「ここにいるよ。」12
そこには、白い衣装を身に着けたお嬢が居た。
今年ヒットして、これでもかと聞いた曲を気持ち良さそうに歌っている。
頑張ってるなあ。
テレビやラジオ、街中の様々なところからふと聞こえてくる歌声。
『頑張って歌うね。』と言っていた言葉と笑顔を思いだす。
「頑張ってるな。俺もがんばってるぞ。」
そう思う。
けれど…。
これはお嬢と彼女のスタッフが作り上げた『歌手ジュディ・M』だ。
俺が少女の頃から見守り続けてきた、あの子とは違う。
『俺のお嬢じゃ、ない。』
もしかしたら、その思いは口に出ていたかもしれない。
ああ、ヤバイ。会いたくなった。
幸い俺は明日も明後日も休みだ。
まだ夕方だから、セントラル方面の列車には余裕で間に合う。
セントラルへの直通列車は無いので、乗り継ぎや待ち合わせを考えても。明日の昼前後にはセントラルに付くはず…。
……だけど。
お嬢はこの時期、時間がとれるだろうか?
今は12月に入ったばかりだけれど、大体年末は大忙しなのが普通だ。
…と、歌を終えたジュディが司会者となにやら会話を始めた。
今年はどうの、来年はどうのと。この時期にはお約束のやり取りをして。
「ところで、年末年始はどう過ごされるんですか?」
と司会者がたずねる。
「年末は大忙しですね。年が明ければ少しゆっくり出来ますが…。」
「そうですか、体調を崩さないように気をつけてくださいね。」
「ありがとう御座います。スタッフの方も気を使ってくれて、今週は割とゆとりのあるスケジュールなんですよ。その分来週から忙しくなるので、『覚悟しておけ』って言われてるんですけど。」
そう言って二人で笑い会っている。
俺は思わずガタリと立ち上がっていた。
ずっとじゃなくてもいい。イルミネーションなんか見れなくてもいい。
一目だけでも会いたい。……会いたい。
時間を確認すると、列車の発車時間まではまだ間があったので、急いで食べかけの夕食を腹に収める。
ディバッグに着替えと厚手のジャンパーを入れる。
こっちへ着てからは一度も使うことが無かったジャンパー。けど、セントラルでは必要だろう。
財布の金を確認し、煙草とジッポをGパンのポケットに押し込む。
家の中をぐるりと見回して、戸締りを確認する。
それらをどこか機械的に済ませて、駅へと向かって。
俺はセントラルへ行くために列車に乗り込んだ。
「今セントラルの駅前にいるんだけど。」
そう言ったとき。受話器の向こうで息を飲んだ気配を思い出して、クスリと小さく笑った。
『なっ、ジャン君?え?セントラル……って今?駅前?駅前のどこっ!?すぐ行く!待ってて!』
慌てたように電話が切られた。
もうすぐ会える。心が高鳴るのを感じた。
不思議だよなあ。と心の中で呟く。
離れているのは当たり前だった。
イシュバールで会ったのはたったの1日だけ。
それからすぐ南方へ配属され、何年も全く会えなかった。
東方への移動の途中でほんの少し話せただけ。
東方に行ってからもまともに会えたことは無く、コンサートでお嬢が来たときなど、ほんの数回だけだった。
セントラルへ来てからも、仕事が多すぎてほとんど会えなくて…。
…ああ、そうか。
リハビリの時はずっと一緒にいられた。
その心地よさを知ってしまったから。
テレビ越しの歌声や、電話でのおしゃべり。時々やり取りする手紙では、物足りなくなってしまったのだ。
そして妹のように、年の離れた友人として大切なんだと思い込んでいた気持ちが、違うことに気付いてしまったから…。
暫く待っていると、交差点の向こうに求めていた姿が見えた。
こちらを見つけて、おーいと(声こそ出さないものの)大きく手を振っている。
ちょっと手を上げて答えると、信号が変わった途端に駆け出した。
キャップやサングラスで隠しているとはいえ、ばれるんじゃないかと内心焦る。
「ジャンくーん。」
走ってきた勢いのまま抱きつかれる。
「うお。」
