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「新一、怪盗 I を調べてるの?」 久しぶりに幼なじみの蘭と一緒に帰ることになった帰り道、驚いたように言う蘭に、あぁ と新一はいたって普通に返事をした。へぇ、どんな人なの と興味津々と言った様子を見せる蘭に、どんな人かわかったら苦労しねーよ と新一は視線をずらして乾いた笑いを浮かべた。そんな新一に、蘭は むっとした表情を見せる。けれど、蘭は何かに気づいたように視線を新一の後ろに送って、パァと顔を輝かせた。なんだ?と思う新一を余所に、蘭は新一をよけるように体をずらして、片手を挙げる。 「さーん!」 蘭が大きな声で呼んだ名前は、新一の知らないものだった。新一が蘭の視線を追うようにして後ろを向けば、こちらを向いている女性と目が合う。あれ というような顔をした彼女に、蘭がもう一度 さん と呼びかけると、彼女は蘭たちにむかってにこりと笑った。 身近にいる 「こちら、さん!帝丹高校のOGなのよ!」 蘭がきらきらと顔を輝かせながら、の紹介をした。蘭の様子に小さく苦笑しながら、は はじめまして と新一に笑いかけた。新一は、蘭の様子になんなんだ と思いながらも、はじめまして と返す。帝丹高校のOGとは言うが、新一がを見たのは初めてだった。なのに、どうして同級生の蘭がこんなに嬉しそうにしているんだろう。じっとを見る新一に、は小さく笑って 空手部だったの と言った。その言葉に、え と新一は声を漏らす。 「結構 空手部に顔を出してて、蘭ちゃんとはその繋がり」 「さんは、3年連続で日本チャンピオンになった人なんだから!」 「へー・・・ぇえ!?」 蘭の言葉に、新一は感心したように声を漏らしてから、その事柄の大きさに声をあげた。蘭の高校都大会優勝レベルでさえ敵には回せないと思うほどのものだというのに、日本チャンピオンで、しかも3年連続。新一はまじまじとの顔を見てから、その身体へと視線を移す。けれど長袖を着た腕もパンツに覆われた足も自分よりもずっと細くて、新一はもう一度 本当かよ と言うように蘭を見た。そんな新一に気づく様子もなく、蘭は顔を輝かせたままお久しぶりです!とと話している。そんな蘭に笑って返すをみながら、人は見かけによらないってのは本当だな・・・と新一は内心で呟いた。 「こちらが、工藤新一くん?」 「え、俺のこと知ってるんですか?」 「えぇ、蘭ちゃんからよく聞いてるわ」 新一がー、って と、が少し悪戯っぽく笑う。そうすれば、蘭が さん!と焦ったように声をかけた。何言ったんだよおまえ と蘭を見る新一に、推理オタクだって言ってんのよ!と言って蘭はプイとそっぽを向いた。なんだ?と思う新一に、は微笑ましそうにクスクスと笑う。その様子に少しバツが悪くなって、新一は話をそらすように口を開いた。 「さんはいくつなんですか?」 「21よ。大学3年生」 の言葉に、へぇ と新一は納得したように頷く。なるほど、たしかにそのくらいだろう。彼女の雰囲気は同じクラスの女子たちとはどこか違うやわらかいもので、顔立ちもやはり大人っぽい。4つ違うくらいでこんなに違うもんか と新一はの隣にいる蘭に視線をやった。なによ と睨まれて、いや別に と返すけれど、やっぱり4つ差にしては雰囲気違うよな と新一は思った。 「でもさん、どうして今年の大会には出なかったんですか?」 「あぁ、うん・・ちょっといろいろあってね」 「でも・・4連覇がかかってたのに・・」 残念そうに言う蘭に、が苦笑する。けれど、大会に出なかったことを後悔しているというよりも、蘭の言葉に申し訳なさそうにしているように見えた。その様子に、新一は何かを考えるようにを見る。4連覇のかかった大会に出なかった?確かに、強い選手の中にはそういったものに拘りを見せない人もいるけど・・・そうやっていちいちに考えてしまうのは、新一の癖だった。黙り込む新一に気づいて、は新一に笑いかける。 「大したことじゃないのよ。