やさしい笑顔を 4

 ハボックとリアーナが巡回を終えて、東方司令部へ戻ってくると、門番の憲兵が慌てて出てきた。

「トウエン少尉。お友達とおっしゃる方がいらしています。」

「…友達?」

「はい。ジョウ・レイバートンという方で。」

「ああ、ジョウか。何だろ?」

「只今、受付でお待ちです。」

「分かったわ。ありがとう。」

 少し、足を早める。

「誰だ?」

「同郷の幼馴染。この間会ったばかりなのに、何だろう?」

 東方司令部の建物に入り、受付を見ると客が待つためのソファがあり、そこに一人の男性が待っていた。

 リアーナよりも濃い色の茶色の髪に、優男系の温和な顔立ち。いい男の部類に入るだろう。すらりとした長身で、あまり鍛えているようではなかった。運動より勉強が得意なタイプか?

「リアーナ。」

 ファーストネーム、呼んだぞ。

子供の頃からの友人なら当たり前のことなのに、ハボックは何となく引っかかった。

「ジョウ、どうしたの?この間会ったばっかりじゃない。」

「結婚式の写真が出来たんだ。こっちに来る用事もあったんで、ついでに持ってきた。」

「本当?見たいわ。」

 一般人をそれ以上中へ入れるわけには行かないので、その場でお披露目となった。

 リアーナのプライベート写真ということで、その辺りにいた者たちも集まってきて黒山の人だかりとなる。

「へー、よく撮れてるじゃない。」

 楽しそうに1枚1枚眺める。成り行き上ハボックはすぐ隣から一緒に覗き込む。

「この服を大佐に買ってもらったんか?」

「自分で買いました!」

「トウエン少尉、髪を下ろすと感じ変わりますねー。」

「うん、素敵ー。」

「そう?」

「普段も髪を下ろされたらいいのに。」

「西方司令部に居た頃は時々下ろしてたんだけど…。うっとうしくなって結局括っちゃうのよね。仕事中は駄目ね。」

「そういえば、小さいころからいつも髪は結わいていたイメージがあるね。」

 と、ジョウが口を挟んだ。やっぱり何となく面白くない。

「あー、お嫁さんだ。」

「綺麗ー。」

「いいですよねー。ウエディングドレス。」

「うん、憧れちゃうね。」

 女性職員が一気に盛り上がる。

 そういえば、何人かの女性と付き合ってきたけど、結婚とかって考えたことは無かったなあ。とハボックは思った。リアーナはどうなんだろう?

「これが、3ヶ月で別れそうな夫婦か?」

「あんたね。そういうことは思っても言わないの!」

「先に言ってたのはお前だろ。」

「あはは、もう1回目の大喧嘩やらかしたらしいよ。」

 ジョウは新郎の方と仲が良い。電話で愚痴られたという。

「3ヶ月、持つかしら?」

「リアーナは3ヶ月に賭けたんだ?俺は2ヶ月だったけど。」

「容赦ないわね。」

「はは。けど、案外長持ちするかもね。」

「そうかしら?」

「セントラルの俺の家の近所の八百屋の夫婦がね、もう日課のように大喧嘩するんだけどさ。これが案外別れないんだなあ。先月で15年目だって言ってた。」

「へえー。そういうもんなのかなあ、夫婦って。」

「リアーナは?まだ結婚しないのかい?」

「ジョウこそ。」

「俺は今、それどころじゃないかなあ。」

「ああ、事業始めたって言ってたっけ。」

「慌しいからね。結婚したって奥さんに何日も会えない…とかなりそうだ。」

「そっかー。私も、忙しくてね。」

「皆心配してたんだよ。他の皆は何だかんだ言って時々帰省するけど、リアーナは全然帰ってこないからさ。」

「文句は上司に言って頂戴。まとまった休み取るの大変なんだから。」

「ここからだと、帰るだけで丸1日かかちゃうしね。」

「セントラル挟んだ、向こう側だもの。」

 リアーナの故郷は西部の田舎町だ。

「じゃあ、こっちに出てきてるメンバーで、時々会わないか?」

「え……?」

 リアーナは少し考えるように首を傾げた。

「…ウエストシティ辺りに出てるのって何人かいたけど、…セントラルからこっちの方に出て来てるのって……他にいたっけ?…あなたと私くらいじゃなかった?」

「あれ?…はは、…そうだっけ?」

 ジョウの声が上ずる。

『こいつ』ハボックと集まった皆の視線が一気にジョウに集まる。二人しか居ないのが分かっていて誘ったな。

リアーナと二人きりになるつもりでいたのだろうが、リアーナもそこまでぼんやりはしていなかったようだ。

それまで、『リアーナ・トウエン少尉のお友達』として対応していた女性職員の視線も冷たくなる。多分この後は、あっさりお帰りいただいて終わりだ。

リアーナがらみで女性職員を敵に回すと、後が怖いのだ。現在例外的に特別待遇されているのは指令室のメンバーだけという状況。(仕事を一緒にしている以上、意見の対立する事はある。とのホークアイの助言あってのことらしいが)

