俺はいつも、許されてこの腕の中にいるんだと思った。 3

「どうした?」

 又しても甲板で寝ているゾロの傍にビビがいたので何気なしを装って声を掛けてみた。

「あ、ルフィさん。いえ…何でも。」

 寝ているゾロを気遣うように少し小さな声のビビ。自然にゾロから5・6歩離れたところで話す。

「その。……トニーくんの話を聞いてから…ちょっと心配になってしまって…。」

「心配?」

「え…ええ、寝返り打ったりすれば寝ているだけなんだなって分かるんだけど…。静かな時は…。」

「…死んでるんじゃないかって?」

「ごめんなさい!」

 がっくりと肩の力が抜ける。

「……つついてみてこようかな。」

「え…でも、ルフィさん。」

「しっ。」

 そっと足音を忍ばせて近付く。

 すぐ傍に膝まづいてほっぺたへと指を伸ばした。

 もう少しで触れるという瞬間。ゾロの手がぱっと俺の手を掴んだ。

「何か用か?」

 目も開けずに言う。

「気がついてた?」

「ああ。……さっきからな。」

「あ……、ごめんなさい!」

 ビビはそう言うと走って行ってしまった。

「起きてたんだ。」

「ついさっきまで寝てたぞ。」

「ビビが来たから起きたのか?」

 そんなにビビが気になるのか?

「ああ。まだ、ビビとチョッパーの足音には慣れてねーんだ。…まあ、ビビのは大分慣れてきたが…。」

「へ?」

「ん?」

「足…音?」

「うん?」

「どういうことだ?」

「?」

 俺が何を気にしているのか分からないようで、ゾロが訝しげに目を開けた。少しまぶしげに目をぱちぱちとさせるがすぐに俺に焦点を合わせてくる。

「足音がどうかしたか?」

「足音で俺達を区別してんのか?」

「う…ん。足音って言うか…気配…かな?」

「それで、誰だか判るんだ?」

「……って言うか。仲間かそうでないか…だな。……ああ、別にビビやチョッパーを仲間だと認めてないっていう訳じゃないぞ。ただ…なんていうか…『寝ている俺』の感覚に馴染んでるかどうか……ってことだ。」

「んーと、んーと。つまり仲間だと眠りを邪魔しないけど、まだ慣れてない気配だと目が覚めちまうって事?」

「ん……まあ、平たく言やあそんな感じかな。ビビは大分経ってるから慣れてきたんだが、チョッパーはまだ…な。足音も特殊だし。」

「ふーん?…あ、蹄だしな。」

「ああ。」

 ゾロの口調は特別ビビを意識している感じではないので、少しほっとする。

「アラバスタまでは…後、どれ位かな…・」

「……何もできない今がビビにゃ一番辛いだろうな。」

「…そう…かな。」

「やりたい事、やらなきゃいけない事。それが分かってる者にとって、一番辛いのは何も出来ない事だろ?」

「ふーん?」

「お前だってそうだったと思うぜ?」

「俺?」

「海賊王になるんだろ。そのために旅をしている今は、戦ったり怪我したり。傍から見りゃ大変に見えるだろうけど、おまえ自身は辛くないはずだ。」

「うん。辛くない。むしろ楽しい。」

「はは、だろう?けど、旅立つ前は?辛くはなかったか?」

「…辛かった。」

 早く海へ出たいという思い。もっと強くならなきゃという焦り。気持ちの上では凄く辛かったと思う。

「それと一緒だ。今のビビは旅立つ前のお前だ。」

「そっか、…見てる方も辛いよな。」

「まあな。笑ってるから余計にな。」

「うん。」

 頷いたところで、食堂の方からサンジの声が掛かった。

「ヤローども、メシだー!」

「分かったー。」

 船首の方で釣りをしていたウソップとチョッパーが返事をする。

「腹減ったー。」

 俺が大声で言うと、ゾロが小さく笑った。

「腹減ってない時、あんのか?」

「そりゃ、たまにはな。」

 立ち上がった俺の隣にゾロもすっと立った。

「背、高いよな。」

「そうか?大して違わないだろ?」

 そう言って3本の刀を腰に差す。前に持たしてもらったことがあるけど結構重い。

 なのにゾロは重さを感じさせない動きをする。凄いな、かっこいいなといつも思う。

「俺、ゾロに会えてよかった。」

「うん?」

「あん時ゾロに会えて、仲間になれてよかった。」

 そういうと少しくすぐったそうに笑ったゾロは、ぽんと俺の頭の上に手を載せた。

「俺もだ。」

 もう一度ぽんと叩くとそのまま食堂へと上がっていってしまう。

「ゾロ、待てって。」

「早く行かないと、俺達の分誰かに食われちまうぞ。」

「おう!」

 