忙しかっただけだから」 「でも、4連覇がかかってたんでしょ?そんなに大切な用事だったんですか?」 「うーん・・・どうかな。でも、出る気が起きなかったんだもの」 問い詰めるような口調の新一に、蘭が諌めるように新一の名前を呼ぶ。けれどは、気にしないとでも言うように新一の問いに答えた。けれどその答えに明確な理由などは入っていなくて、新一はやるなぁ と思う。そんなに大したことじゃないことはわかっているけれど、こうも悠々とかわされるとは思っていなかった。大学生だからだろうか?いや、新一は事件などでいろいろな年長者を見てきたけれど、歳を重ねたからと言って余裕が出るわけでもないことを知っていた。だから、これは彼女の性格なのだろう。今 自分が追っている怪盗 I も、こんな様子でふわふわとかわしていく。最近の女性は怖いな と内心で思いながら、新一は未だ怒った様子の蘭を見た。みんながみんな、こうやってわかりやすければ楽なのになぁ と。そんなうちにも、3人はいつの間にか毛利探偵事務所の前へと来ていた。もう着いちゃった というように蘭がため息を吐く。 「また部活にも来てくださいね、さん」 「えぇ、ありがとう。」 「新一、さんに変なこと言わないでよ」 「言わねーよ」 新一の言葉に胡散臭そうな顔をして、どうだか と言う蘭に、あのなぁ と新一がため息をつく。けれど、また微笑ましそうにしているに、新一は言葉を止めて、蘭は さん、気をつけてくださいね との手をとった。これも、この人の雰囲気が成すものなのかもしれない。この人の近くにいると、なんだか、争いごとなんかしてる意味がなくなってしまうような、そんな気がする と新一は思う。こういう人が一家に一人いたらいいだろうな ――― そんなことを思って、けれど、ドラえもんじゃねーんだし と新一は自分の考えに乾いた笑いを浮かべた。そうして、じゃぁね と言って家に帰っていった蘭を見送ってから、と新一は並んで歩き出す。正直、先ほどあったばかりの人と2人と言うのもどうしたらいいものか困るところだけれど、彼女の雰囲気はやわらかくて、新一は別段気まずいということもなかった。たわいもないような話をしながら、2人の足はスムーズに進んでいく。 「一人暮らし?こっちの人じゃないんですか?」 「ううん、実家はそんなに遠くないんだけど、自立したかったから」 「へぇ・・俺ん家も、いつも家族いないんですよ」 「ご両親は海外にいるのよね。私、ファンなのよ」 工藤優作さんの本も全部持ってるの とが笑う。推理小説好きなんですか?と新一が聞けば、えぇ と答えて、ホームズなんかも好きなのよ と言ったに、新一はパァと顔を輝かせた。そんな新一に、彼のホームズフリークぶりをしらないは首をかしげる。けれどそんな様子を気にせずに、新一は言葉を重ねた。 「俺も、ホームズ好きなんです。さんの好きな話は?」 「工藤くんも?私は・・バスカヴィル家の犬かな。四つの署名なんかも好きだけど・・」 「へぇ!」 の言葉に、新一はますます目を輝かせる。それらの作品は長編で、ちょっとした読書というのには相応しくない。つまり彼女は、本当にホームズが好きなんだろう。今まで新一の近くにはホームズが好きだという人は多くなかったし、蘭に話したところでへぇーで終わってしまっていた分、新一は楽しそうにホームズについてを語りだした。その様子はいつもの彼よりもずっと歳相応で、はなんとなくその様子に笑いながら、口を開いた。 「どこかでお茶でも飲みながら話さない?」 「ぜひ!」 結局その後、新一とは何時間もホームズについてを語り ―― 新一が顔を輝かせてホームズを語り、がそれに頷くというのが大半だったが ―― また語りましょうね なんて会話をして別れた。蘭もたまにはいいことをするもんだ なんて思いながら家に着いた新一は鼻歌を歌うほどご機嫌で、ちょうど家の前であった阿笠にはどうしたんだね と気味悪がれたけれども、ちょっとな!と全開の笑顔を見せて家へと入っていった新一を、阿笠はハテナを浮かべて見送ったのだった。 |