俺はいつも、許されてこの腕の中に居るのだと思った。 6
その日から。
出来れば、すぐにでも抱き合いたいと思っていたけれど。
アラバスタが近付き、上陸してからもハードな日々が続いて、それどころじゃなかった。
ユバでカラカラのおっさんの家に泊めてもらった夜に一度だけキスをした。それだけだ。
ふと夜中に目が覚めて、部屋を出ると廊下の窓枠に肘を付いて外を見ているゾロが居た。
「…ゾロ?眠れないのか?」
「いや。…お前は…って昼間ガーガー寝てたな。」
「うん。へへ。」
「さっきも、外へ出てたみたいだが…。そんなんで明日から大丈夫か?」
「へーき、へーき。」
船の上でのように居眠りなんかしていられない砂漠。ただでさえ体力を消耗するのに、俺やウソップやチョッパーなど、バテた仲間を担いでくれて…。
いつ寝てるんだろーか? 身体、大丈夫なんだろーか?
「何、見てたんだ?」
「月。」
「月?出てたっけ?」
「外に出てたんじゃないのか?こんな人気のない街。月明かりでもなきゃ何にも見えねーだろ。」
「あ、…そっか。」
ポンと手を打った俺を、『お前なあ』と呆れた溜め息を付いて見返すと、おかしそうにククッと笑っている。
空を見上げると、雲ひとつない夜空に綺麗な月が光っていた。
「あー、綺麗だな。」
「だろ?…酒、飲みてえ。」
「あはは、月見酒だな。」
まんまるに少し欠ける月。しばらく二人で黙って見ていた。
窓枠に肘を付いたままのゾロ。今は俺の目線の少しだけ下にゾロの頭がある。
そっとその髪に触る。短いからツンツンしてるけど、思ったよりも柔らかい感じ。
「…何だ?」
「あ…うん。触ってみたくなって…。」
「そうか。」
止めろ。と言われないのをいいことに。ポンポンとんなぜてみたり、髪の間に指をくぐらせてみたりする。
「なあ、ゾロ。」
「うん?」
「キス…していい?」
「…お前はー。」
ふうっと溜め息を付く。
『やっぱ、駄目かな』そう心の中で思っていると、下からチロリと見上げてきた。
「何で、いちいち聞くんだ。バカ。」
「ゾロ。」
そのまま顔を近づけていって、唇を重ねた。
一応『恋人同士』になった俺達だけど、気持ちを押し付けているのは自分だって自覚があるから。
俺の『好き』とゾロの『好き』が同じじゃない事も分かっているから。ついつい、らしくもなく遠慮してしまう。
けれど、『俺は俺らしく』が一番だと思ってくれているゾロにとって、そんな俺はいやなのかも知れないと思った。
「ゾロ…」
「ん…ルフィ…。」
口付けが深くなり始めた頃。
「「グ〜〜〜〜〜」」
二人の腹が同時になった。
「クッ。」
「プッ。」
顔を見合わせて、笑ってしまった。
まったくムードのかけらもない俺達。
「…寝るか…。」
「おう。」
部屋に戻って、それぞれのベッドへ潜り込んで眠ったのだった。
クロコダイルとの戦いが終わって、俺は3日間眠り続けていたらしい。
だから、起きた時はすっげえ腹が減っていて、喉も渇いてて。目の前にあるものを手あたり次第に食って飲んだ。
その上夕食はすっごいご馳走だった。
楽しい宴会を終え、でっかい風呂に入ってさっぱりして。
気が付いたら、ゾロが居なかった。
さっきまで居たよな?
数日居るせいで、慣れた様子の皆。
思い思いにベランダに出てみたり、本を読んだりしている。
…なので、俺も廊下に出てみた。
廊下の向こうに、ビビが居た。
「ああ、ルフィさん。何か、足りないものとかはないですか?」
「ああ、大丈夫だ。いろいろ、ありがとな。」
「いいえ。こっちこそ。皆には何てお礼を言っていいか…。」
「なあ、ゾロ。知らないか?」
どこかでトレーニングでもしてるんだろうか?
