やさしい気持ち 2

「あ、ハボック。こんなところにいた。」

突然リアーナの声。

「んあ?」

「今日の午後の……って、どうかした?」

「へ?」

「変な顔してる。」

「失礼な奴だな。」

「…不機嫌?」

「いや……。」

 吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、再び新たに一本火をつける。リアーナは、そんな一連の動作をジーっと見つめた後、となりにすとんと座る。

「何かあった?」

「だからっ。」

「だってこの頃、煙草の量減ってたのに。」

「え?」

「気付いてなかった?一日二箱位にまで減ってたでしょう?」

「…あ、そういえば…。」

 この頃買う量が減ってたかも。そんなところまで見ていてくれているのか…。

「何でもねー。仕事終わってほっとしただけだ。」

「そう?」

「さっき、何か言いかけなかったか?」

「ああ、そうだった。今日の午後の巡回、私とブレダだったでしょ?」

「おう。」

「ブレダがね、代わってくれって。」

「俺と?」

「そ。」

「何で?」

「……それが…ね。…今朝のアレでさ、注目の的…っていうの?もう、居心地悪いったら…。」

「そうだったか?」

「ジャンはまだ、あんまり歩き回ってないから…。でね、『今トウエンと一緒に巡回になんか行ったら、間男と間違われる。』って、ブレダが言うのよ。私は、ブレダが外に出るのを面倒臭がってるだけだと思うけどね。」

 と、リアーナはしたり顔で頷いた。

「仕事は上がってるからかまわないけど。」

「そ?良かった。でなきゃ大佐が行くっていうんだもの。」

 こっちはサボりよ。完全にね!とこぶしを握る。

「今、大佐にサボられたら定時に上がれなくなっちゃうわ!」

「…ああ、外食だったな。」

「まさか、忘れてなんて無いでしょうね。」

「忘れてねーって。どこの店が良い?」

「あそこ。中央通り沿いのパスタの美味しいとこ!」

「分かった。ワインも美味かったよな。」

「うんうん。」

 嬉しそうに頷くリアーナに珍しいなと思う。

「やたら楽しみにしてるみてーだな。」

「うん、だってほら。先週お給料日だったけど、ジャンが忙しくて外食出来なかったでしょう? 家で食事って言うのものんびり出来て良いけどさ。やっぱ、たまには外へ出かけるのも楽しみだし。」

 ふふふと笑うリアーナを見て、ああそうかと気付く。

 何もハボックに無理をさせることだけが要求じゃないのだ。二人で無理なく楽しい時間を過ごす。お金が有る時は有るときなりに、無ければ無いなりに。時間が無いときは、余裕が出来てから予定を入れればいい。

 それは確かにわくわくすることかも…。

「リアーナ。」

「ん?……っちょっ。」

 頬に手を当て、こちらを向かせる。

「ジャ…っ……ん…。」

 とにかく皆には知られているのだし、これは自分のもの…ってことで…。

「…キャ…ッ…。」

 入り口で声がして、慌てて顔を離す。

「し、失礼しましたっ。」

 あれは、確か最近配属された子だ。どっかの事務の…名前は何だっけ…?

「んもう!」

「悪りい、計算外。」

「…その上、やたら苦いし。」

「あー、すんません。」

 煙草を吸ったばかりだった。

 どうせ知られてるから、良いけどさ…。と口の中でブツブツ言っている。

 さっきのマスタングの話も気になる。時折見せるリアーナの表情も。いずれきちんと話をしなくてはいけないのだろうけど…。

 取り敢えず、今夜は楽しく食事をしよう。こんなにリアーナが楽しみにしているのだから。

 

 

 定時の少し前。

「大佐のバカ!!!」

 マスタングの執務室から、リアーナの大声が聞こえてきた。

 何事だ?とハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーは顔を見合わせた。

「お前、見て来いよ。」

 ブレダがハボックに言う。ガタンとハボックが立ち上がったとき、執務室のドアが開いた音が聞こえた。

「大佐なんか、大っキライ!!」

「こら、トウエン少尉!」

 リアーナとマスタングのひときわ大きな声が響いたかと思うと、ドスドスと足音も荒くリアーナが廊下を歩いてくる音がする。ハボックが指令室のドアを開け、廊下に顔を出すと、怒りながらも悲しそうな顔のリアーナが凄い勢いで歩いてきた。