1、2歩よろけながらもしっかりと抱きとめる。
「すごーい、何で?」
「休みもらえたんだ。3日間も。つっても明日の昼頃には列車に乗らなきゃなんねーけど。」
「そっかあ、私も明日の仕事は午後からなの。ジャン君がこっちにいる間はずっと一緒にいられるね。…あ、なんか、予定あった?」
「いや。お嬢に会いに来たんだ。」
「へへ、うれしー。」
にっこりと笑って、ぽふんともう一度抱きつかれる。
「熱烈歓迎、嬉しいんだけど…。」
「うん?」
「ちょっと、周りの視線が痛いかなあ…って。」
「え?」
慌てて体を引くお嬢。
黒いサングラス越しにあたりを見回す。
「目立ってた?」
「まあな。…『ジュディ・M』だとはばれてねーみたいだけど。行こうか。」
「うん。」
手を繋いで歩き出す。
「昼飯食ったか?俺はまだなんだけど。」
「あ、私もまだ。…って言うか夕べ遅かったから、少し前に起きたばっか。」
エヘヘ、と笑う。
「じゃ、軽くメシ喰うか。」
「うん。あ、ねえ新しくお店が出来たんだって、そこでもいい?」
「ああ、美味けりゃ。」
「噂では、美味しいらしいけど…。食べてみないと実際のところは分からないよねエ。」
久しぶりでもスムーズに進む会話が嬉しい。
新しく出来たというその店は、おしゃれな感じでランチもソコソコ美味しかったけど、お嬢に言わせると。
「まあまあ、かな。けど、ジャン君と食べられたからプラス30点。」
「…30点もか?」
「うん。凄いびっくりしたもの。前もって連絡してくれれば良かったのに。」
「休みが急に決まったんだ。3日間も何しようか…と思ってたら。昨夜テレビにお嬢が出ててさ。」
「あ、夕方のね。」
「そ。で、思い立ってな。仕事中だから、電話したって出られないだろうと思って。」
「うん。確かに。」
納得したようにうなずく。
食後のコーヒーを飲みながら、こちらを見てふふふと笑う。
「何だ?」
「すごいな…って。」
「ん?」
「ジャン君って、いっつもそう。私に元気をくれるの。」
凄いよねー。ヒーローだよねエ。って笑う顔にどきりとする。
元気を貰ってるのはこっちの方だっつーの。
街を歩きながら、色々と話をする。
久しぶりなんで、いくら話しても話が尽きることは無い。
結局大きなデパートの中にあるベンチに座ってアレコレ話し始めてしまった。
大の大人のデートか?これが?
少し情けないものがある。
「…それでね、…。って、どうかした?」
「あ、いや。」
「疲れた?あ、ずっと列車に乗ってきたんだもんね。寝不足とか?」
「あー、全然。しっかり寝てきたし。」
「そう?でも、横になれないから…。」
「ああ、本当に大丈夫。体の方は。」
「?じゃあ、何?心?」
「あーうーんー。そういうんじゃなくて…うん。」
人の目を気にしないで抱きしめたいなんて…。…言えないよなあ。
「……イヤに、安上がりなデートだなあ…と。」
「は?」
「大の大人が。」
「ベンチで、おしゃべりして?」
「そう。」
「私、ジャン君と一緒ならどこでもいいけど…。」
別に。とさも当然のように言われて、うっと詰まる。
そういうことを平然と…。
「お嬢…。」
「ん?何?」
それがどれだけ男の心臓をわしづかみにしているかなんて、全然分かってないし…。
「もう、いい。」
スクッと立ち上がると。お嬢も慌てて立ち上がった。
「ジャン君?」
「来い。」
手を出すと首を傾げなからも、お嬢が俺の手に手を重ねる。
「クリスマスプレゼント、買ってやる。何がいい?」
そう言うと、にっこりと顔を綻ばせた。
「クッション!」
「OK、クッションな。」
「大き目の。欲しかったの。」
「分かった。」
それから、3軒店を回って。お嬢の納得のいくものを探し回った。
20061222UP
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久々の再会です。
クリスマスデートはまだ続きます。
(06、12、23)