To Shine
Selection for advance







「はい」

合格者を発表する という前置きの後に呼ばれた名前に、慌てるでもなく、は座ったままで返事をした。いろいろな視線を受けているのを感じながらも、視線を前からはずすことはしない。その姿に浮かぶのは、紛れもない トップDFの姿だった。



「あ、監督。です。はい、受かりました。」

電話の向こうから聞こえる桐原の声に、が、傍から見れば淡々と合格を伝えた。とはいえ、本人としてみれば淡々と答えているわけでも、嬉しくないわけでもない。いたって普通に見えるのは、あからさまに喜びを出すのはどうだろうという自制が効いているためだった。そのままに、桐原のよくやった という言葉にありがとうございます と返して、これから帰るため今日の練習には間に合わないだろうことを伝える。

「はい、失礼します。」

了解の返事を告げた桐原に丁寧に返して、が電話を切る。まず、監督への連絡は終了だな と思ったは、たぶん監督からみんなに伝わるだろうからそれでいいかと考えて、そのほかの連絡すべき人の電話番号をメモリで探しあてた。そうして、父と母、それから弟へと連絡を繋ぐ。 それらの一通りの連絡を終えたところで、この合宿所の廊下の床に置いていた荷物を持ち上げて帰ろうとしたに、ひとつ声がかかった。

「・・こんなところでこれ見よがしに合格発表かよ。」

声の主が誰だかはわからないけれど、多分自分のことだろうと思って振り返ったの前には、見知った顔があった。そうして、そりゃ2日一緒のグランドでやってれば知ってるな と内心で突っ込む。とはいえ、練習で彼と組んではいないから、名前までは覚えてない。そんなことを思いながら、同時にはまだ人が残ってたんだ と 違うことを思う。合格者であるは今後のことについての説明を受けていたために残っていたが、確かに、このセレクションへの参加者のほとんどはもう帰路についていた。

「受かって当然って顔しやがって。調子乗ってんじゃねぇよ」

明らかな敵意を持って言われた言葉に、はふぅと息をついた。こんなふうに言われることは、決して初めてではない。けれど慣れているというわけではないし、正直気分がいいものではないそれを放るように、は掴み損ねていたバッグを今度こそ肩にかけて歩き出した。そうすれば、その行動にさらにカッとなったらしい彼は声をあげて暴言を吐く。無視すればいいといえばそれまでだったが、この響く廊下で、まだ誰がいるかもわからないというのに大声で暴言を吐かれては溜ったもんじゃない とは彼へと視線を向けた。

「・・・俺が受かったのは、俺のほうがお前より上手かったからだろ?俺に文句言うより、お前が落ちた原因を考えろよ」

言いながら、はしっかりとその相手を見据える。別に、自惚れてるわけじゃない。自分だって、初めから選ばれる立場にいたわけじゃないし、こういうセレクションに落ちたことだって それこそ何度だってある。でも、そこで上のやつに文句言ったところで何も始まらないというのは、今までに学んできたことだった。自分が上手くならなきゃ、何も変わらない。特に、こういった選別を受ける場所では。
ぐっと押し黙る相手にもう一度視線をやってから、は踵を返してそのまま歩き出した。出口の前ではぁと息をつけば、その視線の端に城光を見つけて、あれ と声を漏らせば、それに気づいた城光がよぉ と体の向きを変える。

「駅まで、ご一緒せん?」

言って自分に向かって笑ってきた城光に 喜んで と笑い返して、はその隣に並んだ。





「これで今日の練習を終わりにする。では・・・」
「監督っ!!」

一方の武蔵森では、練習の終わりの合図を告げる桐原の言葉に重ねるように、藤代が声をあげていた。待ち構えていたかのような藤代の様子に、桐原は別段怒る様子もなく、むしろわかりきっていたかのように少し呆れた表情で藤代を見る。同じくコーチや渋沢たちも、苦笑を浮かべて藤代へと視線をやった。

「・・・なんだ、藤代」
先輩の結果、まだ来てないんスか!?」

その視線を気にするでもなく聞いてくる藤代に、桐原は やっぱりか というようにため息をついた。そうして藤代だけでなく周りの部員たちへと視線をやれば、気になるというのを隠すことなく身を乗り出している藤代以下 何十名、苦笑を浮かべながらもそんな彼らを止める気のない数名、そして呆れたようにそれをみながらもしっかり耳はこちらに向いている数名がしっかりと目に入って、桐原は改めて武蔵森の変なところでの結束のよさと、同時に の存在の大きさを感じた。それは近く夏の大会を迎える監督である桐原にとっても嬉しいことだった。しかしその様子に、やはり呆れたような息を吐いてから、桐原が口を開く。

「先ほど、受かったと連絡が入った」

桐原の言葉に、部員達が一気に盛り上がる。とはいえ、部員達はが落ちるなどという考えは初めからもっていなかった。それはいつも近くでそのプレーを見ているため、身内贔屓を差し引いたってが選ばれるのに十分な実力を持っていることを確信していたためだったけれど、それでも合格が確定したという知らせは嬉しいものに違いない。

「・・・・・ま、当然だな」

目に入る部員たちの笑顔と、そしてその中でポツリと呟いた素直じゃない司令塔の言葉に、三上の隣にいた渋沢も笑う。それらを見回してため息をついてから、桐原が改めて 解散!と言葉を発した。

その日 寮へと帰ってきたを待っていたのは、『合格おめでとうパーティ』と称された宴会もどき。そしてもちろん、主役であるには、それに巻き込まれるのは避けられないという状況が待っていたのだった。







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