合鍵を持っていて、お嬢は好き勝手にこの部屋に入っ来る。
俺の方はさすがに女性の部屋へ勝手に入るのは気が引けてあまり使わないが、こうやってお嬢が来る時にたまに自室の鍵を忘れてくるので(オートロックなので、ドアを閉めると鍵もしまってしまうのだ)そんなとき一緒に行って開けてやったりするのに使ったりする。
上司が甘やかしたのか、基本的健康的な生活と言うものに余り意味を見出さないお嬢のために、家にいるときの食事は俺が作ってやっていた。
そんな作業がリハビリの一環にもなっていたし…。
ただ食後などに、お嬢が淹れてくれるコーヒーや紅茶は壮絶に美味しくて、とても同じ豆や茶葉で入れたものとは思えない。
『兄に仕込まれた』というが、なら料理も仕込んどけよ。と言う突っ込みは心の中だけにしておく。
それぞれ自分の予定を消化しつつ、時間が合えば一緒に食事を取る。
退院してからずっとそんな感じで生活してきた。
それももうすぐ終わるのかと思うと、ほんの少し淋しい気がした。
「デートの醍醐味は待ち合わせっしょ。」
と言うお嬢の意見を取り入れて。夕方、少し早い時間にセントラルパークにある噴水の前で待ち合わせをすることになった。
日中は俺もリハビリでこなさなければならないメニューがあり、お嬢も急遽打ち合わせが1件入ったとかでそれぞれ別行動となった。
リハビリを終え、一旦家へ戻ってシャワーを浴び(リハビリの後は汗だくになるので)プレゼントを買うために少し早めに家を出た。
やっぱりクリスマスプレゼントは必要だろう。
前もって用意できればよかったのだが、何にしようか考えあぐねているうちに当日になってしまったのだ。
大体、お嬢の方が収入はいいのだ。
特別贅沢をしている風には見えない。ブランド物を買い漁る訳でもないし、生活に必要無いものが部屋にあったこともない。
むしろ、ぬいぐるみの一つも置いておけよと思うくらいだ。
しかしそこはさすがに、高給取り。持っているものはどれもそこそこ質の良いものばかりなのだ。
しかも買うときは、ほとんど値札なんか見やしないのだ。
そんな人間相手に一体何を送ればいいのだろうか?
考え出すとグルグルと止まらなくなる。
「ん?」
ふと、クリスマス用にディスプレイされた貴金属店のショーウインドウが目に付いた。
クリスマスのせいか、シルバーやプラチナのものがメインに並んでいる。
そのうちのいくつかに目が行った。
元々俺は、お嬢には目が覚めるような濃いブルーかグリーンが似合うと思っていた。
そのほうが白い肌が引き立つ…と。
ステージや、TVでは様々な衣装やアクセサリーをつけているお嬢。
素人の俺に言われるまでも無く、スタイリストなどは分かっているのだろう。時々『お』と目を見張る衣装があって感心する。
けど、普段はそういう服は余り着ない。理由は一つ。目立ってしまうからだ。
もったいないなあ、と思うが仕方ないのだろう。
そんなお嬢に一番似合うと俺が思っている濃いブルーの石が使われているアクセサリーがいくつか並んでいた。
イアリングは…ダメだよな、天使なんてこの時期しか使えない。ブレスレッドは…デザインがいまいちか…?…とするとネックレス。数種類あるけれど…何となくあの子は丸よりシャープな細いもの。
1つだけあった、気に入ったもの。
値段も自分で考えていた予想の範囲内だった。
仕事用のアクセサリー何てもうたくさん持っているだろうけど、普段はそっけないくらい何もつけない子だから。
決めた。これにしよう。
ラッピングをしてもらい、皮のジャケットの内ポケットへ入れた。
噴水のヘリに座り。タバコをふかしながら待つ。
あっさりプレゼントが決まったので約束の時間より少し早かった。
多分、お嬢がやってくるであろう方向へ時々視線を送る。
そういえば、誰かと『待ち合わせ』なんて久しぶりだ。
ついでに言えば、ドキドキワクワクするような。こんな落ち着かない気分も。
変だな、本当の恋人同士じゃないのに…。
ふと、視界の隅にすらりとした女の子が動いた。
黒いロングコートに紺色のヒールのあるショートブーツ。
髪にも紺の髪留めが付いている。
それ自体目立つ服装じゃないのに、つい目が行く。
周りを見ると、やっぱりいく人かの男性が振り返って見ていた。…ああ、ばれなきゃいいけど…。
周りをキョロキョロと見回していたお嬢の視線が、こちらを見つけた。
嬉しそうににっこりと笑う彼女に、手を上げて合図をする。
小走りでこちらへかけてくるお嬢。
どうして、あんなに踵の高い靴を履いていて、走れるんだろう?男には永遠の謎だ。
「『ごめんね、待った?』」
「『いや、俺も今来たところ』」
と、互いに棒読みで台詞を言って。目をあわせて同時にプッと噴出した。
お嬢からのリクエストは『教科書みたいなデート』だった。
このお決まりの会話もしてみたかったらしい。
『だって、したこと無いし。』とは彼女の弁。
確かに、あの兄と事務所の包囲網を突破してのデートは相当大変だろう。
火のないところに煙の立ってしまう芸能界に長年いて、この年齢で一度も恋愛報道がされたことのないお嬢はいっそ天然記念物と言って良いのかもしれない。
それでも好きな人くらいはいるんだろう…とは思う。
そうでなければ、あんなに多くの人を惹きつける曲なんて作れないし歌えないだろう。
「これから、どこ行くの?」
ワクワク、と意気込むお嬢に苦笑しつつ。
暫く、ライトアップされたツリーや、アーケードを見て回った。
ディスプレイの綺麗なショーウインドを見たり、サンタの格好をした大道芸人のパフォーマンスを見たり。
恐らくお嬢は、ゆっくりとこういうものを見たことはないだろうと思ったから。
「ねえ、ジャン君!見て、アレ。」
「ああ。」
「ほら、これ可愛い。」
「そうだな。」
お嬢はその何もかもが珍しく感じるらしく、キョロキョロ視線を動かし目を輝かせている。
はしゃぐお嬢を愛おしく感じ、たまにはこうして楽しむのも良いかと思いながら。
クリスマス・イブの人出の中。気を抜くとはぐれてしまいそうになるので、自然と手を繋いでいた。
20061109UP
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クリスマス・デートが始まりました。
当然ですが、ハボの足の状態については捏造です。
ちなみに『治療』というのは、マルコー氏による錬金術を使ったもの。
ダメになった、神経をオートメイルがつけられるまでに『治療した』ということで…。
(06、11、11:ポッキーの日)