俺はいつも、許されてこの腕の中に居るのだと思った。 5
「何だか、この頃。結構無理してただろ。」
「無理?」
「土台お前が悩むって事自体がすでに変なんだが…。」
「何だとっ。」
「その上ビビに気を使って無理矢理元気を取り繕ってたろ。」
「…!!分かってたのか!?」
「まあな。さらに夜眠れねえときた。」
「…うん。」
「こりゃ相当だなと思ってりゃ、昨夜のアレだ。」
「う…ごめん。」
「キスした時みたいにあっけらかんとしててくれりゃいいのに、泣くしな。」
「………。」
「それじゃ責めるわけにもいかんだろ。」
「俺…考えすぎてて…。」
「考えるな。」
「………。」
「お前は考えなくていいんだ。やりたいようにすりゃあいい。そのために俺達がいるんだから。」
「違う!!」
「ん?」
「アラバスタの事やクロコダイルのことじゃない。俺が気にしてたのは…ビビなんだ。」
「?」
「ビビは凄くゾロを頼りにしてるだろ。」
「そうか?」
「そうなんだよ。今一番不安なのはビビだろう。誰かを頼りにしたいのは分かる。でも、何でゾロなんだよ。」
「お前じゃないのが不満なのか?」
「違うよ、違う! ゾロを取られそうで…。」
「はあ?」
「ビビ、良い子だろ。」
「そうか?」
「そうだよ。一心に頼られたらゾロがふらっとくるんじゃないかって…。」
「バカだなあ、お前は。」
「どうせバカだよ。でもこの件に関しちゃ俺、自信なんて全然ないんだから。」
「どうしてだ?」
「だって…。」
「お前をキャプテンと決めて旅を始めたときから、俺の剣はお前のもんだろ?」
「ゾロ。」
「そりゃ俺には俺の野望がある。俺はそのために生きてる。だけど、それだけじゃない。
この剣は俺のもんだし、一緒に大剣豪になると約束した親友のもんだ。そして、俺がキャプテンと決めたお前のもんだ。」
「うん。すっごく嬉しい。ミホークと戦った時、ゾロが二度と負けないって言ってくれたとき。多分、そうじゃないかって…思った。」
「…ってことは、それだけじゃ不満なんだな。」
「うん。もう隠したといたって仕方ないし、取り繕ったってしょーがないから言っちゃうけど。ゾロの気持ちが欲しいんだ。身体ごと、全部。」
「………。」
あまりの俺の言い分に、ゾロは押し黙った。
「…結局、そこへ行き着くんだな。」
溜め息を付く。
「ごめん。」
「いや。人を好きになったらそんなもんだろ。」
「ゾロも?」
「……うーん。今のところこれといって居ないからな。」
「居ない…のか。」
「うーん、いや。居ないこともないか。」
「え!!誰!?」
意気込んで聞くと、おかしそうにクククっと笑っている。
「ビビが俺を頼るのはな。」
少し口調を改めてゾロが口を開いた。
「うん?」
急に変わった話についていくのがやっとだ。
「俺が分かりやすいからだ。」
「『分かりやすい』?」
「一度、敵として俺が戦ってるのを見てるからな。……つったって本気を出すまでも無かったんだが。」
「ああ、ウイスキーピークで。」
「そう。だから、俺の力は大体分かってる。」
「そ…か。」
「その俺が、少しだけだがお前と戦うのを見たろ?」
「…だっけ?」
「勘違いした、お前とな。」
「…ああ、ごめん。半分寝ぼけてたんだ、あん時。」
「………はあ。…ともかく、俺と大体互角でやってたろ。だから俺と同じくらいには強いんだろうとは思ってるだろうが。直に見てない分確信が無いんだ。」
「?リトルガーデンで…。」
「あんときゃロウで固まりかけてたろ。音や気配では分かってたが、途中から目はほとんど見えてなかったんだ。」
「そっか。」
「この間の冬島じゃビビは村に残ってたしな。」
「そうだったな。」
「分かったか?今のところ一番確信が持てるのが俺ってだけだ。別にビビの方にも俺自身にどうこうってのはねーよ。」
「そうかなあ。」
「国に居るらしいぜ、幼馴染みってのが。」
「ええ!?」
「だから、余計な心配すんな。」
「うん。」
ビビのことは一安心。だけど、ゾロの好きな奴って?