その後、少し話をして適当に写真を分け、ジョウは帰っていった。

指令室へ戻りながら。

「あいつ、お前のこと好きなんじゃねえ?」

「かもね。昔から、あんなんだったし。」

「分かってたのか?」

「だから、二人で会うのを断ったの。」

「お前は好きじゃねーんだ?」

「んー、友人としては好きよ?あんな感じでフットワークの軽い奴だし、自分で事業始めるくらいだから頭良いし、度胸もあるし。皆で何かしようっていうときも上手く仕切るしね。」

「…けど?」

「…実家の隣に私より1歳年下の女の子が居るのよ。本当の妹みたいに可愛いの。その子がジョウを好きなのよ。」

「へえ。」

「せっかく来たいい縁談を断っちゃうくらいにね。」

「だから、遠慮した?」

「遠慮って言うんじゃないけど…。あの子のそういう思いを知ってるから、『いい友人』としか思えない私がウロウロするのはどうか……と思ったりした訳。」

「そ……か。」

「私の中に彼女に負けないくらいの気持ちが有るなら頑張っちゃうけど。そうじゃないのに無神経な行動をしたら、ただ彼女を不安にさせちゃうだけでしょ。」

 と小さく笑う。

「お前、結婚とかしねーの?」

 リアーナは一瞬口ごもって、あいまいな表情をハボックに向けた。ドキリとハボックの心臓が跳ねた。隣に居るのは、本当にいつもの気心知れた同僚なのか?

「さすがの私も相手がいなきゃ出来ないのよ。」

 一転して、いつもと変わらない声音で明るく言う。

「さすがって何だよ…。」

 と、言うとふふふとおかしそうに笑う。普段なら、『あんたこそ』とか返されるところだが、何もいわないのは多分ハボックがダイアンと別れたばかりだからで…。そういう気遣いを普段から当たり前にしてくれていたのだろう。

 ブレダに言われ、リアーナと少し離れたことでやっと気付くことが出来た。気付くことが出来て本当に良かったと思う。そうでなければ、ハボックはただ友人の好意の上に胡坐を掻くいやな奴に成り果てていたところだった。

 

 

 その日は珍しくマスタングがまともに仕事をしていた。

「どうしたんですか。珍しいっスね。」

 そう言うハボックに、

「失礼な奴だ。」

 と、怒って見せるが。ホークアイに、

「時間が無くなりますよ。」

 とか、催促されて慌てて仕事に戻る。

「何か、有るんですか?」

 訊ねたブレダにホークアイは曖昧に笑う。

 定時の少し前。

「やったー!終わったー!」

 リアーナが自分の席で万歳をする。

「ご苦労様。」

 ホークアイがゆるりと笑った。

 確か、こいつは自分たちよりも大量の仕事を抱えていたはず。とハボックとブレダが唖然と見返す。

「た・い・さ。見て見て〜〜。終わっちゃった!」

「分かった、分かった。」

「着っ替えってこよーっと。」

 ばさばさと机の上を片付け、部屋を出て行った。

「何だ、随分張り切ってるな。」

「お友達の結婚式を見て、色々と思うところはあったようですよ。」

「あの、すぐに別れそうな友人か。」

「その辺はどうか分かりませんけれど…。やはり、ウエディングドレスは綺麗だったし羨ましかったと言っていましたから…。」

「……そうか…。」

「何なんスか?」

 ハボックが首を傾げた。

「さて、私もこれで終わりだ。」

「お疲れ様です。」

 執務室の奥にある専用の仮眠室で私服に着替えたマスタング。彼が出てくるのとほぼ同時くらいにリアーナが戻ってきた。

「あ、大佐。」

「トウエン少尉。…やあ、これは見違えたな。」

「へっへ〜ん。一張羅のスーツです。」

 髪を下ろし、淡い紫のスーツを上品に着こなしている。『へっへ〜ん』などと言わなければ随分とおしとやかに見える。

「さて、行くか。」

「はい。」

「行ってらっしゃい。」

 いつもなら止めるはずのホークアイが二人を見送ったので、他のメンバーは唖然とする。

「フルコースが私を待っている。」

「結局、食い気か。」

「だって、楽しみですもん。」

「ああ。いい、いい。好きなだけ飲んで食べたまえ。但し上品にな。」

「イエッサー。」

 楽しそうな二人の会話が遠ざかっていった。

「ヤボ用…って…、大佐とデート?」

 ハボックが呟いた。

「とうとう、その身を売るのか。トウエン。」

 ブレダのどこまで冗談か分からない言葉に、ホークアイが苦笑する。

「そんなんじゃ、無いわ。」

「え?じゃあ、何なんですか?」

 と、訊ねるフュリー。

「そうね。…内緒よ。」

「「「「中尉!」」」」

「…流されて…しまわないと、いいのだけれど…。」

 一転して心配そうに呟いた。

 

