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「警部っ!」 人が出払っている捜査本部。いつものように新一と目暮が話していたところに、バン と音を立てて入ってきたのは高木だった。なんだね、何かわかったのか と目暮が高木に声をかける。そうすれば、高木は それが・・と持っていたファイルを目暮に手渡した。目暮はそのファイルを開いて内容を見てから、驚いた表情を浮かべる。その様子に、新一は目暮の隣からその中身を覗いた。 「今まで怪盗 I に盗まれたものは全て、怪盗ジュールが以前盗んだものだったんです!」 高木の言葉に、目暮は真剣な顔をして どういうことだ と高木に目を向ける。新一は、目暮が離したファイルを手にとって真剣に中身に目を通し始めた。怪盗ジュール。新一も、その名前を聞いたことはあった。5年ほど前 ―― 新一がまだ小学生のころ、何十件もの盗みを重ね、 世間を騒がせ、けれど警察に捕まることなくいつの間にかパッタリと消えてしまった怪盗。それが怪盗ジュールだった。そして、被害にあった品としてファイルの中の写真に写っているのは、そう、確かに今ホワイトボードに張ってある 怪盗 I によって盗まれた品と同じものだった。けれど、どうしてそれが怪盗ジュールの下にではなく、被害者たちの下にある?そんなこと、少し考えればすぐにわかることだった。 「被害者が認め始めました。これらは、怪盗ジュールから買ったものだそうです」 やはり と新一は思う。つまりはそういう、闇取引のようなもので買った品だということだ。だからこそ被害者は怪盗 I に対して大きく出ることが出来なかった。それは、自分の過去の悪事を公にしてしまうも同然だったからだ。では、怪盗 I はそれを狙って今までの品々を盗んだのだろうか?そう考えれば、それも違うと新一は思う。公になろうがならなかろうが、現に自分たちは怪盗 I を突き詰めることは出来ていない。それならば、怪盗ジュールが盗んだ品が誰の手元にあるのか、それを知ることのほうがよほどの手間だ。けれど彼女はその手間を惜しまず、これまでのおよそ20件全てで、かつて怪盗ジュールが盗んだものを狙っている。ということはつまり、彼女の目的は最初から怪盗ジュールの盗品だけだったということになる。 「怪盗 I は、怪盗ジュールだということか?」 「いえ・・怪盗ジュールだったら、怪盗 I を名乗りはしないと思います」 自分がやったという主張のようなものですし という新一の言葉に、目暮と高木は 確かに と唸る。それならば、怪盗ジュールの模倣犯ということか?けれど、いったいどうして5年前の怪盗を真似する必要がある。いったい、彼女の目的は ――― ? 考えてみるものの何も浮かばずに、くそ と新一は頭を掻く。考えろ、どういうことだ。彼女はどうして怪盗ジュールの盗品を盗む?模倣犯などではないはずだ。彼女の目的はいったいどこにある。頭の中で数え切れないほどの可能性を浮かべては消し、また浮かべては消していた新一に、またしてもある可能性が浮かぶ。 「盗品は、ちゃんと被害者の方に返してさしあげて」 かつて彼女が言ったその言葉を思い出したとき、新一は動きを止めた。 「・・・・・目暮警部」 新一と同じようにいろいろな案を考えていた目暮と高木は、新一の声に、なにか浮かんだのかね!?と新一を見た。そんな目暮たちに、新一は怪盗ジュールのファイルの中にある盗品を見ながら、口を開く。 「盗品の、もともとの被害者と連絡は取れますか」 新一の言葉によって、新一と目暮、そして高木は新一が始めて怪盗 I と対面したときに盗まれた花鳥の器のもともとの持ち主である、八森家へとやってきていた。家に上がり、お茶を出されソファへと腰かけた3人の前にいるのは、1人の中年の女性だった。その女性、八森夫人は、どういったご用件で と新一たちに話を促す。新一たちは、それぞれ目配せをしたから八森夫人に向かって口を開いた。 「実は、以前八森家から盗まれた花鳥の器についてお聞きしたいんですが・・・」 「・・・・・そういわれましても、5年前に盗まれたものですし・・」 話せることなどございません と丁寧に八森夫人が言った。確かに、それもそうだろう と目暮と高木は思う。なんせ、5年も前のことだ。記憶も明確には残ってはいないだろうし、そもそも盗品について聞き込みをしてなんになるのか と目暮は新一に視線をやった。けれど新一は、まっすぐに八森夫人を見ている。そして、口を開く。 「本当に、何もありませんか」 「・・はい」 「では、虻川氏が花鳥の器を盗まれたことはご存知ですか?」 「・・・・はい。でも、以前盗まれたものがどうなったかまでは・・」 新一の言葉に、気まずそうに八森夫人が答える。新一は、八森夫人の様子から目を離さない。そんな新一に、目暮が 新一くん と苦笑しながら声をかけた。高木も、八森さんの言うとおりですよ と新一に声をかける。けれど、新一には、ほぼ確定されつつある考えがあった。そのため、八森夫人に目を向けたまま、僕は と言葉を続ける。 