「ここにいるよ。」11

「俺、今度南方司令部へ異動になった。」

「南方司令部?」

「ああ。」

 セントラルの喫茶店で俺達は会っていた。

 ジュディは顔がばれないように、サングラスをかけ目深に帽子を被っている。

 俺の言葉を聞いて、暫く何か考えている風だったジュディは。

「……サングラス、いっぱい持って行かなきゃいけないわね。」

 と言った。

「へ?」

「あ…向こうでも売ってるか…。」

「あ、多分。」

 さすがに戦場ではないから店は普通にある。

「…んーでも、餞別はやっぱりサングラスにしよう。うん。」

 ああ、餞別のことを考えてたのか。

 淋しいとか、思ったりはしてくれないんだろうか?

「手紙、いっぱい書くね。それから電話も。」

「あ…ああ、うん。」

「南の方は治安が悪いから、さすがにコンサートはまだ出来ないのよね。それに便乗して会うのも無理だわ。」

「お嬢のコンサートが出来るような場所になるように、頑張ってくるわ。」

 実情はそんな楽観できるものではないけれど…。

 恐らく南方が落ち着くには10年以上は掛かるだろう。

 移動してから仕事に忙殺されるであろう自分を想像すると、本当にげんなりしてしまうが。目的があっていくのだから早いとこそれを達成させて戻ってこなければ。

 俺としてはちょっと未知の領域。まさか『出世』のために仕事をするハメになろうとは、思いもしなかった。

 以前の俺は…と言うか今でもそうだけど。『出世』の為にがむしゃらになる奴なんて碌なもんじゃないと思っていた。

 けど、『出世』を目的とする者には2種類あるのだとこの頃思う。

 とにかく『出世』出来れば良いというもの。『出世』をすること自体が目的のものだ。こういう輩は手段を選ばない。どんな汚いことだって平気でやる。

 俺としては、出来る限りお近づきになりたくないし、俺自身もそうはなりたくないと思う。

 もう一つは『出世』をすることで、自分のやりたいことを成し遂げようとするもの。つまり『出世』は手段に過ぎない…と言うものだ。

 マスタング将軍がそうで、その将軍に付いて行こうとする俺達も必然的にその手段が必要となってくる。

 将軍がいくら頑張って大総統になったとしても、その時側近として控えるべき俺達が下士官止まりでは話にならないからだ。

 幾つ上げれば良いのかなんて分からないけれど、上がらないうちは戻ってこれないのだからとにかく頑張るしかない。

「そっちには行けないけど、私もがんばって歌うから。聞いてね。」

「勿論。」

 それからしばらく色々と話をして、ついポロリと口が滑った。

「ダメって言われるかと思った。」

「?何を?」

「南方行き。」

「?私がダメって言ったら辞令が取り消されるの?」

「まさか。」

「じゃ、言ったって仕方ないじゃない。」

「まあ、そうなんだけど…。」

 俺は、東方司令部から中央へ異動となった当時付き合っていた彼女とのいきさつを話す。

「仕事と私とどっちを選ぶか?って?…言われたの?」

「どっちが大事なの?だ。」

「そりゃ仕事でしょう。」

「あっさりしてるなあ。」

「だって、社会人ならそれが生活の基盤でしょ。そこがしっかりしたうえでの恋愛じゃないの?」

「まあな。」

「ちゃんと仕事して、収入があってきちんと生活して…あら?でももしジャン君が彼女を選んで軍人辞めちゃったら、どうしたのかしら?」

「うん?」

「ジャン君が無職でヒモになっちゃってもOKだったのかなあ?」

「そりゃ無いだろ。」

「だったら、そう言う無責任な事言わないでくれるって感じよね。」

「ああ、だな。」

「恋愛なんて、距離が離れたって続く時は続くんじゃないかしら?続ける努力を怠らなければ。」

「努力っスか。」

 小さい頃から自分で稼いでいる子はドライだ…。けど。

「あ〜、何かほっとした。」

「何が?」

「結構トラウマになってたらしい。」

「?」

「それで彼女と別れて凹んでるところを中将に面白がられてさ。アームストロング少佐の妹と見合いさせられたから。で、断られてさらに凹んでるところを騙されて足ダメにしたし。」

「………。」

 驚いているのか。呆れているのか? お嬢はぽかんとこちらを見返している。

「なんか……ジャン君って……可哀想?」

 哀れまれてたか!

