怪盗 I が、復活した。








典型的な、


  例の病では



ございませんか








街中を歩きながら、新一ははぁと息をついた。久しぶりの怪盗 I による事件があったのは昨日だ。そして、またも ものの見事に盗まれたうえに、元の持ち主の下で待機していた警官たちも振り切られた。けれど、何かが違った。久しぶりに見たからそう思っただけだ なんて、そんなことじゃない。今までどおりの早い仕事に、余裕のある言葉。けれど、何かが、違ったのだ。はぁ と新一はまたも息をつく。なんでこんなに頭を悩ませなければいけないんだろう。何が違ったって、別に構わないじゃないか。なのに、気になる。

そうやって気も漫ろに歩いていた新一は、通り過ぎた女性と肩がぶつかった。すみません とだけ言って、相手もそれは同じで、通り過ぎる。ふと、その女性の髪形にある人を思い出して、新一はもうひとつ息をつく。さんは、大丈夫だろうか。あの感じでは、彼女の父はもう長くはないのだろう。彼女が気丈な人だと思うからこそ、一人にしておいてはいけないのではないかと、今までの経験が言う。だからと言って、自分になにが出来るんだろう。何も、出来ないじゃないか。最近ため息が増えてるな なんて他人事のように自分を思う。けれどある姿を見止めたとき、新一の足は駆け出した。

さん!」

その声に、新一が見止めた姿の女性は振り返る。そうして、あれ というような表情を浮かべてから、こんにちは、工藤くん と笑った。その姿はいつもと同じで、けれど、違う。新一は、自分の洞察力にはある程度の自信を持っている。そして、彼女の近況も知っている。それを総合した、探偵としての自分が言う。彼女の、父は。

「・・・そんなに、わかりやすい、かな?」

思わずの顔をじっと見ていた新一は、その声にハッとした。そうすれば、は苦笑のような笑みを浮かべる。その言葉は、肯定だった。

「先日、ね。    そうだ、ありがとね、心配してくれて」

ふわり とが笑う。けれどその顔は、やはり以前のようなものとは違う。新一が直接と会ったのは、蘭を交えてのあの帰り道と、ホームズを語ったあの数時間と、それから先日の墓参りのときだけだ。けれど、それでも新一にはその違いが明確なまでにわかってしまって、ほぼ無意識のままに腕がのびた。

「・・、工藤くん?」

思わずのびた手はの頭を引き寄せて、新一の肩へと触れさせる。どうしたの と言いたげなの名前を呼んで、ぽんぽんと頭を撫でる。いったいなにをしてるんだろう と新一は思う。まだそんなに会ったわけでもない ―― とはいえ会っていた時間の内容が濃かっただけに、普通のクラスメートの女子とかよりは親しい気もするけれど ―― 年上の女の人に、こんなこと。・・そーいや、さんは空手チャンプだ。下手したら投げられるんじゃねーか、これ。そうは思うけれど、ぽんぽんと撫でる手は止まらない。だって、彼女は泣きそうだ。放ってなんか、おけねぇだろ。

「・・・ありがとう、工藤くん」

しばらくしてから、ぽつり とが言った。その声は小さくて、けれど、やわらかい声だった。そっと手を離してみれば、は顔をあげてにこりと笑う。その笑顔はいつもと同じものではなかったけれど、先ほどまでのものよりはずっといいものだった。さん、と新一が呼ぶ。答えるように、大丈夫だよ とが言った。本当に大丈夫かはわからないし、大丈夫だと言う人に限って、そうじゃないことが多い。けれど、彼女がそういっているのなら。そう思って、新一はそっと身体を離した。そうすれば、は小さく笑う。

「・・なんですか?」
「ううん、工藤くんはいい子だなぁと思って」
「は?」

そんなことを言われるとは思っていなかった新一は、思わず間抜けな声をあげた。そんな新一に、いい子だね、工藤くん とは再度言う。正直びっくりはしたけれど、これが彼の優しさなんだということはすぐにわかった。頭を撫でてくる手は親が子どもにするような優しいものだったし、子ども扱いされたことはむず痒い気もするけれど、今の自分は彼からみてもわかるほどに滅入っているのだろう。自分でも、こんなになるとは思っていなかった。父のことを、嫌っていたはずなのに。――― やっぱり、父はずるいのだ。
一方そんなことを言われた新一は、嬉しいのか嫌なのかよくわからない気持ちになっていた。嫌だと思われなかったことには、ほっとした。けれど自分は高校生なんだし、そこまで子ども扱いしなくてもいいんじゃないかという不満な気持ちが残る。それにプラスして、少し違ったけれど、前にもこんなことを思ったような と新一は思う。というかそもそもそんなことを言われたくてやったわけじゃないし ――― だったら、なんで?自分の行動に、新一は思考をめぐらせる。何か気になったら最後まで考えてしまうのは、新一の癖だ。どうして ― それは、彼女が泣きそうだと思ったからだ。だからって、あんなことをする必要があったのか ― 必要なかったかもしれないけれど、考えるまえに行動していた。それはどうして ― 放っておけなかったからだ。考えれば考えるほどぐるぐると回るだけの思考に、新一はくそ と考えるのをいったんやめた。

「工藤くん、ご飯は食べた?」

ちょうどそのタイミングで、が新一に声をかけた。え?と新一が視線を向ければ、が笑っていて、新一はまだです と答える。今は、ちょうど昼時だ。その答えに、よかったら一緒にどう?とが笑った。お世話になっちゃったし、おごるよ と。その言葉に、新一は苦笑する。いくら年上だからって、さんにおごってもらうわけにはいかない。そう思ったとき、え と新一は自分の考えに驚いた。なんでだろう。別に、女の人におごってもらうのは嫌だ なんてタイプではない。特にさんには、なんて、なんでおもった?
そう考えたとき、新一は思わず口を手で覆った。―――― オイオイオイオイ、まさか、マジで?考えれば考えるほど、顔が熱くなっていくのがわかる。ちょっと待て、なんで、いや確かにさんはいい人だし、笑顔とか見てると落ち着くし、放っておけないし、だけど、だけど。

「工藤くん?」
「えっ?あ、はい、ぜひ!」

の問いかけに、新一はいろいろと慌てながらも肯定の返事を返す。そうすればがよかった と笑って、その笑顔に、新一は固まった。――― やばい、俺、・・マジだ。