 

 それから数日。

 ビビは相変わらずゾロが気になる様子。

ゾロのほうに特別な感情は無いらしいと分かっても気になるものは気になる。

 時々焦ったり塞ぎ込んだりしても、ゾロと少し話すと落ち着くようだ。

 そんな様子を見ると、さすがに平常心ではいられない。

 このところナミも少々機嫌が悪いので、グチをこぼすこともできずに悶々とする。

 けれどさすがに、これからアラバスタだって言うのに俺が落ち込んだ顔をしているわけにも行かない。

それこそビビを余計に不安にさせてしまう。

 ノーテンキを装って元気一杯の『いつもの俺』でいようとすると、やっぱりちょっと辛かった。

「ゾロ。」

 夜。ゾロの見張り当番の時、眠れなかった俺は甲板へでた。

「どうした?眠れないのか?」

 操舵室の前の手すりに座っていたゾロが静かに言った。

「うん。…そっち行って良いか?」

「ああ、かまわねーよ。」

 上へと上がり、形ばかりに操舵室においてあるログポースを覗きこんで見たりする。

「順調?」

「多分な。」

 方向音痴らしいゾロ。一度失敗してからは、『とにかくログポースの向いている方』と割り切って見張りをしているらしい。

「ああ、腹減ったなあ。」

「誰のせいだよ。」

 黙々と鉄アレイでトレーニングをしつつゾロが呆れたように言った。

「へへへ。」

 俺やウソップが食料を盗み食いしてしまったせいで、昨日あたりからまともな食事をしていなかった。

「なあ、ゾロ。」

「何だ?」

「キス、していい?」

「………。」

 ぎょっとしたように俺を見返す。

「…ダメだ。」

 何故か小さく苦笑して、そう言った。

「チェ。多分そう言うだろうとは思ってたけどさあ。」

そういいつつもゾロに懐いた。

少しだけ汗の混じったゾロの匂い。

物凄く落ち着くようで、少しドキドキする。不思議な感じ。

「暑苦しいな。」

「…傷つくなあ、それ。」

「アラバスタが近付いてきたんだろ。夜でも随分と気温が高くなって来た。」

「ああ、そういう意味?」

「…だからー。暑くなって来てんだから、くっつくな。マジで暑いんだよ。」

「そんなんやってるからだよ。」

 上下に動く鉄アレイを指差す。

「夜中、ただ黙って海見てんのも退屈だからな。」

「んじゃ、今は俺がいるんだからそれはしまう。」

 ひょいっと取り上げる。…っと結構重い。

「重いなあ。」

「重くなきゃ、トレーニングになんねーだろ。普段喰っちゃ寝してるお前に、そう軽々と持たれるとがっかりするそ。」

「俺だって、ちゃんと鍛えてる。…時もある。」

「そうかい。」

 信じてない様子。…まあね、所謂『トレーニング』なんてやったこと無いし。とにかく鉄アレイを脇のほうにどけておく。

 溜め息を一つ付くだけで、そういう俺の我儘を聞いてくれる。…確かにここは居心地のいいところ。

「どうかしたのか?」

「え?」

「お前が眠れねーなんて。」

「………。」

 気にしてくれていたんだ。もうそれだけで、嬉しくなる。そして同じだけ切ない気持ち。

 絶対に錯覚なんかじゃない、この想い。

 ビビが大切な仲間だとしたって、今一番辛い時でゾロの助けが必要なのだとしたって、渡せない。絶対に。俺だけのものにしたい。

「おい?ルフィ?」

 後ろから抱きついた俺の様子を窺うように、腕を外してこちらを振り返る。

「どうした?」

 優しく聞かれて、涙が出そうになる。

 外された腕をもう一度首に回して、無理やり唇を重ねる。

「…うん……ルフィ…。」

 逃れようとするのを許さず、手すりに座っていたゾロを力ずくで床に引き倒した。

「おいっ!」

 

 

 

 

 

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なんてとこで切ったんだ私

 

 

 

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