なんだかいつも、やんわり受け入れられて。それを喜んでいるうちに一番肝心なところは上手いこと避けられてる気がする。
そんな俺の不満が伝わったのか、ゾロは又一つ溜め息を付いた。
「さっきもちょっと言ったがな。お前がお前らしくないのはイヤなんだ。」
「…うん。」
「悩んだり、無理して笑ったりしてるお前を見るのは結構堪える。」
「………。」
「初めの頃、お前おおっぴらに俺を好きだっつってあっけらかんと笑ってたろ。ちょいと煮詰まりゃ抱きついてきたりキスしてきたり。そんなんで、お前がらしくしてんなら…迫られんのもキスされんのも。ま、いっか。と思ってた。」
「『ま、いっか』?…そんなもん?」
「いや、本当はそんなもんじゃないのかもしれんが…。優先順位の問題だな。
『何しやがるこのヤロー』って言う俺の気持ちより、お前が元気で居る方が大事…ってことだな。」
「そう、なのか?」
今まで感じていたちぐはぐな感じはそのせいだったんだ。
「さっきナミに言われて少し考えた。『キスされても、嫌がらなかった』って。…そりゃ好きでもない奴にキスされたら、普通は嫌だよな。」
「…う…ん。」
何、…言ってんだ…?…もしかして…まさか…。
「想像してみたんだよ。サンジやウソップ、その他今まで会った奴らとじゃどうかなって。…気分悪くて吐きそうになった。…ましてや、昨夜のアレなんて…。」
と顔をしかめる。
「アレは…本当に…ごめん。」
「ああ、責めてるんじゃなくってな。するんならともかく…いや、男相手にするのもちょっと…なんなんだが…。ましてやされるなんてな。…お前で良かったとまで言うつもりはないぜ。でも他の奴だったら、多分もっと死に物狂いで逃げてるな。」
「…ゾ…ロ…。」
…それって…?
「まして、煮詰まってた原因が俺がらみ…って言うんじゃ、お前だけ加害者にするわけにもいかねーだろ。」
たとえ原因がゾロだって、悩んだのは俺の勝手だ。なのに。
「言ったろ、お前がらしくないのはいやなんだ。」
「ゾロ。」
「仲間としてだろうが、恋人としてだろうが。お前が海賊王になった時、一番近くに居るのは俺だ。それは変わらない。…少なくとも俺はそのつもりだ。」
「………。」
「いくら何でもアリの大航海時代でも、やっぱり男同士ってのは白い目で見られる。お前自身はそういうの気にしてないようだが、男の恋人が居るってのがどこかで海賊王になることの邪魔になるかも知れない。
いずれどこかの島で、好きな女ができるかも知れない。
少なくともおおっぴらに言って回れることでもないし。負うリスクは大きいと思うが…。」
「………。」
「それでも、お前がお前らしくいられるには。…俺はどっちがいい?仲間で居るのと、恋人になるのと。」
「ゾロ!」
「どっちにしたって俺が一番傍にいるのは同じだぜ?」
「………キス、して良い?」
俺がそう言うと、ゾロは小さく苦笑して頷いた。
「いいぜ。」
そっとゾロの肩に手を置いた。今までにこんなに緊張したことは無い。
そっと触れ合った唇。背筋がぞくんと震えた。
角度を変えて深くあわせると、ゾロの腕が俺の背中に回される。嬉しくって涙が出そうになった。
夢中で口内をむさぼって、二人して息が上がってくる。
「…ん…」
ゾロが小さくうめいた。そっとシャツをたくし上げようとして、ゾロの手がやんわりと俺を止めた。
「…ルフィ。…今日は、ここまでな。」
「え、なんで。」
ゾロは呼吸を整えるように、1・2度大きく息を付いた。
「さすがに、俺も。昨夜の今日じゃ、その気にはなれないし。」
「あ…そか、ごめん。」
『それに』と上を見るように示されて見上げれば、もうすっかり辺りは明るくなっていた。
「もうそろそろ、皆が起きてくる頃だ。」
「あ…。」
「起きてた二人はさっきから見てるし。」
「え?」
慌ててキッチンのほうを見ると。ドアが開いていて、サンジとナミが面白そうにこっちを見ていた。
「ラブラブねー良かったじゃない、ルフィ。」
ナミがこっちへ笑顔をみせる。
「おう。」
俺が手を上げると、ナミとサンジは揃って中へと引っ込んでいった。
「あっちも落ち着いたみてーだな。」
「くっ付いたのか?」
「そういうんじゃ無いだろうがな。」
「ふーん?…ま、いっか。じゃ、続きは今度な。楽しみ〜。」
途端に元気を取り戻した俺に『まったく現金な奴だな』と少し呆れたように笑うゾロ。
こんな風にずっと、一緒に歩いていけたらいい。
20060522UP
NEXT
まだ続きます