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To Shine
They aim at the win too.
「うぉぉ。しょっぱなからめちゃくちゃテンション高ェー。楽しそーッ!俺もやりてー!」 いきなりの蹴りあいで始まった試合を前に、横で嬉しそうに藤代が騒ぐ。藤代のように騒ぎはしないものの、渋沢もも、笑顔を浮かべた。そして、藤代の騒ぎようを溜め息でもつきたげに見ていた桐原が、に向かって口を開く。 「、飛葉の彼らとは知り合いか?」 「はい」 翼がクリアーしたボールが高く桜上水のエリアへと飛んでいく。そのボールを目で追いながら、が答えた。知り合いと言っても、実際に会ったのはあの一度きりだ。けれど、あの一度のフットサルで、彼らの実力のある程度は知っている。 「俺が知ってるメンバーは、個人能力が高いです。1対1も強いし、判断力もいい」 「そんななんスか?先輩がそこまで言うなんて。」 「まぁ、俺がやったのはフットサルだけだけどな」 少し驚いたような表情の藤代に付け足すように返して、はまた視線をフィールドへ戻す。桜上水がオフサイドトラップにかかって、飛葉の間接フリーキック。飛葉の最終ラインには、海外サッカーをよく見るには見慣れた布陣が出来ていた。けれどそれは、自分のポジション上 よくディフェンスラインを見ているにとっても、間近で見るのは極稀なものだった。それが何よりも雄弁に、彼らのディフェンス能力を物語っているように見える。 「特に、翼・・4番は際立って上手い。だからこその布陣だと思います」 「・・やはりそうか。」 「ええ。フラットスリーですね」 桐原の言葉に、渋沢も続く。3バックでのゾーンディフェンスのシステムをとった、フラットスリーという 中学では取り入れられていないともいえる陣形。武蔵森で3年目になる渋沢もも、フラットスリーの陣形をとっているチームと戦ったことはなかった。そうして、桐原はこの陣形を取らせているベンチへと視線を向ける。 「まさか中学サッカーで難しいとされてるフラットスリーを導入してるとは。あの女監督、何者だ?」 はボールに向けていた視線を、桐原たちと同様 飛葉のベンチへと移す。サングラスをかけた彼女の顔はよくわからないけれど、その雰囲気には覚えがあった。どこで見たのだろう、絶対にどこかで見ているのに、思い出せない。確実に、サッカー関係だったのはわかるんだけど ――― 頭をめぐらせながらがその人を見ていると、その人がサングラスを取った。その顔に、あぁそうだ と、やっと合点がいく。 「あの女は」 そうだ、「西園寺さん」だ と、は内心で呟いた。そりゃ覚えてるはずだ。なんせ、この前のセレクションに審査員としていたんだし、一言二言ではあるけれど会話もした。そう思って、それから彼女の不敵そうな笑みと手腕を思い出して、飛葉は今年の台風の目になるかもな と、は1人思った。 周りがそれぞれ驚きで呆気にとられる中、ひゅうとが楽しそうに口笛を鳴らした。その視線の先には、マッチアップしているシゲと翼がいる。 「4番カット!11番吹っ飛んだ!?」 一度抜かれそうになりながらも通すことはしなかった翼と、しっかりと受身を取ったシゲ。両チームを代表する実力者同士の1対1。1回目のそれで分配があがったのは、翼だった。その出来事に、桜上水のメンバーに、目に見えて波紋が広がる。 「動揺が見られるな」 「ええ、11番が止められたことで他の選手が受けたダメージが心配ですね。彼はここぞと言うときに必ず決めてくれる、いわゆる神話的な存在ですから」 桐原の冷静な戦況の見方に、渋沢がうなずく。確かに、そう。武蔵森と桜上水が対戦したときにも、シゲはGKでありながら要所要所で確実にチームを引っ張っていた。それは、彼がFWのポジションについてから顕著なものになっている。そのシゲが止められたのだから、動揺するのは当たり前とも思えた。けれどそんな中で、藤代がでも と、桜上水の1人へと目をやった。 「影響ないやつもいますよ」 「逆に、モチベーションはかなり上がってるかもな」 藤代の言葉に、が同意する。