To Shine
Thing necessary for team






「ここが桜上水ッスか?」
「そ。んー・・サッカー部は・・っと。」

武蔵森の制服を着た2人が、桜入水の敷地に入って、校庭を見回す。集まってくる視線には一方は気づきながら、もう一方はそれすらも考えずに、グランドへの道を進んでいく。
こうなったきっかけは、藤代が渋沢と交わした会話だった。思うところがあったのだろう藤代は、腹痛だと言い張って武蔵森を出てきた。それを見つけたが、怪我のために部活を見学中なこともあって、一緒に出てきたというわけだった。

「あ。あれじゃないッスか?」

あれあれ、と指された藤代の指の先を追えば、ゴールと、それからその前でボールの上に座る少年の姿がある。あれならきっとサッカー部だろうが、あんなやついたっけ と思うの一方で、藤代がなにかに気づいたように、あ と声を漏らした。が視線を向ければ、藤代は近くに転がっていたボールを見つけたようで、面白そうにボールに向かう。
その楽しげな様子に、オイオイ とはため息をついた。けれど、制止の声をかけるよりも早く、藤代はボールを蹴り出した。

その少年へと向かったボールは、けれど、その手に叩き落される。その一部始終を見ながら、結構いい反応だな とは何とはなしに思った。そうこうしている間に、藤代はその少年のところへと足を進めた。

「あんた・・・桜上水のキーパー?」
「そうだ」
「ふーん、代わったんだ」

がゆっくり二人に近づく間に、そんな会話が交わされる。その会話から行くと、あの金髪がFWに上がるってことだろうな とは印象に残っていた綺麗な金髪を思い浮かべながら考える。それならば、フォワードになるのかもしれない。あの試合ではキーパーとして出ていたけれど、それでもわかるサッカーセンスは、確実に桜上水の武器になるだろう。

「お前 誰だ?」
「藤代誠二!」
「俺は不破大地」
「俺のこと知らない?」
「藤代誠二くんだろう」
「そーいう意味じゃなくて・・・」
「・・・・っぷ・・」

2人の間で交わされる、その漫才のような会話にが小さく噴出す。そうすれば、当の2人が振り向いた。片方は無表情で、もう片方は拗ねたような顔で。

「先輩!笑ってないでくださいよ!」
「いや、だってなぁ・・・ぷぷ」
「誰だ、お前は」
「あ、。よろしく」

見た目に反してすげぇボケっぷりだなぁなんて思いながら、藤代の様子は気に留めずにが答える。
そうか と呟いた不破に、藤代がまた 知らないの?と聞いた。たしかにそう、東京都でサッカーをしている中学生ならば、武蔵森学園という名前は誰もが知っているところだろう。渋沢、藤代、、三上といった面々の名前だって、知っていたっておかしくはない。だからこそ、不破の新鮮な反応に藤代が聞くが、不破はまたもくんだろう と答えた。が小さく笑う。

「で?」
「あぁ、そうだ。他の部員は?」
「じき来る」

掃除当番なんだろう と付け足された不破の言葉に、あぁ、公立ってそういうのあるんだっけ とが思う。私立だって様々だが、掃除係の人がいて、生徒は掃除をしないところもある。武蔵森もその1つだ。そんなことを思っている間に、の隣で藤代が面白そうに笑った気配がした。妙な予感がして藤代を見れば、面白いことを思いついたというような顔をしている。

先輩は、まだ出来ないんですよね?」
「・・・やれっつーんならやるけど?」

治ってないからまだご遠慮しときたいトコだけどな と言いながら、は溜め息をついた。もう付き合いが2年になる藤代の性格を知らないわけもない。 きっと何か、不破とやろうと思っているのだろう。そうすれば藤代は、慌てたように手を振った。

「い、いや、言わないッスよ!」

まさか とは言っているものの、本気で自分にやらせる気はなかったのかはわからないところだとは思う。藤代は基本的に、というか全面的にサッカー馬鹿だ。ただ単に、サッカーがやれればいい というようなところが多面にある。
そう思ってから、あぁでも とは思い直した。自分だって、人のことを言えるわけではないことくらいはわかってる。

「俺のことは気にしないで好きにやっとけ」

どうせ、言われなくても好きにやるんだろうけど。そういう意味を言外に含めば、予想通り藤代は、の考えには何にも気づかないままで、パァ と顔を明るくさせた。

「・・・はい!」

そう笑われると、どうにも甘くなる自分をは知っていた。なんというか、自分の弟とはタイプが違うが、こういうのが一般的な弟タイプなんだろう。藤代は後輩ってのが一番向いてるんだろうし、むしろ、このタイプは先輩にいたら微妙に困ると思う。いい意味でも悪い意味でも、藤代は真っ直ぐすぎるところがある。がそんなことを思っている間に、藤代は足元にあったボールをひょい、と持ち上げた。