「ど、どうした?」

「う〜〜〜っ。」

 処理しきれない感情を抑えきれずにうなる。

 確か今日の分の書類をマスタングに提出に行ったはず。『これで終わり』と喜んで出て行ったのに…。

 その手には一枚の紙。

「…何だ?それ。」

「明日まで。」

「うん?」

「資料、 引っ張り出して…系統立ててまとめて。 レポート。」

 慌てて紙を取り上げ、見ると半端でない量だ。

「なっ、今から!?」

「今からやらないと、間に合わないもの。」

 少し落ち着いてきたのか、口調が元に戻る。

「手伝おうか?」

「ありがと。」

 嬉しそうににっこり笑う。

「でも、大丈夫よ。」

「…けど。」

 リアーナの足はもう資料室へ向かって歩き出していた。…ので、ハボックも自然と一緒に資料室へと向かう。

「ジャンはこの頃ずっと忙しくて疲れてたんだから、ちゃんと休まないと。それにね、明日は夜勤でしょ?身体、もたないわよ。」

「平気だぜ、それ位。」

「見てる私が心配なの。」

「俺だってお前が心配。」

「ふふ、ありがと。えっとね、今日は資料を揃えるまでにするから。ね、それなら多分2時間位で終わるわ。」

「………。」

「遅くならないうちに帰る。約束する。」

「…絶対だぞ。」

「うん。どうせ明日は私も残業だろうし。…そしたら明日の夜は一緒だね。」

「指令室じゃ、色気無さすぎだろ。」

 それでも、仕事なのだから仕方が無いと諦める。

「レストランはお預けだな。」

「残念だわ、本っ当に!」

「明日中なのか?それ。」

「明後日の会議に使うんだって。」

「…まさか。」

「そ、東部の司令官や将軍が集まる例のアレよ。」

 東方司令部に東部各地の司令官や将軍たちといったそうそうたるメンバーが集まり、年に1回行われる会議。

 ハボックの仕事もその準備の為だったのだが、リアーナにまで回るとは。

「…にしても、ギリギリだな。」

「だって、言って来たのハクロっちだもの。」

「何だ、その腹立たしさを増幅させるような呼び方は。……って奴か!」

「そ、さっき電話が掛かってきたんですって。『会議に必ず間に合わせるように』って。」

「とか言って、実際には使いやしねーんだよな。」

「本当、やな奴よね。」

「で?何で『大佐のバカ』なんだよ。」

「だって、この怒りをどこにぶつけたらいいのか分からなくて。」

「今頃、凹んでんじゃねぇ?」

「そうだったら、もう怒ってませんって言っといて。ついでに、『埋め合わせ、早くして!』って。」

「あー。見合いのか?もう4ヶ月もたってんのにまだなのか?」

 部下といえど、女性にソツの無いマスタングにしては珍しい。

「あ、食事じゃないの。違うものをお願いしてあるんだー。だって、二人で食事はジャンがダメだって言うし、ジャンも一緒はダメだって大佐が言うから…。」

「ダメ?何で?」

「目の前でイチャイチャされるとムカつくからですって。」

 イチャイチャって何よねー。しないわよ、食事中にそんなの。とか言っている。

 俺はしたってかまわないんだが…と内心思いながら。

「じゃあ、何頼んだんだよ。」

「それは、ナイショ。お楽しみに〜。」

「何だよ、それ。」

 楽しそうな様子に思わず笑ってしまう。

 そして、資料室に着いた。

「…じゃあ、2時間な。」

「うん。」

「帰ったら、電話入れろよ。待ってる。」

「寝ててもいいんだけど…。」

「ダメだ。」

「分かりました。」

 チュッと軽く唇を合わせて。

「じゃ、頑張れよ。」

「うん。ジャンはお疲れ様。」

 資料室の中へ入っていくリアーナを見送って、ハボックはマスタングの元へと戻った。案の定凹んでいたマスタングにリアーナの伝言を伝える。

「そうか。」

 ほっとしたように笑う。

 いつもはサボりがちな上司もさすがに疲労の色が濃い。

この数日、会議の準備に忙殺されたためだ。今日の夜勤はホークアイだが、マスタングも恐らく帰ることは出来ないだろうと思われた。

「『埋め合わせ』って何ですか?やたら楽しみにしていたようですけど。」

「はあああああ。」

 マスタングが盛大な溜め息を付いた。

「大佐?」

「…大佐が真面目にお仕事をこなしてくれていれば、今までに何度か機会はありましたよ。」

 事情を知っているらしいホークアイがたしなめるように言った。

「?何なんスか?」

「お前に教えてやるのは癪だから、教えない。」

「子供ですか。」

「そんなこと言うと『埋め合わせ』を無しにするぞ。」

「はあ!? トウエンの『埋め合わせ』でしょう?」

「うっ。」

 大変に怪しいが、教えるつもりは無いらしい。まあいずれその時が来たら分かるだろうとハボックはあっさりと話を打ち切った。

「…中尉。」

「何かしら?」

「疲れたので、2時間ほど仮眠を取ってきます。」

「ふふふ。分かったわ。あなたが戻るよりも前にトウエン少尉の仕事が終わるようなら、そのように伝えるわ。」

「………。」

 モロバレか。

「まあ、仲良くやりたまえ。」

「…失礼しますっ。」

 上司たちにほほえましく見送られ、多少居心地の悪い気分で仮眠室へと向かった。

 休んでくれというリアーナの要求と、心配だというハボック自身の気持ちを両立させる方法がこれしか思いつかなかったのだ。

 リアーナの仕事が終わったら、一緒に帰ろう。

 途中で何かテイクアウトできるものでも買って、家で一緒に食べたらいい。

 その時、ハボックはそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

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個人的に「ハクロっち」という呼び方はお気に入り。
「うちのハボ」を読んで下さった方の中には察していらっしゃる方もいるでしょうが、ハボとハクロっちには少しばかり因縁があります。
だから、大佐はハクロっちに会う時は何時もハボを同行させます。ええ嫌味で。
ちなみに、うちの旦那も煙草を吸うんだよね。1日に2箱位…らしい。減らせよ!
そんな訳で、何時も煙草をくわえているハボは減って2箱位かなあ、と。

 

 

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