ここにいるよ。13

 お嬢が気に入ったという大き目のクッションをラッピングしてもらう頃には、とっくに日は落ちていた。

「夕食、どうするか?」

「プレゼントのお返しに、奢るよ。」

「いいって。」

「でも…。」

「デートは男が出すもんだ。」

「プレゼントも貰ったのに。」

「お嬢に会えただけで嬉しいからいいんだ。」

「そんなの、私だって一緒だよ。」

「ああ、もういいから。中尉になって給料少し上がったし、向こうじゃ大して使う用事もないし。たまには使わせろ。」

「…う、うん。じゃあ、ご馳走になる。」

「おう。」

「…ねえ、あそこは…?」

「ん?」

 お嬢が俺の肩越しに建物を指差した。

「あ。」

そこは2年前のクリスマスに食事をしたレストランの入っているホテルだった。

「席、あるかな。」

「どうだろう。」

「まだ12月に入ったばっかりだしな。平日だし。行くだけ行ってみるか?」

「うん。」

 幸いなことに席は空いていて。例のボックス席へと案内された。

 お嬢がコートを脱ぐと、その胸元にはあの時上げたネックレス。

「ん…何?」

 にやけていたのか、お嬢が訝しげにこちらを見る。

「いや。付けててくれてるんだと思って。」

「うん。お気に入りだもん。ジャン君も使ってくれてるんだね。」

「ああ、大分傷ついちまったがな。」

「それだけ、ジャン君が頑張ってるってことよね。」

にこりと笑う。

 いつだって、見て欲しい事や分かって欲しい事を分かってくれる。

「昇進できそうですか?ハボック中尉?」

「さあなあ。こればっかりはなんとも言えん。」

 煙草の煙を吐き出しながら、首を傾げると。おかしそうにクスクスと笑う。

 多分昇進なんてどうでもいいのだ。ただ、幾つか上げないと俺がセントラルへ帰ってこれないから聞いただけで。

「…あ、しまった。」

「何?」

「宿、取ってない。」

「…?家、泊まれば?」

「は?」

「…ってか、私はそのつもりだったけど。」

「お嬢んちって…。」

「ベッドあるし…。」

「あ、ああ。そうか。」

 寝室の自分のベッドのほかにソファベッドが2つもある。

 勿論普段はソファとして使っているのだが。

 いつでも寝たいときに寝たいのだそうで、リビングとピアノの部屋と2つソファベッドがある。

 お嬢が寝室の鍵をきちんとかければ(かけねーんだろうな…)男が泊まっても安全だ。

 ちなみに同じ理由で、その兄の家もソファというソファがベッドになるので。多分5・6人は不自由なく泊まれるだろう。

「じゃ、お邪魔します。悪いな。」

「いいのよ。明日の朝食作ってくれれば。」

「へ?」

「等価交換?」

「分かった。」

 フフフ。と機嫌よく笑うお嬢。

 明日の朝は久しぶりにまともな朝食かも〜、何て笑っている。

 俺がいない間、一体何を食ってるんだか…。

 元々それほど料理は得意じゃないお嬢。教えればソコソコ器用にこなすので、俺が同じマンションに住んでいた間にいくつかは作れるようになった。

だが、一人きりでしかも忙しいと来れば、外食やテイクアウトが多くなるのは仕方が無いのかもしれない。

 ましてや今は特に忙しい時期だし。

「じゃ、帰りに材料買って帰ろう。この辺なら遅くまで開いてる店あるよな。」

「うん。」

 そんな話をしているうちにワインと料理が運ばれてくる。

「あっと、そうか。」

「うん。二十歳になりましたよー。とっくにね。」

「じゃ、今度こそ本当に乾杯だ。」

「うん。かんぱーい。」

 

 

 食事を終えて、明日の食材を買い込んで帰路に着く。

「やけに人が多くねえか?」

「あ、ほら。イルミネーションがあっちの方だから。」

「あそっか。…ちょっと見て見るか?」

「うん。せっかくだしね。でも、荷物大丈夫?」

 俺はディバックを担ぎ、お嬢のクッションの入った大きな紙袋を肩から掛け。買ったばかりの食料品の袋を右手で抱えていた。そして左手でお嬢と手を繋いでいる。

「平気だ、こんくらい。軍人だぞ。」

「そっか。」

 暗いのにサングラスはおかしいよね、かえって目立つよね。そう言ってお嬢は可愛らしい顔をあらわにしている。

 人ごみはヤバイかも知れないが、角を曲がり人の波に紛れると。かえってこの方が目立たないのだと分かる。なるほど、木を隠すには森の中…って訳だ。

「わー、カップルばっか。」

 無邪気に笑うお嬢。

 お嬢はいつもどこかつかみどころがない。大人なんだか子供なんだか分からない。

俺を好きでいてくれるのは分かる。けど、それが『友達』なのか『兄』なのか『男』なのかが分からない。

 さっきから思いっきり会話は恋人仕様だと思うのだが、互いにちゃんと確かめた訳じゃない。

 いい年した大人が手を繋ぐのが精一杯ってどういうことだ?