「なぁ、不破。みんなが来るまで遊んでくんない?俺、これでもストライカーなんだ」
「さっきの程度じゃ俺は抜けないぞ」

笑顔で言った藤代に挑戦的に返す不破。そんな2人の様子に、呆れたわけではないけれど、は頬が緩むと同時に溜め息がでた。ここにもサッカー馬鹿が1人か と。



「藤代くん!」
「武蔵森の藤代が何でここに?」

小さく聞こえた団体の声に、が振り向いた。風祭達が来たのか と思いながら、怪我をしていない左足でいじっていたボールをポンとあげて手の中に収める。つか藤代、すごい無駄に目立ってるって なんて思いながら、けれどここで知らん顔をするわけにもいかないので、は風祭たちにむかって口を開く。

「ついでにオプションで俺もついてまーす」
先輩!?」
「よ、久しぶり」

驚いている風祭や水野の様子に、そりゃ当たり前だよなぁとは笑う。そのうちに、風祭たちに気づいた藤代が不破との勝負を中断してその集まりの中へとやってきた。

「よっ!GK変わったんだ。今回のヤツも面白いじゃん」
「相当楽しんでやってたもんな、俺は見てるだけだってのに」
「・・・・・えーっと!これ、陣中見舞いな!」

が言えば、藤代は今回はわかった様子で、う と言葉を詰まらせてから、誤魔化すように近くにおいていたビニール袋を掲げた。逃げたな、こいつ と思いながら、まぁ俺のも軽く八つ当たりだし、とはあえてそれ以上は突っ込まない。一方で、ひょこりとシゲが楽しそうに話の輪の中に加わる。

「ブツはなんや?」
「スナック菓子の山・・」
「藤代のセレクトだからな、ハズレはないと思うぜ」
「俺のオススメはねー、豚キムチ味の・・・・」

説明をしだす藤代に、あぁアレか と、の頭に豚キムチ味が思い浮かぶ。たしか、藤代が買ってきたのをみんなで食べた覚えがあるけど、実際うまかった。藤代は普段スナック菓子を食べなれている分、スナック菓子の批評については部内でも定評がある。      それもなんとも な話ではあるけれど。

「武蔵森は地区予選はパスだから、ぜひとも桜上水には本大会まで勝ち上がってもらわないとね」
「そうそう。面白くしてくれんだろ?夏の大会」

藤代と同じく、が言う。は今年はもう、3年。最後の1年だ。前回、は桜上水とフルで試合をやることは出来なかった。だからこそ、もう1度、やりたいと思っていた。ちゃんと、前後半フルで。

「・・はい!ぜったい負けません!」

まっすぐな風祭の言葉に、桜上水メンバーの目に、自然と、の口元が上がった。みんなが後輩だからかなんなのか、どうも、見守りたいという気持ちがわくなぁ、と、心の隅で思う。敵なのだから、それではまずいとは思うのだけれど。
と、そんな雰囲気を見事にぶち壊したのは藤代だった。



「君はやらないのか?」
「やりたいのは山々なんですけど、ちょっと痛めてて。」

あぁ、勿体無いことをした と、苦笑いを浮かべながら、くそ とは内心で思う。金髪の・・何だっけ、さっき名前は聞いたな。あぁそうだ、佐藤。あいつともやりたかったのに。そう思いながら、は隣の桜上水のコーチ、松下に言葉をかける。

「・・強くなりましたね、桜上水も」
「あぁ。君たちとやったときよりな」
「面白いな。松下選手はどんな指導を?」
「大したことはしていないさ」

そうやって笑う松下は喰えない人だとは思う。とて、松下のプレーはビデオではあるが見たことがある。すごいと思ったのも確かだ。だからこそ、彼の練習方法なんかも、どうせなら個人的練習の参考にしようかなどと思った。けれど、ふとは思い直す。聞いたところで、3年間武蔵森でやってきた自分には、桜上水の練習法は合わなさそうだ。そう思って、だからそんな怪しむような目で見ないでな なんて、ジロジロとへ視線を送る小島に思いながら、は苦笑を漏らした。



