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To Shine
Start of the final school year.
「・・水野くん、どこにいるんだろう・・」 1階分の階段を上りきって、その階の廊下を見回す、その年代にしては小さな少年の姿。目的の人物は見つからなかったようで、その少年、風祭はまた階段へと足をかけた。私立であるこの校舎はとても広く、当然のように初めて来た人間にとってはわかりにくい。しかし、風祭にその苦はなかった。 ―― 一ヶ月前までは、ここにいたのだから。それよりも、はぐれたまま見つからない、顧問である香取とキャプテンの水野を探すことの方が、困難だった。 妙な流れであったことは事実だけれど、なんにせよ初めての勝負をした。名前を覚えていてくれた。見てくれていた。あの、渋沢先輩が。そう思うだけで階段を上っているからではない熱さが体に戻ってきて、風祭は階段を上る足を速めた。その勢いのままに踊り場を回る。と、そこで風祭の耳におわっという声が届いた。それと同時に、踏みとどまったのであろう、きゅっと上履きが擦れる音。それらに反射的に顔を上げれば、そこには声の主よりも先に大量の、本のようなものがあって。 「おい危ね・・・っ」 「うわぁっ!」 ドサドサと大量の本が風祭の上へと落下する。それが決して厚くはない教科書だったことが不幸中の幸いだろうか。とにかく、周りに散らばった教科書をボーっと見ていた風祭は、大丈夫か という正面からの声にハッとして、手元の教科書へ向けていた顔を上げた。そうして、風祭は言葉のとおり、息を呑んだ。 「悪ィな・・・・って、お前」 「・・・っすみません!」 風祭はぶつかった相手の顔と声を認識するや否や、大袈裟なほどに深く腰を折った。風祭にとって、ぶつかった相手であるはそうしたって足りないほどの相手だった。なんと言っても、自分がつい先月までいたチームの、揺るぎないセンターバックだった人。3軍であった風祭にとって、尊敬したって足りないほどの人。あぁなんで今日はこんなにも憧れの人たちに会うのだろう。 そんなことを思いながらも体勢を動かさずに頭を下げたままの風祭に、は苦笑しながら大丈夫か?ともう一度声をかけた。そうすれば、パッと頭は上がって はい と申し訳なさそうな返事が返ってくる。そうして落ちた教科書を拾い出した風祭にサンキュと声をかけながら、自分も傍の教科書から拾い始めた。委員の仕事として運ばされてるクラス全員分の教科書は、時間も喰うし労力も喰うしで好ましいものではない。それらを拾いながらは風祭へと視線をやった。 慌てて教科書を拾う風祭が着ているのは学ラン。一言いっておけば、武蔵森はブレザーだ。つまり武蔵森の生徒が学ランを来ているということはないはずで、あぁ、だからか と、は頭の中で浮かんだ疑問を片付けた。そうこうしてるうちにも、教科書はどんどん2人の手に収まっていき、最後に風祭がの持つ教科書の束の上に拾った分をそっと置いた。 「悪いな、風祭」 「いえ、そんな!・・・・え、僕のなまえ・・・?」 助かった、と笑うを、風祭が凝視する。この人は今なんと言った。今、僕の名前を?そうして放心状態になる風祭に、ん?とも首を傾げる。なんだろうこの反応は。まさか、間違っていたか?そう思いながら、確認のようにもう一度風祭を呼べば、はい とさっきよりもさらにました音量の声が返ってくる。それに内心ほっとしてから、転校してたんだな と、が風祭に話しかけた。驚く風祭を尻目に、頷きながら言葉を続ける。 「最近見ないと思ったら道理で。転校先でもやってる?サッカー」 「・・・・・はい」 信じられない気持ちで、呆然とした頭のままでなんとか、返答の意味の声を出す。 自分のことを、見ていてくれたんだ。 そう思うと、言葉なんて出てこなかった。ただ嬉しかった。誰も見てくれてなんていないと思っていた武蔵森で、キャプテンの渋沢先輩と、自分の ――― いや、3軍みんなの憧れだった先輩が、自分のことを。そう思うだけで、風祭は心の靄が晴れていく気がした。武蔵森でやってきたことは無駄じゃなかったんだ と、そう思う。 「今日、抽選会だよな。それで来てんの?」 「は、はい!ただ、その・・・はぐれてしまって」 だんだんと顔を赤くしながら、風祭が言う。その様子に、が微笑ましそうに笑った。全く、あいつらもこのくらいの可愛さをもてばいいのに ――― と思って、けれど撤回する。可愛らしいあいつらなんて、正直気持ち悪い以外のなにものでもない。そんな思考をめぐらせながら、はふと先ほど見かけた影のことを思い出す。たしかさっきも上の階で学ランを見たなと、そう思って、学ラン着たやつなら上にいたぜと伝えれば、ぱぁ、と風祭が顔を明るくした。 「本当ですか!?」 「あぁ。お前の学校の奴かはわかんねぇけど」 「いえ、ありがとうございます!助かりました。えっと・・じゃぁ、僕・・」 正直、とても名残惜しいけれど。けれど、これ以上彼らを待たせるわけにはいかない。もう少しだけでも話したいけれど、さっきだって、勝手に行動したわけだから。そう自分に言い聞かせる風祭に、あぁ、とが笑う。 「がんばれよ、風祭」 ニッと。今まで遠目にしか見ることの出来なかったあの笑みが、自分に向けられる。その笑顔と言葉に、風祭は胸が熱くなるのを感じた。体が震える。感動、と言ってしまってもいいかもしれない。強く思う。がんばらなきゃ、と。強くならなきゃ、と。 はい、と力強く頷いた風祭にもう一度笑ってから、はまたな、と声をかけて階段を降りていく。その姿をしばらく目で追ってから、風祭はハッとしたように数分前まで階段を上らせていた足を、同じように動かした。 けれど抱いている気持ちは彼に会う前とはまるで違う。絶対に強くなる。その決心を胸に刻んで、風祭は階段を駆け上がった。 |