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『怪盗 I 』による乱暴な犯行の翌日、怪盗 I から、捜査本部へと予告状が届いた。 軽い身ごなし 、 すらりとした立ち姿
やっぱり という声が、そこかしこから聞こえる。それらは、新一の周りにいる警官たちが発したものだ。予告された屋敷の中にいる新一の目の前には、空になったケースがある。こじ開けたような跡はない。ましてや犯人の足跡なんて残っているわけもない。誰かが怪我をしたという情報も入っていないし、誰も犯人の姿を見ていない。「他の場所には、異常はありませんでした!」確認を終えてきたらしい、警官の一人が大声で報告した。その言葉に、確信をもった警官たちの声は強くなる。やっぱり ――― 昨夜の犯行は、怪盗 I のものではなかったんだ、と。新一にとって、そんなことはあまりに今更だった。ざわめきだっている警官たちを置いて、新一は屋敷の外へと駆ける。まだ、あのカードは届いていない。つまり、彼女はまだ、近くにいる。バタン と玄関をあけて外へと飛び出した。その音にその場にいた警官たちが視線をよこすけれど、それを気にすることはなく新一は周囲を見渡す。こんなに人のいるところには現れないだろう。だとしたら、どこにいる? 「誰をお探しなのかしら、工藤くん」 屋敷の周りを探っていた新一に、頭上から、最近では慣れてきた声がかかる。その声に、新一はバッと顔を上げた。そこには予想通り、盗品とサイズの同じ包みをもって、ふわりと笑う怪盗 I の姿があった。自分が知っている怪盗 I を示すその姿に、新一は口元を上げる。 「貴方を探していたんです、怪盗 I 」 「それは嬉しいわね。なら、きみが探しているのは今日の私?それとも、昨日の?」 「今日の貴方です。昨日のは 「あら。心配してくれたなら御礼を言うわ」 ありがとう と、怪盗 I は笑う。あえて、偽者だろう と問うことはしなかった。それはあまりにも明確なことすぎて、そんなことを聞くのば馬鹿馬鹿しく思えたからだ。心配したわけじゃない とでも言いたげに少し眉を寄せた新一に、怪盗 I はまたも笑ってみせた。その姿はあくまでも毅然として、余裕すらも感じさせる。そう、これが怪盗 I なのだ。昨日のように、乱暴な手口などありえない。そんな怪盗に、自分は執着したりはしない。そう思う新一にむかって、怪盗 I はカードを取り出してみせた。それはいつものカードだ。いつものように、犯行を終えたことを伝えるカード。ひらひらとふってくるカードに、けれどいつもより文字が多いことが見て取れて、新一はなんだ?と目を細めた。その様子を観とめた怪盗 I が、それにね と口を開く。 「昨日の方々の居場所が書いてあるわ」 「・・・突き止めたのか?」 「何日も名を語らせるほど、私は心が広くはないの」 怪盗 I の言葉に思わず呟いた新一に、彼女はさらりと返してシルクハットの縁を少し引き下げた。今からこの居場所を追えば、すぐに昨日の犯人は捕まるだろう。そうすれば、それこそ一日で偽者の『怪盗 I 』は消える。それはそうだけれど、いくら昨日の今日できた予告状のために 昨日の犯人まで手が回らなかったとはいえ、まだ警察が捕まえていない犯人を ――― 。そう思って、けれど新一はもう一人、自分の追っている怪盗を思い浮かべる。いつも自分たちのおよび知らないまでの情報網を見せ付けてくる彼と、そして彼女に、新一は呆れたようなため息をついた。けれど、それでこそ、自分の追っている怪盗だ。 「俺たちが捕まえていいんですか?」 「えぇ、お任せするわ。これでも、日本警察に信頼は置いているの」 「・・・・・、それはそれは」 にこりと笑っていった怪盗 I に、新一はなんともいえない笑いを浮かべてひきつった返事を返した。怪盗 I であり、こうして警察の手から何度も何度も逃れている彼女が、それを言うのか?そういう気持ちはあるけれど、彼女にそれをいったところでさらりと交わされて終わるのだろう。手の届くところまで降りてきたカードを掴んで見れば、そこには住所が示されている。この屋敷から、そう遠くはない。すぐに目暮警部に連絡をして ―― そう考えていた新一に、怪盗 I は思い出したように声をかける。 「盗品は、ちゃんと被害者の方に返してさしあげて」 「・・・どうして、貴方がそんなことを?」 「私に盗む予定はなかったもの。 え と新一が驚いた声を漏らすのと同時に、怪盗 I は新一の視界から消えた。そんな彼女に、言い逃げかよ と新一は頭をかく。最近、こういった彼女の行動にも慣れてきた自分がいる。そして、それでも何故か名残惜しく感じる自分にも。はぁ と息をついてから、カードに書かれた住所へと向かうべく、新一はその場所から踵を返した。 「信頼しているわ、工藤くん」 その言葉が、くすぐったいもののように頭に響く。怪盗に信頼されてもな なんて呟きながら、それでも新一の顔には笑みと取れるものが浮かんでいた。任されたからには、自分が彼女の汚名を拭うのに一肌脱ぐしかないのだろう。 |