パタン と新一は手帳を閉じた。捜査本部のファイルではない。新一の、個人の手帳だ。そこにはいろいろなことが書かれていた。の母が亡くなったのは5年前だということ。怪盗 I が活動を再開したのはの父の葬式の3日後だということ。の父の職業は誰も知らないということ。怪盗 I が現れた時期と同じころから、父の家の近所でが見られるようになったということ。調べれば調べるほど近寄っていくそれに、新一は息を吐く。

「・・・さん」

呟いた声は小さくて、けれど新一には大きく聞こえて、新一はもう一度その名前を呼んだ。








背中合わせ



り立つ話








「あっ、さーん!」

聞こえた声に、は振り向いた。そうすれば、そこには帝丹高校の制服を着た蘭がいて、は足を止めて蘭の名前を呼ぶ。こんにちは と笑顔を浮かべる蘭は一人のようで、2人は並んで歩きだした。工藤くんは一緒じゃないの?とが聞けば、新一は最近怪盗 I ばっかりなんですよ と蘭が呆れたように言った。はひとつ瞬きをして、それはそれは と口にしながら、なんともいえない気分で苦笑した。

「そういえばさん、新一にお母さんのこと話したんですか?」
「えぇ、少し前に偶然会ったときにね。どうして?」
「この前 新一に聞かれたんです、さんのお母さんはいつ亡くなったんだ って。」

その言葉に、は開きかけた口を閉じた。直接彼からそれを聞かれたことはない。きっと、彼もそれほど気にしてはいなかったのだろう。けれどそれを聞いたということは、彼は気づいたのかもしれない。一度その可能性を考えてしまえば、すぐに繋がるだろう。自分と、怪盗 I が。そもそも自分は彼にヒントを与えすぎた。捕まえて欲しいとでも思っていたのだろうか?そんなことを考えて、は小さく苦笑する。――― 捕まってもいいかもしれないとは、思っているのかもしれない。次の仕事さえ終えてしまえば、それで役目は終わる。そうなったら、特にやるべきことはない。もう、迷惑をかけるかもしれない家族もいない。怪盗ジュールのことを話す気なんてさらさらないけれど、近づいたということは父のことにも気がついているのかもしれない。彼は怒るだろうか?全くの他人だというのに、父の死を悲しんでくれた、彼は。

「・・蘭ちゃん、工藤くんはいい子ね」
「・・・新一がですか?」

驚いた顔をする蘭に、えぇ とは笑う。彼はいい子だ。大人なようで子どものようで、優しくてもろくて、だけど強い。自分より4つも下だというのに と思って、は今更に息を吐く。本当に ――― 4つも下の子にこんな気持ちを抱くのは、まったくの不毛だ。別に、蘭とどうこうあると思っているわけではないし、蘭が新一のことを恋愛対象としてみていないことも知っている。新一が自分に少なからず懐いてくれていることも知っている。けれど、不毛なことに変わりはない。あのとき慰めてくれた手が温かかったって、さん と呼んでくれる声が優しかったって。それを思って苦笑するに、蘭が不思議そうに、さん?と声をかけた。少しとんでいた意識を戻して、が笑う。

「ごめんね、なんでもないわ」





「さて。最後のお仕事といきますか」

たった今出来上がったばかりのカードを手にして、が言う。 『 今夜8時 最後の仕事場に、最後の仕事をしに参ります 』 このカードを、明日の朝届くようにすることから仕事が始まる。少し視線を動かせば目に入る怪盗 I の衣装に、は小さく笑った。これを着るのは、明日が最後になるだろう。怪盗 I を名乗るのは、明日が最後だ。明日で、本当に、自分の仕事は終わる。そしてきっと、彼と関わることもなくなるだろう。 ――― 明日、何も起きなければ。

「・・・探偵に恋した怪盗だなんて、笑えもしないわね」

この半年ほどの間に、随分と一般的ではないことになれてしまっていたとしても。そう思って、は小さく笑う。けれど、それでも怪盗 I としてやったことに後悔はないのだ。だから、これはもうしょうがないのだろう。大丈夫。気持ちなんて、いつかは変わるものだ。良い方向にも、悪い方向にも。ちらり とが机の上の写真たてへと目をやる。そこには、父の遺品の中にあった家族写真が飾られていた。そのなかで、まだまだ幼い自分と、母と、父が笑っている。お父さん、お母さん、と小さく呟いた。――― 出来るなら、最後の日を見守っていてほしい。