「怪盗 I が、単なる怪盗だとは思っていません。なにか目的があるのだと思っています」 「・・・・・・」 新一がまっすぐに八森夫人を見ながら言う。女性は俯いて言葉を返すことはしなかったが、むしろ目暮と高木のほうが驚いたような顔をしていた。こういった怪盗 I に対する見解を、新一はまだ誰にも話していなかった。目暮が慌てたように新一に声をかけるが、新一はちらりと目暮たちへ目を向けて、少し話させてください と言って八森夫人へと視線を戻した。目暮と高木は目を合わせて、しょうがない というように成り行きを見守る。そのなかで、新一は言葉を続けた。 「怪盗 I は、怪盗ジュールが盗み、持ち主とは違う人物の手元に渡ったものを盗んでいます」 新一の言葉に、高木は驚いて ちょ と口を挟む。怪盗ジュールのことは、まだ捜査本部内でしか伝わっていない情報だった。それを一般人に話すなんて ――― そう思って言葉を止めようとした高木を、目暮は まて と止める。それは、新一への信頼から来るものだった。八森夫人は、相変わらず俯いたままで、けれど膝の上に置いてあった手を握る。その様子に、目暮は 何かあるな と黙って八森夫人に視線をやった。新一はなおも、八森夫人へと語りかけるように声を続ける。 「話して、もらえませんか。僕は怪盗 I のことをきちんと知りたいんです」 その言葉に、八森夫人は一度深く俯いてから、顔をあげて新一を見た。そしてかち合った新一の瞳に、八森夫人は視線をそらす。けれど心を決めたようにもう一度新一の顔を見て、少々お待ちいただけますか と言って、立ち上がった。そして、リビングを出て行く。その姿が完全に見えなくなってから、何があるんです? と言いたげに高木が新一に目をやった。けれど新一は、高木に目を向けて小さく笑うだけで言葉を返さない。そのうちにも八森夫人は布が巻かれた何かを持ってリビングへと戻ってきた。それを見て、新一は思う。やっぱり と。そして八森夫人は、テーブルにそれを置いて、もう一度ソファに座った。 「これは先日 言って、八森夫人が布を取る。そこにあったのは、ほかならぬ 花鳥の器だった。目暮と高木が驚いて声を上げ、新一は目を細めた。どうして通報しなかったんですか と大声を上げそうになった目暮を、新一が止める。そうすれば、八森夫人はもう1つ、白いカードをテーブルに置いた。それは怪盗 I が予告と終了のときに残すカードと同じものだった。けれど、そこに書いてある文面はいつものそれとはまるで違っていた。『 以前 怪盗ジュールが八森家から頂いた花鳥の器をお返しいたします。器に関しては、どうぞ内密にしてくださるよう お願いいたします 』と書かれたそのカードには、怪盗 I と示されている。それは新一の推理を真実にするものであり、目暮と高木にとっても、怪盗 I の目的を知るのには十分なものだった。 「隠していて、すみません。でも・・通報しようとは思えなかったんです」 俯いて、八森夫人が言う。その言葉に、高木が同意するように頷いた。目暮が、カードを預かってもいいですか と八森夫人に問う。頷いた彼女に、新一は ありがとうございます と礼を述べた。 「確認が取れました。・・・全て持ち主に戻ってきているそうです」 報告としてかかってきた電話を終えて、高木が目暮と新一に言った。新一は頷き、目暮は ふーむ と唸る。八森家をはじめとして今まで盗まれたものの元の持ち主を当たったところ、全ての盗品が元の持ち主へと戻っていることがわかった。その際には丁寧なカードが添えてあり、家の中には入らず、玄関のようなわかる場所に置いてあったという。その報告を受けた高木は、なんだかイメージが変わりますよね といいながら椅子に座った。 「これじゃ怪盗 I が正義のヒーローみたいですよ」 「こらこら・・・」 高木の言葉を、目暮がたしなめる。けれど目暮も心証としては同じなのだろう、言葉は柔らかく、苦笑していた。新一はそんな彼らを見ながら、ホワイトボードへと目をやる。最後に彼女が現れてから、もう2週間以上が経っていた。そう、今まで彼女が1週間と空けずに現れていたことを考えれば、どう考えてもこの間はおかしいものだ。そして何よりも、あの黒に染まったような、けれども気品に溢れた姿を待ち望んでいる自分に、新一は気づいていた。 「・・・なんで、来ねーんだよ」 知らず知らずにこぼれた言葉に、新一はため息をついた。 わけではないのです 一方そのころ、ある病室では、ピ――― という、一定の機械音が響いていた。ベッドの傍の椅子に座っているの前には、たった今 呼吸を止めた父がいた。その手は、布団の上で、の手の上に重なっている。やっぱり、ひどい男だと思う。最後の最後で、あんなふうに笑うなんて。愛してると言うなんて。あんなに優しい声で名前を呼ぶなんて。私に、何も言わせないうちに、いってしまうなんて。は父の顔を見てから、ゆっくりと壁にかかった時計をみた。この時刻を、忘れないように。そうして、小さく呟く。「おとうさん、」続く言葉はそれ以上に小さかったけれど、地獄耳の父には聞こえただろう。の頬で、静かに、涙が線を作った。 |