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ここ数日、というよりは、この10日ほど、怪盗 I はぱったりと姿を消していた。今までは1週間とあけずに現れていただけに、捜査本部の中でももう現れないのではという意見まで出るようになっていたし、マスコミでもそういったことが噂されている。残念だ なんて声が聞こえてくるあたり、怪盗キッドと同じような現象が起きているのだろう。全く、残念だ なんて、捜査するほうの身にもなってみろ と新一は思う。そりゃ、現れてくんなきゃ捜査できねぇってのもあるけどさ。 幕を切って、
一寸
だけ舞台袖へ
「あれ、工藤くん」 「え・・あ、さん」 かかった声に、新一は振り向いた。そうすれば、そこには少し前に蘭を通して知り合った、帝丹高校のOGというがいる。こんにちは という挨拶に、どうも と返してから、新一はが持っている花を見た。そこにあるのは菊の花と水仙の花で、ぱちりと新一は瞬きをする。それを見て少し首をかしげた後に、その花に目をやる新一の視線に納得したのか お墓参りに行くところなのよ とが笑った。 「1人でですか?」 「うん」 新一の言葉に、はその返答だけを返して、にこりと笑った。そういえば、確かにこの近くに寺がある と納得しながらも、なんだかその笑顔が胸にひっかかるものがあって、新一は少し考えてから、あの と言葉を続ける。こんなこと聞くのは、気がひけるというか、失礼というか、そんな気だってするけれど、気になってしまったんだから仕方がない 「誰の・・?」 「私のお母さん」 の言葉に、新一は少し目を見開いてから、そうなんですか と眉を寄せて呟いた。そんな新一に、もう随分前だから、気にしないで とは笑う。新一の記憶では、彼女は21だと言っていた。随分前 ということは、少なくとも3・4年は前なのだろう。今では落ち着いていようとも、きっと大変だったはずだ。そう思いながら、新一は菊の花へと目を向けた。彼女は、1人で墓参りに行くという。けれど、母の墓参りならば、普通は家族で行くものではないのか?そういえば彼女は一人暮らしだといっていたけれど ――― そうしていろいろと思考をめぐらせる新一に、はくすりと笑う。以前も思ったことだけど、意識していないところでは、彼は意外とわかりやすい。 「父はあまり体がよくないの。私は一人っ子だしね。だから一人なのよ」 「あ、そうなんですか、・・って」 「わかりやすいわね、工藤くん」 少しからかうように、が言う。探偵であり、あまりそういうことを言われることのない新一はポカンとを見た。そんな新一にはさきほどよりも面白そうに笑う。探偵としての毅然とした態度と、高校生らしい年相応なあどけなさ。どっちもが工藤新一なんだろうけど ――― そんなことを思いながら、じゃぁ、そろそろ行くわね とは新一に声をかけた。もう既に夕方だし、あまり遅くなってしまうのはよくないだろう。そうして肩からかかっているバッグをかけなおしたに、新一があの と声をかけた。 「俺も、一緒に行っていいですか?」 「付き合ってくれてありがとう」 の言葉に、新一はいえ と小さく微笑った。の母の墓参りを終え、途中まで重なっている家までの帰り道を2人は歩いていた。の様子には、主だった変化は見えない。見せていないというだけかもしれないけれど、確かに彼女の母親が死んでから時間は経っているんだろうと新一は思う。墓石を前に、お母さん、と言って菊と水仙を供えた彼女の声は、温かく凪いでいた。墓の様子を思い返しながら、新一は口を開く。 「さんのお母さん、水仙が好きだったんですか?」 「えぇ。それで やっぱり、そうなのか と新一は納得する。菊は墓参りには一般的な花だ。違う花がある場合は、故人の好きだった花のことが多い。それにしても、彼女に花の供えを頼みながらも墓参りに来れないとは、彼女の父親はそれほどまでに具合が悪いのだろうか。もしかして ――― そうして新一がに向けた視線が、バチリと重なり合う。あ、と新一が思っていると、はどうしたの?と新一に聞いた。えぇと と新一は口ごもる。もし自分の予想が当たっているのなら、こんなことは答えづらいだろうし、答えさせたくもないことだ。そう思って口を閉じた新一に、が苦笑する。 「・・父のこと?」 「・・え・・」 「やっぱり。・・ありがとね、気をつかってくれたの?」 落ち着いたの声に、新一は視線をずらす。あぁ、やっぱり予想は当たってたんだ と、新一は眉を寄せた。こんなこと、墓参りの後に聞くことじゃなかった。そうやって悔いる新一に、いい子なんだな とは思う。本当に、いい子だ。これで私が君の追っている怪盗だと知ったら、どうするんだろう?そんなことを頭の片隅で考えてから、は小さく笑った。 「父がね、自分が死んだら、母の形見を母の墓に入れてくれって」 ふわりと笑っていったに、新一は思わず視線を向けた。父も母も同じお墓なのに、わがままよね と、は口元に笑みを残したまま目を伏せる。新一は、ぐっと拳を握った。こんな顔をさせちゃいけない。そう思うのに、自分には出来ることがない。さん、とただ彼女の名前を呼べば、はそっと新一の頭を撫でた。驚く新一に、苦笑とも違う笑みを浮かべる。 「ごめんね、こんな話して。」 「・・俺のほうこそ」 「ううん。私も、誰かに聞いてほしかったのかな」 先ほどよりも苦笑に近い笑みを浮かべて、は新一の頭を撫でた手を離す。2人の足は、分かれ道へと差し掛かっていた。ありがとう とがもう一度言う。いえ、全然 と新一が苦笑した。いつまでも自分が悔いていれば、逆に気を使わせてしまうと思ったためだ。そんな新一に、いろいろな意味をこめて、が笑う。そして、じゃぁまた とお互いに挨拶をしてその場から足を動かした。新一は少しだけ足を止めての背を見送って、なんともいえない気持ちのままに、溜まっていたらしい息を吐いた。彼女は、やはり大人だ。 そうして、入院していたの父の容態が急変したのは、この数日後のことだった。 |