「桜上水のほうがいいなー俺。楽しくて」
「いっそのこと転校してきたら」
「いーぜー別に。俺は止めねぇぞ」
「えぇ!!??」

一緒に練習したおかげか、藤代とはいつの間にか桜上水に溶け込んでいた。笑って冗談ぽく言った藤代に、まったく何言ってんだか と思いながらが藤代の言葉に乗れば、藤代は本気で焦ったようにバッとのほうへと顔を向ける。そんなふうに単純だから三上にあそこまでいじられるんだよ と思いながら、は、ほな と切り出したシゲに視線を向けた。

「俺が代わりに武蔵森行くわ」
「あ、佐藤が来てくれんの?ならOKじゃん」
「いや、ちょ、先輩!?」
「いややわ 、シゲでえぇっちゅうねん。ほら、呼んでみぃ?」
「ん。・・シゲ。」
「なんや?・・」
「「こらこらこらー!!!」」

水野と藤代の声が被る。いや、冗談だって と笑いながら、意外にこいつらも息合うな とは思った。どうにも全体的にいじる側が多い武蔵森に所属しているにしてみれば、こうやって慌てたように突っ込んでくる水野の反応は新鮮だ。
それにしても、が面白い と思ったのはシゲだった。技術も然ることながら、やはりシゲにはサッカーセンスがある。フィールドプレーヤーになれば、それがさらに目に見えてきた。それに、ばりにノリがいい。そんなことを思っていれば、目があったシゲがニッと笑った。

「面白いやっちゃなぁ、は」
「シゲこそ。俺好きだぜ、シゲみたいなやつ」
「そら有難いわ」

にかっと笑うシゲに、この笑い方も新鮮 と思う。武蔵森では一番似ているだろう、子どもみたいな藤代の笑顔とも少し違う笑い方。それなのに見慣れているような気がして、どこで見たんだっけ と思いながら、も同じように笑えば、その雰囲気を壊すように藤代が声を上げた。

「やべっもうこんな時間!俺腹痛で病院行ってることになってるんだよ。早く帰んなきゃ」
「あーそうだな」

ってか渋沢も三上も気づいてたけどな とは言葉には出さずに思う。藤代をあんまり暴走させないでくれよ と苦笑した渋沢が頭に浮かんで、悪い 無理だった とは肩をすくめた。んじゃ帰るぞ と藤代に声をかければ、藤代は はい と答えた後に思い出したように あ と呟く。

「おーい、不破。最後に一勝負!」

不破に声をかけてから、ちょっと待っててくださいね!とに言って、藤代がゴール前の不破の正面にボールを置く。と、不破に声をかけた藤代の目が変わった。それを見て、やっぱ無理だって、渋沢 と内心で思った先ほどの渋沢へ向けた言葉に続ける。こいつは何処に行っても、負けず嫌いに変わりない。
まぁでも、ここはちゃんとケジメつけとかないといけないところだとは思う。武蔵森は、常勝チームでなければならない。なめられるわけには、いかない。第一、藤代にも武蔵森のエースストライカーとしてのプライドがあるだろう。そんなことを思いながらが彼らの様子を見ていれば、藤代が蹴ったボールは、不破の正面でカーブがかってから、失速。不破の手をすり抜けて、ゴールネットを揺らした。驚いたような桜上水の面々の中で、その視線を一身に集めながら、気にも留めないように藤代が笑う。

「武蔵森の9番、藤代誠二。あんたもキーパーなら覚えといてよ」

藤代の言葉に、がニッと笑う。もしこれで決めなかったら、渋沢にもつき合わせてスパルタでもかけてやろうかと思っていたけれど、その心配は無用だったらしい。伊達にエースストライカーを名乗ってはいない。

「風祭!」

不破の視線を受けて、藤代は風祭のほうを向く。え という顔をした風祭に、藤代はいつもの、平均よりも子どもっぽい中学生の顔ではなく、試合中の、有名エースストライカーの顔を向けて、口を開いた。


「ぜったい勝ち上がって来いよ!」


次世代がこうも頼もしいと、嬉しいような寂しいような、そんな気持ちがするもんなんだな と、は頬を緩ませながら思う。心配はないんだろうから、それはいいことに違いないけれど。そう思いながら、もう一度時計を見上げて藤代に声をかけた。

「ほら、行くぞ藤代」
「ッス!」
「じゃぁ、またな。 待ってるぜ、桜上水」

一つ拳を上げて、笑顔を浮かべて、激励を送った。これは、本当の気持ちだ。今の桜上水より強いチームなんていくらでもあるし、特に注目されるような、特別なチームというわけではない。でも、勝ち上がってきてほしい。出来れば、もっともっと強くなって。

そして、試合がしたいと、そう思う。







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