俺はいつも、許されてこの腕の中に居るんだと思った。 7

 結局ビビは国に残ることになった。

 そうなって、一番ショックを受けたのは呆れたことに俺だった。

 ゾロやナミは分かっていたようだし。ウソップやチョッパーも寂しがっていたが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。サンジなんか代わりにロビンが加わったらもうケロッとしていた。

 考えてみたら。一度仲間だと認めて旅をしたのに、別れることになるってこれが初めてなんだ。そういうこともあるんだと思い知らされたことがショックだったらしい。

「今生の別れじゃあるまいし。」

 そう言ってゾロは笑った。

 …そっか、ゾロの『親友』は死んじゃってるんだっけ。

「グランドラインの入口に居た鯨に、もう一度会いに行くんだろ。次の航海でアラバスタに寄ればいいじゃないか。国が落ち着いて旅に出られるようなら、そん時一緒に行けばいい。」

「うん。」

 この頃、船の舳先のところに俺が座っていると。ゾロはその近くで昼寝をするようになった。

 俺が寂しがっているので気を使ってくれているらしい。

起しても起きない時もあるし。何気なしに話し掛けてみると思いもかけずに返事が返ってくることもある。

 ただ傍に居られるだけで嬉しかった。

 ビビのことがあって一番ゾッとしたのは。

 今居る仲間も、いつか別れる時が来るかもしれないって事に気付いてしまったこと。

 こんなに楽しい日々がいつか無くなってしまうことがあるのだろうか?

