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To Shine
They aim at the win too.
「監督、帰るんですか?」 渋沢の言葉に、あぁ と、桐原が答える。2−1というスコアで、桜上水が勝ったこの試合。水野には何も?なんてことは聞かないで、お疲れ様です といった渋沢に言葉を返してから、桐原がグランドから離れていく。監督はこのまま、家に帰るのだろう。渋沢と藤代は武蔵森に戻るが、は家に帰ることになっていた。だから帰り道も違ってくるし、それに何より。そんなことを思いながら、渋沢は飛葉のベンチへと視線を送っていたの肩をポンと叩いた。 「それじゃぁ、。また武蔵森でな」 「・・・あぁ、桜上水にもよろしく言っといてな」 渋沢の言葉に、こいつには敵わないとばかりに笑って、は渋沢の腕を叩き返す。何か言いたげな藤代を連れて行くようなかたちで桜上水のベンチへと向かう彼らの姿を見送ってから、は1人、飛葉のベンチへと足を向けた。 「お疲れ」 椅子に座る翼に、は後ろから声をかけた。頭にかけられたタオルと、もともと向いているのが背中のせいで翼の表情は見ることはできない。けれど、顔を見ていなくたってわかるものだってある。全力でぶつかって負けた悔しさは、知っているつもりだ。それに、も翼も最後の大会だということに違いはない。 「・・・・なにさ、。慰めにでも来たわけ?」 答えた翼の声が低いものなのは、聞き間違いではないのだろう。けれど、そんなことを気にした素振りも見せず、が答える。傷を抉りにきたつもりなんてあるわけがないし、健闘を称える気持ちさえあれ、今の翼に今日の試合のことを言うつもりはなかった。 「俺、明後日まで家に帰ってるから、フットサルやるようなら連絡くれな」 「・・・・・・なに、それだけ?」 翼の少し苛立ちを含んだような声に、が肩を疎める。正直、何がしたいかなんて判ってないんだからしょうがない。こういうとき、何をされたら嬉しいかなんて、自分でもわからないんだから。ただ、来たかったから来た。言いたかったから、言った。特に何を考えているわけでもなくて、ただそれだけだった。その気持ちのままに少し歩み寄って、はタオル越しに翼の頭をポンと叩く。 「翼たちと、サッカーしたいと思ってさ」 素直に、こいつらとサッカーがしたいと思った。今の気持ちは、それだけだった。 「・・・・じゃ、またな」 何も答えない翼の頭から手を離して、そのまま踵を返した。言いたいことは言ったし、あとはもう 1人にしておくのが一番なんだろう。翼なら、気持ちの整理は自分で出来る。だいたいこれ以上いて出来ることもないことなど重々承知だ。だからそのまま、1人いつものように見える黒川へと向かいあった。そうすれば、黒川はに向かって笑う。 「さんきゅ」 「何がだよ?」 「野暮じゃねぇの?」 と翼のやりとりを見ていたらしい黒川は、小さく笑って言った。今の翼は、飛葉の誰にだって来てほしくないだろうことは黒川にはわかっていた。自分が出来る限度が、タオルを放ることだったのだ。が問いかければ、聞くなよ と言いたげに返ってきた笑みに、は黒川の頭を乱暴に撫でた。そうすれば、うわ と黒川が呻く。 「って、なんだよ、」 「よく俺が言ったこと、やってくれたな」 「は?」 の言葉に、黒川が何のことだと言いたげな表情をする。そんな黒川に、は笑みを深めて黒川の頭にあった手でそのまま頭をぽんぽんと叩いた。 「すげぇ楽しかった。いい試合だったよ」 本当、偵察とかじゃなくたって、来た甲斐があった。いい試合を見せてもらった。そうやってが笑えば、黒川は虚をつかれたような表情をした。その顔を見て、初めてみたな、そういう顔 と、が頭の隅で思う。そうすれば、クツクツと黒川が笑いだした。あぁ全く、どうしてこうも面倒見のいいやつが多いのか。 「なに、どーした?」 「いや・・・サンキューな」 「だから、何が」 「だから野暮じゃねぇのっての」 少し真顔で言いあって、けれど顔を見合ってからと黒川はお互いに噴き出した。人を気遣ってる黒川だって、チームメイトと同じで、悔しくないわけがない。武蔵森での役柄上か、それとも素直じゃない仲間を知っているためか、はそれを強く感じていた。 「いいチームだな、飛葉も」 試合内容も、個人の個性も、チームワークも。それはもちろん、武蔵森とも、桜上水とも違う。飛葉は飛葉として、1つの いいチームだとは思う。やっぱり、飛葉とも試合がしたい と。 「まだ、地区代表決定戦があるからな」 「来週・・・だっけ」 「あぁ。勝ち上がるから、首洗って待ってろよ」 強気に口元をあげた黒川に、はひとつ瞬きをしてから、強気に笑い返した。それだけの実力を持っているのは、今日しっかりとこの目でみた。きっと飛葉は、今日の悔しさを胸にあがってくるだろう。そうすれば、試合をする日だって来るかもしれない。いや、きっと。そう思って、は笑った。 「楽しみにしてるよ」 そうして、その日の夜。 無事 家へと帰省したのもとにメールが届いた。椎名翼 と表示されているディスプレイに、明日は翼たちからの呼び出しはないだろうと思っていたは驚きながらメールを開く。 『明日、1時にフットサル場。とことん付き合ってもらうからね』 思った以上に立ち直りが早いというか、前向きな翼からのメールに、は小さく笑う。そうして、夕飯だって と、ドアの向こうから自分を呼ぶ弟の声に、は携帯を置いて部屋を出た。 『了解。一番点決めなかったやつが全員分アイス奢りな。』 返ってきたからのメールに、翼が上等 と笑っていることなど知らないままに。 |