「ここにいるよ。」10
「そろそろメシ食うか?」
「うん。…どこ行くの?」
俺が予約していたレストランの名前を告げると、心底驚いたようにお嬢の目が見開かれた。
「え?あんなとこ、良く予約取れたね。」
クリスマスにはカップルのデートスポットとして有名なところだ。
24・25日あたりは数ヶ月前から予約が入るという。
「やあ、俺もダメだと思ってたんだよ。けどまあ、一応電話だけはかけてみようかと思ってしてみたら、キャンセルが出たって言うんだ。」
「…キャンセル?」
「そ、俺の前の電話がキャンセルの電話だったらしい。」
「は…あ。」
「微妙だよな。」
イブのキャンセルなんて、理由は絶対に楽しくない感じだ。
「あー、うん。でも。きっとその人も来年はハッピーなクリスマスが迎えられるよ。」
「…そうかあ?」
「勿論。だって、今年は私達のために譲ってくれたんだからね。」
「…俺達のために?」
「そうよ。だって、私達がこんな風にデートできるクリスマス・イブなんてきっと今年だけだもの。」
「…そ…か。」
「その、特別な年は私達に譲ってくれたの。だから、きっと来年はステキなクリスマスを迎えられると思う。」
「成る程。」
「だから、今年はその人の分まで私達が楽しく食事をしよう。」
「…だなあ。」
「うん。よし、レッツゴー。」
「はい、はい。」
いつでも元気。いつでも前向き。
この1年、そんな彼女にどれだけ救われただろう。
いつでも笑っているって事が、実は結構大変なのだと。さすがに分からないような年では無いから。
「お前、凄い。」
「…うん?なんか言った?」
「いや、何でもない。」
「そう?」
聞こえなかったらしいお嬢が可愛く首を傾げた。
レストランに着いて、席へと案内される。
クリスマスの時期、夜景が綺麗に見える窓際の席は二人並んで窓へ向いて座れるようになっている。グリーンなどで目隠しされ、隣の席のカップルは見えないようになっていた。
席の後ろには衝立もあって、ボックス席のようになっているのだ。
席に座ってしまえば、お互い以外は夜景しか見えないつくりになっている。思いっきり二人の世界に浸れるのだ。
成る程、恋人同士のデートに人気があるわけだ。
「ある意味、物凄くあからさまよね。」
席について周りを見ながらお嬢が苦笑した。
黒いコートの下は紺のベルベットのワンピースだった。
ヤベェ、可愛すぎる。
頼んだものが来るまでの間に。
「ほら、クリスマスプレゼント。」
「えええ〜!」
「驚きすぎだ。」
「開けていい?」
「ああ。」
ガサガサとラッピングを解いていく。
「わ〜、綺麗。」
「気に入ったか?」
「うん。ありがとう。 ね、ね。付けて?」
「え?」
「はい、付けて?」
ネックレスを渡され、お嬢はこちらへ背中を見せた。
サササッと髪を掻き分けられ、綺麗なうなじが露わになった。
思わずごくりと生唾を飲み込みながら、ネックレスの金具をはめてやる。
「ふふ、嬉しい。本当、ありがとう。」
「ああ。いや。」
なんか、いいもん見せてもらったし。
「お返しね。私もプレゼント買ってきた。」
「え。マジ?」
「うん。マジ、マジ。」
お嬢がバックから出してきたのは小さな包みで。開けてみるとジッポだった。
俺がお嬢にあげたものより、少し薄い青。
その青い色の濃淡で、波のような炎のような模様の描かれているきれいなジッポだった。
「すげ、なんか使うのがもったいないくらいだ。」
「そ?ちゃんと、使ってね。」
「ああ。」
何度も蓋を開けたり閉めたりして手触りを確認する。
蓋の軽さ。チンとなる金属音。どれも思いっきり俺の好みの感じだった。
なんだか嬉しくなった、物凄く。
「サンキュ。」
きゅっとお嬢の肩を抱き寄せ、目尻と米神の間くらいに唇を落とす。
「っ!」
ピクリとお嬢の方が強張った。心底驚いたという感じに。
「………。」
「………。」
お互いに、この後どう出ていいのか分からなくて、沈黙が続く。
「お待たせいたしました。ワインで御座います。」
店のウエイターがやってきた。
「あ、ども。」
慌ててテーブルの上の包装紙やリボンを片付ける。
それと一緒に、微妙な雰囲気も一掃される。
そして程なくオードブルも運ばれてきて…。
「あ、綺麗。」
思いっきり、女の子の好みそうな盛り付けだ。
「じゃ、乾杯。未成年だけど。」
「ああ。未成年だけどな。」
「「メリー・クリスマス。」」
グラスを合わせて笑い合った。
食事を終えて、中央の大通りへ向かう。
その一角に巨大クリスマスツリーがあるのだ。
多分本物の木じゃないんだろう。
けど、見上げるほど高いツリーには、様々な飾りつけときらびやかなイルミネーションが施されていて、それは本当に見事だった。
あたりはかなりの人だかりがしていて、カップルばかり。
さすがにここは(夜は特に)一人では来づらい雰囲気があった。
「綺麗だねえ。」
にっこり笑うお嬢に『そうだな』と笑い返した。
「一緒に見る人がいるから余計に綺麗なんだね。」
ふふふ、と幸せそうに笑う。
『一緒に』…か。
来年も又一緒に見れたらいい。いつでも一緒にいられたらいい。
恋人同士という訳ではなく、かといって友人という訳でもなく。
以前のように妹のようと言うこともなく。
少しドキドキして、でも居心地良く安らぐことが出来て。
なんだか凄く不思議な感じだと思った。
「ハボック少尉。」
「はい。何スか?マスタング将軍。」
「お前来月から移動な。」
「は?」
3ヶ月の研修を終え、軍に復帰した。
そして半年位たって、色々と感覚とかも戻ってきて。オートメイルでの任務にも慣れてきた頃。
マスタング少将に呼ばれてあっさりと移動を言い渡される。
「い…移動…って、どこっスか?」
「南方司令部。」
「へ?」
イシュバールの後、配属になった古巣だ。
なんか色々と大変だったんで、余り良い印象は無い。
「何でですか。」
「ここで、少尉のままじゃ動きづらかろう?」
「…う、え、まあ。」
お偉いさんのひしめくセントラルで『少尉』ってのは本当に下っ端で。
その権限で動けることは本当に少ない。
リハビリで休んでいる間に回りは1つ2つと上に上がっていて。確かに出遅れた感じは持っていたけれど…。
「南方司令部の管轄内は相変わらず不安定だ。仕事は山ほどあるだろう。下手したら東方司令部の頃より大変かもしれん。」
「…はあ。」
「分かったか?分かったらとっとと行って出世して来い!それなりの階級になるまで、呼び戻さんからな。」
「! イェッ・サー!」
トラブルが多いということは良くも悪くも功績を上げるには手っ取り早い。
この上司がホイホイと階段を駆け上がり続けているのは、そういう面倒なところにばかり配属され、そこで成果を出してきたからだ。
「一応餞別に1個上げといてやる。移動と同時に中尉だ、ハボック。」
20061123UP
NEXT
ジュディはこのころ、19歳。ハボは26〜7歳くらいで…。
未成年の飲酒は法律で禁止されています。
そして、ハボは南方司令部へ。
遅れた分を取り戻せ!
(06、11、25)