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怪盗 I によって示された予告時間を5分過ぎたころ、新一は怪盗 I と向き合っていた。今回もまた、怪盗 I のほうが高い位置にいて、怪盗 I の手には聖母マリア像がある。そして今回もまた、新一の周りには誰もいなかった。いや、いるにはいるが ――― 起きている人が、誰もいないのだ。 「こんばんは、工藤くん。また会えて光栄ね」 「・・・・こんばんは。それは、ありがとうございます」 狡いだなんて 滅相もございません にこりと笑って ―― 今回も前と同様、きちんと見えるのは口元だけだが、その口元と、その雰囲気で笑っているのがわかる ―― 怪盗 I が言う。ついさっきこの玄関にやってきた新一の足元には、眠りこけている警官たちと、未だふわふわと漂う催眠ガスがあった。前回とは異なって、今回、怪盗 I は正々堂々と ――― というのは少しおかしいが、玄関から屋敷の中へと入っていた。警官が来るまえに催眠ガス入りのボールを仕掛けていた怪盗 I は、8時になると同時にそれらを爆発させ、彼らを眠らせてから悠々と中に入り仕事を終えていた。今まで怪盗 I はこういったものを使用せず、いつの間にか現れいつの間にか消えていたため、催眠ガスなどの類に関する注意はなかったと言ってもいいくらいの警官たちへの効果は抜群で、およそ大多数の人間が眠ってしまえば、後は怪盗 I の独壇場だった。 「・・・少々、狡くないですか?」 「あらやだ」 新一の言葉に、怪盗 I はまたも笑う。その口調や笑みに絆されそうになってしまうけれど、新一は気を引き締めて怪盗 I へと視線をやった。新一は目暮たちと共に指揮側にいたために催眠ガスの被害にあうことはなかった。何か妙な感じがして目暮たちよりも先にこの場に来てみれば今の状態が広がっていたのだ。きっと今頃、目暮たちもこちらに向かっているだろう。怪盗 I は新一を見ながら、貴方も眠ってくれたらよかったのに とやわらかい声で言った。 「・・・眠ったら、貴方を捕まえられないでしょう」 「捕まえて欲しくないから言ってるのよ」 「俺は捕まえたいからここにいるんです」 ぽんぽんと会話が進む。少しムキになったような新一に、怪盗 I はにこりと笑った。なんだか、怪盗 I の思うままになっているような気がして、新一は小さく眉を寄せる。いつもはこんなことないのに、この怪盗に関しては、どこか余裕のようなものを見せられて、逆にこちらが巻き込まれてしまう。全く、怪盗ってのはどうしてこう面倒な相手ばっかり ―― もう1人の、こちらは白ずくめの不敵に笑う怪盗を思い浮かべて、新一は内心で言葉をこぼした。そんな新一の考えなどもちろん知らずに、怪盗 I は さて と話を切り替えるように声を漏らす。 「それじゃぁ、この辺でお暇するわ」 「・・・捕まってくれる気はないですか?」 「名探偵工藤新一に捕まるっていうのも、面白そうではあるわね」 ふふ と笑って、怪盗 I は黒いスーツの中から、見覚えのある白いカードを取り出した。そして、以前と同じように、ひゅ と投げられたカードはひらひらと落ちてくる。そのカードには視線をやらず、あくまでもまっすぐに怪盗 I を見る新一に、怪盗 I は返すようにして笑う。 「でも、丁重にお断りするわ」 その言葉と同時に、バタバタとした足音が新一の耳に届く。新一が足音に目をやれば、そこには目暮以下の何人かが走ってきていた。けれど、新一が怪盗 I のいた場所を見ても、すでにそこには彼女はいない。きっと先ほどから、高い位置にいた怪盗 I には目暮たちが見えていたのだろう。新一以外の全員が眠っている玄関前で、目暮は驚いてから、像を確認しろ と一緒にいた部下に指示した。けれど新一は、降りてきたカードを手にして、もう遅い と思う。そのカードには、以前と同じように『 聖母マリア像 たしかにいただきました 』 と記されていた。 |