「ああ、Mr.ブシドーなら…。」
そう言って、ビビが示したのは俺達がたむろしている部屋の並びの一番奥の部屋だった。
「何、してるんだろう?」
「多分。寝てるんだと思うわ。さっき『少し寝たいから静かな部屋、空いてないか?』って聞かれたから。」
「寝て…るんだ。」
「ええ、…その。…Mr.ブシドーも結構酷い怪我をしていたの。」
「え?」
「本当はお風呂入るなんて、無理だったんだけど…。怪我の方は大丈夫。きちんと治療してあるから。
…ただ、あの人って寝て治す人でしょう?…けど、ルフィさんが眠っている間。夜はほとんど眠らなかったと思うのよ。」
「え?」
「だって、ずっと傍についてたんだもの。」
「ええ?ゾロが?」
「ええ。私、Mr.ブシドーの身体が心配で、何度か寝るように声を掛けたんだけど…。『適当に寝てるから平気だ』って言って…。」
「………。」
「ずっと枕元にいたって訳じゃないのよ。時々トレーニングだとかで外にも出てたし。でもルフィさんを気遣って、目を覚ましたらすぐに見える範囲には割りとずっと居たのよ。」
何のてらいもなくにこにこと笑って教えてくれるビビに、ゾロへのこだわりがあるようには見えなかった。
やっぱり幼馴染ってのが本命か?
「分かった、教えてくれてありがと。」
ビビと分かれて、ゾロが寝ているという部屋へ行ってみた。
「ゾロ?」
そっと中へ入ると、スースーとゾロの穏やかな寝息が聞こえてきた。
ベッドを覗き込んでみると、顔にやつれた様子は特に見られなかった。
怪我をしてるって言ってたっけ。
シーツを捲って中を覗いてみる。
「……何…してやがる?」
「あ、ごめん。起すつもりはなかったんだけど…怪我したって聞いたから…。」
「もう、何日たってると思ってる。…大丈夫だ。」
「でも…ちょっと見せろよ。」
シャツも捲り上げる。
「コラ、何をする。」
そう言いつつも身体を起さないのは、それだけ辛いからなのかも知れなかった。
「結構、酷そうだな。」
腹が取り替えたばかりの包帯で、ぐるぐる巻きになって居る。
さっき、風呂でなんで気がつかなかったんだろう。…そういえば、あんまり湯船から出なかったか?
「まあ、ちょっと。えぐられたからな。」
「え…エグっ?」
「Mr.1ってのが、全身鉄になる奴でよ。体中刃物にして襲って来るんだが、太刀筋も何もあったもんじゃねえ。」
「ふーん。」
「まあ、俺としてもここいらで一段強くなりたいと思っていたところだったからな。良かったけどよ。」
…って言うことは、ゾロの中で何か納得するものが得られたということなんだろう。
「…何か、…俺が寝てる間、ずっと起きて付いててくれた…って。」
「…ああ。」
少し照れたように視線を外す。
「…適当に寝てたぞ。さすがに最初の夜はきつかったから爆睡したしな。」
「うん。でも嬉しかった、ありがとな。」
「…別に礼を言われることじゃない。」
「…ゾロ。」
「俺がそうしたかったからしただけだ。」
もう、今度は完全に顔を背けてしまっている。
「ゾロ。」
傷に響かないように肩の辺りをそっと両手で抱いて、唇を追いかけて重ねた。
「ん…。」
漏れたのはどちらの吐息だっただろうか。
「ゾ…ロ…。」
「ル……フィ……。」
何度も何度も角度を変えて貪る。
気持ちを押し付けたなんて、『好き』の意味が違うなんて。それこそ俺の勝手な思い込みだったのかも。
俺を一番だって意思表示してくれた時点で、ゾロはきっと自分の気持ちを決めたのだ。
『海賊王になる時リスクとなるかも』『いずれ他の女を好きになったりするかも』
それはゾロ自身の不安だったのかも知れない。
『それでもいいのか?』俺にそう聞いたとき、ゾロはそのリスクを自分のものとして負うことを決めたのだ。
分かってないのはいつも俺だ。
ゾロの気持ちも覚悟も何も分かっちゃいないで、一人で辛い顔をしていただけ。情けねえ。
ゾロに申し訳ない気持ちで一杯になる。
しかもこんなに怪我もしてるのに、これから俺のやることって…。
けど、止めるつもりは全然なかった。
ドンドンと服を脱がせていき、包帯の巻かれていないところを全て唇で、指で、確かめていく。
「……んっ…。」
「ゾロ? 辛いか?」
「へ…き…だ。 ……くっ……っ。」
俺の背中にゾロの腕が回されて、しがみ付いてくる腕が嬉しい。
俺が感じているのと同じだけ、ゾロも感じてくれてるといいんだけど…。
俺より少し体温の高いゾロの身体。 気持ちよくって手放したくない。
人肌って、こんなに安心できるものだったんだ。
20060603UP
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やっちゃった…