 

その日はマスタングが居ないので、夜勤のファルマンを除いては、取り敢えず手持ちの仕事を終えたものから帰ることになった。

「中尉。」

「ハボック少尉。…これで終了ね。お疲れ様。」

「お疲れっス。…あの。…トウエンのこと…なんスけど。」

「ええ。」

「大佐と、どこへ行ったんですか?」

「……どうして?」

「どうしてって、やっぱ心配ですし。」

「心配性ね。リアーナなら大丈夫よ。」

 あえて、ファーストネームでホークアイが言う。

「どうして、そう言えるんですか?」

「大佐は確かに女性に声を掛けまくる方だけど、ご自分の部下はとても大切にされるわ。」

「そりゃあ。まあ。」

「リアーナが本気で嫌がれば、無茶はなさらないでしょう。」

「………。」

「リアーナも、いつもなら大丈夫と安心できるのだけど…。そうね、本当言うと少し心配だわ。」

「?」

「先ほども少し言ったけど、友達の結婚式で少しナーバスになっていてね。」

「そうなんスか?」

「ええ。彼女、ずっと片思い中だから。」

「大佐に?」

「違うわ。…だから心配なの。」

 つまり他に好きな人が居るのに、マスタングを受け入れてしまうのではということか?

「二人が行っている場所。分かりますか?」

「分かるけど…どうするつもりなの?」

「勿論、止めるんです。トウエンを連れて帰ります。」

「友人として?」

「はい。」

「じゃあ、教えてあげないわ。」

「中尉っ。」

「だってね、ハボック少尉。ヤケになって好きでもない人と付き合おうかとまで思いつめてる女性を、ただの友達が止められるとは思わないわ。」

「………。」

「『やめろ』と言ってその言葉が心まで届くのは、本当に自分を思ってくれている場合でしょ?」

「それはっ。」

「友情の方が薄いなんていうつもりは無いわ。けどね、いつもあなたやブレダ少尉と一緒に居て、二人の友情はリアーナだって十分感じているはずよ。それでも、ヤケになるのだとしたら。 彼女が今一番必要としているのは、友情ではなく愛情なのではなくて?」

「………。」

「たとえ相手が大佐だろうと、それ以外の誰かだろうと、リアーナが恋人を作るのをあなたに止める権利があるの?」

「…無い…かも、知れませんけど…。」

「ブレダ少尉は先ほど帰ったわ。友人としてリアーナを信用しているし、仮に彼女が大佐と付き合うと決めたのだとしても、自分がそれに口を挟むべきじゃないと思っているからではないのかしら?

悩んで相談を持ちかけられれば勿論助言はするでしょうけど、その前の段階であれこれ言うのはおかしいでしょう?」

「………。」

「あなただって、誰かと付き合うと決める時、ブレダ少尉やリアーナに許可を求める?」

「…いえ。」

「でしょう。あなたがリアーナの友人であるのなら、彼女を見守り、悩んだときにそっと手を貸す。それで、いいのではないかしら?」

「………。」

 それでも、自分はいやなのだ。とハボックは叫びたかった。リアーナがマスタングとデートするのが、付き合うのが。

それは理に適わないただの独占欲だというのだろうか?

 自分は散々女性と付き合っておいて。その過程で愚痴やノロケを聞かせておいて。いざリアーナが他の男と付き合おうということになれば気に入らないなんて。身勝手にも程があるだろうと自分でも思うけれど。

「でも…。イヤなんです。」

 今はそれしか言えなかった。心の中の黒いもやもやを整理しきれない。

「…仕方が、無いわね。」

 溜め息をついて、ホークアイは店の名前を教えてくれた。

 一流ホテルのレストラン。ハボックは決して近寄らないだろう場所。

何だかそれだけで、マスタングが気合を入れてリアーナを落とそうとしているように思えて、もやもやがさらにひどくなる。

「但し。これだけは約束して頂戴。」

「?何スか?」

「店の中には決して入らないで。」

「………。」

「店の外。もしくはホテルの外で待っていて。」

「けどっ。」

「大丈夫。一度は出てくるから。」

「………。」

 何故そういえるのだ?

「いい?約束よ。守れないというのなら、ここから一歩も出さないわ。」

 ホークアイがそうしようと思えば、それはきっと可能だろう。

「…分かりました。」

 大いに不服ではあったけれど。

「きっとよ。」

「約束します。」

「……それじゃ。…リアーナをお願いね。」

「はい。」

 逸る気持ちそのままに、ハボックは走り出した。

 

 

 

 

 

 

20050708UP
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ハボにとって、大佐はある意味男としての理想像。
女性が自分と大佐を比べたら、必ず大佐を好きになると思ってる。
今まで、リアーナを女性としてみていなかったので二人が一緒にいようがなんとも思わなかったけど、
(大佐と二人で食事は駄目。と言っていたのは、一応友人としてその貞操を心配しただけ)
どうやら何となく意識し始めた様子。

 

 

 

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