 ツリーの周りには結構多くの人が集まっていたので。そこまでは行かず、少し離れたところで立ち止まる。

「綺麗だねー。」

「ああ。」

 暫く二人でツリーを見上げていた。

「……っくしゅん。」

 お嬢がくしゃみをする。

「寒いか?」

「あ、うん。ちょっと。出て来る時慌ててたからマフラーも手袋も忘れてきちゃった。」

 へへ、と笑う。

「あー、実は俺も。昨日までシャツ1枚で平気なところに居たから結構寒い。」

 と苦笑いの俺。

「そうだ。マフラー代わりな。」

 繋いでいた手を離し、お嬢の首へと廻して抱き寄せる。

「っ」

 一瞬びっくりしたようだが、すぐにぴとりとくっ付いてきた。

「本当だ。くっ付いてると暖かいね。」

 ふふと笑って再びツリーを見上げる。

「…そっかー。サウスシティは暖かいんだねー。」

 小さく呟いたお嬢の声。

 明日には帰らなければならない。

そうしたら、次にお嬢と会えるのはいつになるか…。

 そう思ったら、もう止まらなかった。

 お嬢の首に廻していた腕をそのまま引き寄せ、唇を奪った。

「んん…。」

 驚いてお嬢の体が強張る。逃さないように、それが俺の望みなのだと分かるように。さらに肩を抱き寄せた。

 すると、ふとお嬢の体の力が抜けた。代わりに背中に廻された細い腕の感覚。

 あれ?と思って一旦唇を離す。真直ぐに見返してくる瞳に嫌悪の色は無く、むしろ嬉しそうに微笑んでいて…。再び口付けた。

「…ん…。」

 呼吸が苦しくなったのか、小さく吐息が漏れる。ドクンと心臓がなった。

「帰ろうぜ。」

「うん。」

 

 部屋へ戻って、買ったものもそのままに寝室へと向かった。

 ベッドへと体を横たえて、何度も唇を重ねる。

「あ…ジャン 君。…」

 吐息のように呼ばれて夢中で首筋へと唇を滑らせた。

 思わず乱暴に服を脱がしかけて、いけねと手を止めた。

「もしかして、初めて?」

「………。当然よ。」

 少しほっとしたようにクスリと笑う。

「ロイと事務所の包囲網は凄いんだから。」

 そっかと笑い返した。以前はそこにヒューズ准将が加わっていて…で、多分俺も…。

「あー、なんか抜け駆けしてる気分。」

「そう?」

「だったらやっぱり傷つけないようにしないとな。」

「ふふ。よろしく。」

「ああ。」

 今度は慎重に服を脱がせていった。

 露わになった白い肌は今までに見た誰のものよりも綺麗で、なめらかな肌の感触に酔う。

 顰められて眉。

 なだめるように顔中に口付けながら、その体を開いていく。

「あ…。」

 高くかすれるお嬢の甘い声に煽られて、俺は長年の想いを吐き出した。

「すっげ、良かった。」

「そう?……良く、分からなかった。」

 あー、女は初めっから気持ち良くは無いらしいからな。そう言うと、そうなんだ。と頷いた後。小さく笑った。

「でも、すっごく幸せな気分。」

「ああ、俺も。」

 見詰め合って微笑んだ。

 ああ、明日はもう帰らないといけないんだな。

 その体を離しがたく思う。

頭の隅に『もう一度』との思いもよぎるが、初めてなのにそう何度も無理はさせられないだろう。

 けど、これ位なら…。

「シャワー、浴びるか?」

「え?」

「一緒に。」

 言った途端にぼっと赤面するお嬢。おいおい。そんな顔、初めて見るぞ。

「う…うん。」

小さく頷く。

「よっし、行くか。」

「きゃあ。」

 お姫様抱っこ。

 今夜だけは、ベタベタで甘々でも許して欲しい。

せっかく気持ちを確かめあったというのに、明日には離れ離れになってしまって。

次に会えるのが一体いつになるのか? さっぱり分からないのだから。

 

 

 

 

 

20061229UP
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ようやくここまでやってきました。
次回は、又しても数年後。ハボがセントラルへ戻ってきてからのお話となります。
ちょっぴり
おまけ
(06、12、30)

 

 

 

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