藤代たちの目線の先にいる彼の顔に映るのは、彼らから見ても、いかにもわくわくしていると物語ってる表情。まだまだ荒れそうなこの試合に、の目が細まった。 「いい試合だ」 桜上水のカウンターに対しての 翼のクリアーで負傷した高井の治療のために、試合の時計が止まる。先ほどの痛がりようからしても、どうやら、高井は交代となりそうだ。その間に 桐原がこぼした言葉に、武蔵森メンバーは視線を桐原へと向けた。 「多彩な攻撃、それをことごとく防ぐディフェンス。特に、やはり飛葉中の4番だ。速さ、フィジカル、技術、センス、読み、どれをとってもすばらしい」 背の低さなど感じさせないな という桐原の言葉に、は頷く。フットサルで見た限りでも能力は高いと思っていたが、コートが広くなり、攻撃も多彩になったサッカーではその力がさらに示される。思っていた以上だった翼の実力に、は自分の顔に笑みが浮かぶのがわかった。 「どのポジションでもいけそースね。それがなんでまたDFなんて地味なポジションに」 「ほぉ、俺が地味っていいたいわけだ?藤代は」 「い、いやいやいや先輩はすっごい目立ちますよ!!」 軽く、不自然にさわやかな笑みを浮かべたに藤代が慌てて否定する。そんな藤代に一つ息をついて、は西園寺と話している翼に視線を向けた。翼がこの試合で見せている、個人としての技術や強烈なキャプテンシー、そして狡賢さ。それは単に、1人のDFというラインを超えているようにさえ見せている。 「・・・それは違うぜ、藤代」 ひとつ間を空けてから、真面目なものになったの声音に、藤代が きょとんとした顔をに向ける。渋沢もへと視線を送った。の目は、まだ翼に向いている。 「翼がやってるのは、ただのDFじゃない。攻守の流れを掴んで、味方からの全幅の信頼を集めて試合を組み立ててる」 「いわば、フィールドの中にもう1人監督がいるようなものだな」 1人のDFとしてのの言葉に、渋沢も続く。それは彼らが、いつも後ろからゲームを見ているからこそ感じる意見だった。実際に試合をやっていない側からみてもわかる感覚。それほどまでに、翼の実力が周りに与えた印象は強かった。 「・・なんか監督も先輩たちも飛葉びいきッスね。俺は桜上水も頑張ってると思いますけど。」 「何スネてんだ」 拗ねたような表情で、拗ねたように言う藤代に、それがあまりにも藤代らしく感じて渋沢が小さく噴出す。と桐原も、全く というような表情を浮かべた。けれども そんな面々にわからない といった表情を見せる藤代に、渋沢が口を開く。 「DFがいい動きをしてるってことはそれだけいい攻撃 ――― 追いつめられてるってことだろ」 そうやって渋沢が藤代と話しているのを視界に捕らえながら、はぐっと拳を握った。胸が騒いで、笑みがこぼれるのを感じるけれど、止められない。こんな楽しい試合を目の前でやられたら、1プレーヤーとしたら、どうしたって。そう思って、は はー と息を吐く。 「俺、飛葉にも勝ってほしいかも」 「え、先輩!?」 がポツリと小さく呟いた言葉に、藤代が過剰反応する。桜上水に勝ち上がって来いと言ったを知っているからこその反応なのだろうけれど、そんな藤代に、桜上水に負けてほしいってんじゃなくてさ とは言葉を付け足した。そう、桜上水に負けてほしいわけじゃない。飛葉に負けてほしいわけでもない。できることなら、両方に勝ってもらって、上げってほしいんだ。そんなこと無理だなんて、もちろんわかっているけれど。 「飛葉ともやってみたい。・・・・ったく、去年から頭角見せてくれればよかったのに」 これから自分達が試合が出来る機会は、それほど多くはないのに。 そんな意味を含んだの言葉に、藤代が目を見開く。自分は来年も、武蔵森のメンバーが変わってはいるけれど、それでも試合ができる。特に、3年がいない桜上水とは、春の大会と同じメンバーと戦うことが出来る。けれど、先輩たちは違う。今年が最後だ。それを思って少し口ごもった藤代に気づいたは苦笑を漏らして、声を少し高くして続けた。 「・・・ま、俺たちにできるのはこの結果を見届けることだけだけどな」 その後、高井に変わって、サン太がゲームに加わった。その選手交代が、後に大きなキーポイントとなる。 |