「あれ?」

ざわざわとざわめく警官たちを隠れて見下ろしながら、怪盗 I は小さく呟いた。いつもならば、そろそろ彼が目星をつけてくる頃なんだけど。そう思いながら一通りこの木の横を通る警官たちに目をやるけれど、新一の姿はない。今日は彼はいないのか?そう思いながら、怪盗 I は手の中にある指輪の箱をポケットにしまいこんだ。

「・・・さて」

彼がいないなら、このままこの場を離れるのは他愛もないことだろう。カードを放って、そのまま帰ってしまえばいい。誰かがカードに気づくころには、もう警察の手が届くところより遠くにいられる。頭の中で戻るルートをはじき出しながら、最近では定番化してきた気さえする、カードを放った後の彼の悔しそうな顔を思い浮かべて、怪盗 I は小さく笑った。あの顔だけは、少し前にホームズについて語っていた彼を連想できる。他の面では、あんなにキラキラと顔を輝かせて時間も忘れるほどにホームズについてを語った彼につながりそうなものはないのだけれど、きっと彼に言わせれば、探偵はホームズのように冷静沈着でなければいけない ということなのだろう。そんなこと言ってたもんね と思い返して、怪盗 I は指輪の代わりにいつものカードを取り出した。なら、これは誰に渡そうか?彼がいないのだったらまた悩むところだ。最近は、一番に自分の居場所を突き止めるのは彼だったから。というか、彼以外には未だにこの姿を見られてはいない。そして彼も、きっと言っていない。怪盗 I は女だったという話はどこにも広まっていないからだ。怪盗 I にとっては有難いことだけれど、彼は何を考えているのだろうか。よくわからない。そんなことを頭の隅で考えながら、怪盗 I はやってきたブラウンのスーツの刑事たちに目をやった。

「新一くんがいない分も、今日はワシらが・・・」

小さく聞こえたその声に、あぁやっぱり と怪盗 I は納得した。彼はいないらしい。けれど、それは「今日限定」のようだ。自分の捜査から、彼が外れたわけではない。なんだ と思いながら、怪盗 I は口元を緩めた。そう、彼でなければ、この仕事が 一層つまらないものになってしまう。そう思って、ふと思い直したように、怪盗 I は でも と呟いた。

「彼がいないほうが楽ではあるけど」

そういってはみたものの、なんとなく腑に落ちなくて、怪盗 I は小さく首を捻る。少し考えてみたものの、まぁいいか と思い直して、怪盗 I はカードを片手に、1つ口元を吊り上げて、仕事を完了させるべく行動を再開した。








いかけるのは



あなたでないと









「ったく、なんで俺がこんなこと・・」
「なに言ってんのよ、当たり前でしょ!」

いかにも面倒くさいというように新一が呟いた言葉に、蘭が大きな声で返した。新一たちのクラスでは、学校行事でのクラス単位の仕事のために 日が暮れた現在でもほとんどの生徒が教室に残りそれぞれの分担の仕事をしていた。今日は怪盗 I からの予告状が来ているために帰る気満々だった新一を、蘭を始めとするクラスメートたちは見逃さなかった ということだ。

「今日は事件だったんだぜ?しかも・・」
「知ってるわよ、怪盗 I でしょ?新一、最近怪盗 I の話ばっかりじゃない」

新一の言葉を大して気にも留めず、蘭は はいはい と呆れたように呟いて、彼女を呼ぶクラスメートの元へと足を進めていった。その後ろ姿を見ながら、新一は怪盗 I の後ろ姿を思い出す。顔などの判断のつかない正面からの印象よりも、新一にとってはその声と後ろ姿の印象のほうが強かった。そうして時計を見て、新一は はぁ と息をつく。もう、怪盗 I の予告時間を10分過ぎていた。きっと彼女は既に仕事を終えて、あのカードを放って余裕なふうにふわりと笑って消えているのだろう。そう思えば思うほど、今自分がこの場にいることに苛立ちを感じて、次からは絶対こんなことするか と思いながら、新一は手の中にあるホチキスをぽい と放った。