 そんな不安もあいまって、事あるごとにゾロに甘えまくった。

 寝ているゾロを枕にして昼寝をしてみたり。抱きついて、しがみ付いてふざけたり。

 時々、やんわりとゾロに止められる。

 その辺がボーダーライン。

 それ以上になると、多分他の仲間たちから白い目で見られてしまうんだろう。

『しょうがねーな』と見過ごしてくれるあたりで、ゾロが上手いこと止めてくれるのだ。

 たった2歳しか違わないのに、凄く大人だなあと思ってしまう。

 いつも与えてもらってばかりで、俺はあいつに何がしてやれるだろーか。

男同士なんて対等じゃなけりゃ長続きしねーよな。どっちかがどっちかに寄っかかってってるだけなんてダメだよな。…きっと。

 この頃、夜は。お互いが見張り当番の時は何となく一緒に居るようになった。

 抱き合う時もあれば、飲み明かす時もあるし。何も話さずにただ一緒に居る時もある。その夜は二人で、チビチビと酒を飲んでいた。

 月は出てなくて、その分星が綺麗だった。

 降るような星空ってこういうことを言うのかなあ。

 俺はそんな、似合わない事をぼんやりと考えていた。

 あそこのどこかに、空島があるんだ。

「やっぱ雲の上だろうな。」

 俺が考えていることが分かったのか。ゾロが言った。

「あれかな。」

 少し大きめの雲を指差してみた。

「意外とあんなもんかも知れんぞ?」

 その半分位の雲をゾロが指した。

「えー、ちっちぇーよ。ちょっと走ったら端っこに付いちゃうじゃんか。」

「島ひとつ分っつったら、そんなもんじゃねーか?」

「あれ…そうかな?」

 こんな何でも無い話をするのも楽しい。

「なあ。ゾロ。」

「うん?」

「俺のどこが好き?」

「ぶっっ。」

 ゾロが口に含んだばかりの酒を噴出した。

「汚たねーな。」

「っ誰のせいだよ。」

「だってさあ。」

「また、下らんことで頭使ってるな。」

「下らなくないぞ。大事なことだ。」

「じゃあ、お前は?」

「えーー、へへっ。」

「……や。いい。止めとけ。」

「えっ。何でだよ。いっぱい、いっぱいあるぞ。」

「良い、と言っている。」

「そーいう、テレ屋なところとかも好きだ。」

「……てめー。」

 多分真っ赤になってるんだろう。暗くてよく見えないのが残念だ。

「…なあ、どこだよー。」

「………言わねー。」

「ゾロー。」

「ぜってー、言わねー。」

 あーあ。ヘソを曲げちゃったらしい。

「なー、ゾロー。」

「言わねえって。」

「うん。あのさ。ずっと俺のこと好きで居てくれるか?」

「はあ!?」

 素っ頓狂な声が上がる。

「俺とこうなったこと、後悔したりしない?」

「…今、少しだけしたぞ。」

「マジで聞いてんだけど。」

 コツンと頭を叩かれる。

「痛てーって。」

「腐ってるな。腐ってる音がした。」

「腐るか!」

「そうだよな。おかしいな。空っぽだから腐るわけないのに。」

「ゾロ!」

「…お前は海賊王になるっつって、旅をしていることを後悔するか?」

「するわけねえ。」

「死ぬかも知んねーぞ。」

「そんなの分かってるよ。」

「なれねえかもしれん。」

「やな事言うな。それでも、海賊王を目指して旅したこと自体を後悔したりしねえよ。」

「………ま。そういうこった。」

「………???」

 分かんねーよ。そう言おうとして、ちょっと考えた。

 例えこの先何があろうと。…それこそ別れることがあっても、俺を好きになったこと自体を後悔したりしないって事?

「なあ、ゾロ。」

「何だよ。」

「じゃあ、俺のこと好きって思ったのはいつ?」」

「分かんねーよ。そんなの。」

 うんざりしたように言い捨てて。

「でも…あの時は、ちょっとショックだったな。」

「あの時?」

「ローグタウンの処刑台で殺されそうになったろ。」

「ああ、あん時。」

「お前が死ぬかも知れないって時に、何も出来ないでいるのはイヤだな。」

「うん、俺もそれ、ミホークのとき思った。」

「そうか。」

 それからしばらく二人で黙って酒を飲んだ。

「なあ、ルフィ。」

「何だ?」

「お前は何が不満なんだ?」

「不満?」

「いや…違うな。不安なんだな。何を心配している?」

「……ゾ…ロ。」

「はじめはビビが居なくなって寂しいんだろうと思っていた。何だかんだ言ったって、お前はビビを大切に思っていたしな。

 あいつの国のことが安定して、スッキリとしたらビビと楽しく旅をしたいと一番思っていたのは多分お前だろうと思うんだ。

…だけど…お前はそういうことを引っ張る奴じゃ無い。ビビが本気で国のために残ると決めたのならそれがビビの考えだと割り切れる奴だ。…なのにいつまでも様子がおかしい。」

 鋭い指摘にぎくりとしたのが伝わったのだろう。

 ゾロの手が伸びてきて俺の右の頬を摘んでビヨーンビヨーンと伸ばした。

「何、つまんねー事で頭を使ってるんだ?うん?」

「いふまれ…。」

「あん?」

 ほっぺた摘まれてるから、ふがふがした俺の言葉を手を離して聞き返してくる。

「いつまで、皆と一緒に居られるんだろう…って。」

「………。」

「ゾロはいつまで俺を好きで居てくれるんだろうって…思ってた。」

「……バカだな。」

 言葉はいつもと同じだったけど、声は酷く優しかった。

「だって、それぞれの夢がかなったら?帰るところがある奴も居るだろ?俺がゾロに何かを与えられなくなったら?愛想付かされるかも知んねーじゃん。」

「…お前にだって、帰るところはあるだろう?」

「!!」

 落ち着いた声で言われて、ちょっとびっくりした。

 そうだった、俺にも生まれ育った村があって、会いたい人がいる。

「俺もな、野望を果たしたら。村に帰って、先生に挨拶して。くいなの墓参りくれーしたいと思う。

 …けど、ずっとそこに留まるつまりはないぜ。」

「俺も。…そんなこと考えたこともなかった。…そういえば。」

「じゃあ、もしも他のメンバーが旅を終えて船を降りるって言ったら。俺とお前でまた仲間を集めて旅をしようぜ。」

「ゾロ。…本当に?」

「ああ、本当だ。…『約束』する。」

「うん、うん。絶対な。」

「ああ。」

 ゾロがそういったら、決して違えない。その言葉は信じられる。

 ちょっとほっとした俺の肩にゾロの腕がそっと回った。

 なんだろう。と思っているとゆっくりと抱き寄せられて、唇がふさがれた。

 『そんなことする気になれない』って言ってたのに…。

 初めてのゾロからのキスは酷く優しくて、安心できるものだった。

 これも『ま、いっか』の範疇なのかな。心の隅でそう思ったけど、もうそんなのどうでも良かった。

 一人で悩んでも解決しない。

 何かあったら相談しよう。

それでいつも俺が元気なら、ゾロはそれが一番嬉しいはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

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