 

 

 

 突然3日の休みを貰ってしまった。

 

 南方司令部へ来てから1年と少したった。

 ここはとにかく慌ただしくて。

 小さな揉め事から、大きなテロまで何事も無い日なんて無いくらいに日々仕事が持ち込まれる。

 南方に移動になるのと同時に、以前俺の副官だったジョーカーやイシュバールで一緒だった仲間達も東方から移動になった。

 俺の中央移動が決まって、落ち着いたら呼び寄せるつもりだったのだが。

俺が怪我で休職することになってしまった為、彼らはそのまま東方司令部に残っていたのだ。

 気心知れた上に腕の立つ仲間が揃ったことで、かなりやりやすくはなったのだが。いかんせん仕事の量が多すぎた。

 初めのうちはきちんとローテーションで休みを取っていたのだが、だんだんなあなあになり。テロなどでバタバタしていたら、なんだか随分休みを取っていなかったらしい。

 中央の人事部の方から、労働条件が酷すぎると文句が来たのだ。

 もしかしたらホークアイ大尉あたりが、手を廻してくれたのかも知れない。

 休みをもらえた事は感謝するが。突然休みをやる。と言われたところで、何の予定があるわけでもなく。

 とりあえず1日目は洗濯や掃除を済ませてしまおうと思った。

 こっちは気温も高いし湿度も高いので。部屋の中は危うくキノコやカビが生えるところだった。

 幸いにも天気が良かったので、布団や洗濯物は綺麗に乾いた。

 もったいないことに冷蔵庫の中のものもほとんど捨てることとなってしまった。

 家事がたまっていたとはいえ、所詮は男の一人暮らしの部屋だ。予定していた家事を夕方には全て終えて、食料を買出しに出ることにした。

 1日休み無く動いたので、それなりに疲れた。

夕食を作る気力は無く、出来合いのものですますことにして。弁当や惣菜、ツマミにビールを買い込んだ。

 久しぶりにのんびりとビールを飲みながら、テレビを眺めた。

 夕方のニュースを見ていたら、セントラルでは昨日からクリスマスイルミネーションが点灯したと報じていた。

 ああ、もう12月なんだ。

 こっちは何しろ暑い。

 この時期でも昼間半袖の奴は大勢いるし、夜だって上にシャツ1枚はおればそれですんでしまう。

 12月という意識は全然無かった。

 画面に映るセントラルの様子。

 ああ、綺麗だったよなあと思い出す。

 去年のクリスマスはこっちへ来て間もなくだったから、休めるわけも無く残業だった。

 お嬢とは、確か電話で『メリー・クリスマス』と言い合っただけだった。

 あのデートしたクリスマスから、もう2年になるのか…。

 手元のジッポを見る。

 あの時お嬢に貰ったもの。

小さい傷がたくさん付いているし、少し角が凹んでいる。

 でも、何よりも俺の手にしっくりと馴染むもの。

 それに…。

『ハボック中尉、それ女に貰ったんでしょう?』

『なに?』言い当てられて、内心焦る俺。

『だって、その青。中尉の瞳の色と同じ青ですよ。』

『え?』

『中尉の目って、普段は水面みたいに穏やかな青なんスけど、怒ると鬼火が燃えてるみたいな青になるんですよ。それをくれた人は、中尉の事を良く知ってる人っスね。』

 恋人っスか?とからかうように言われてドキンと心臓がなった。

 恋人じゃあない…はずだ。

 昔からの大切な「おともだち」で、上司の妹で俺にとっても妹みたいなもんで…。

 守らなければならない小さな女の子で…。

 言い訳のように心の中で唱えてみるが、そのどれもがしっくり来ない。

 考えてみれば、お嬢ももう二十歳を越えたんだよな。

 もう、『小さな女の子』じゃないんだ。

 その事実は思いのほか俺を打ちのめした。

 そんなことをぼんやりと考えているうちに、テレビのニュース番組は天気予報を伝え、『では、又明日。』とアナウンサーが頭を下げた。

 次は何を見るかなあ…。

 家でのんびりテレビを見るなんて本当に久しぶりで、頭の中にこの時間帯の番組を思い浮かべることが出来なかった。

 そのまま付けっぱなしにしていると、CMが幾つか流れて次の番組が始まった。

 …歌番組?

「あ……『ジュディ・M』。」

 俺は思わず、ジッポをぎゅっと握り締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

20061212UP
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ジュディはきっとハボの目が大好きです。
だから、絶対にハボには目を大切にしてもらいたいし、出来れば他の人に見せたくない(?)ので餞別はサングラス。
そして季節は又クリスマス。
(06、12、13)

 

 

 

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