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To Shine
願え 力を
「どうする?」 練習の前に桐原に呼ばれたは、その言葉に困ったように笑った。桐原の話は、東京都選抜についてだった。武蔵森からは、渋沢と三上と藤代と間宮、そしてが呼ばれているということだったけれど、にはその期間にちょうど用事があるため、桐原は本人を呼んでその意図を尋ねているのだ。 「俺は、出れませんよ」 は来週から、武蔵森を一時離れてのドイツのクラブチーム、バイエルン・ミュンヘンの練習に参加する。それは自身が志願し、セレクションで勝ち取ったものだ。当然、行かないなんてことはあってはいけないし、自身そんな気は毛頭ない。たとえそれが、都選抜の合宿の日程と重なっていても だ。その意を伝えれば、あぁ と、桐原がわかっているかのように言葉を返した。 「選抜の尾花沢監督は最終日の参加だけでも認めるそうだ」 選抜合宿の最終日は、ちょうどがドイツから帰ってくる予定の日と重なっていた。つまり、帰ってきてから少しでも顔を出せば、メンバーに入れるということだ。他の 3日間必死に練習に参加した選抜対象者を差し置いて。 自分を評価してくれるのは嬉しいけれど、それはまた違うだろうとは思う。プロサッカー選手の海外組が なんて話とはまた話が違う。サッカーはメンタルも大きく関わるスポーツだし、中学生なんて明日には実力が変わるくらいの成長期だ。だからこそ、きっと自分よりも、都選抜にとって使える選手が、やる気のある選手が、たくさん居るだろうとは思う。自分は、選抜よりも、自分のドイツ留学を優先しているんだから と。 「俺は辞退します」 「いいのか?今回の選抜は海外との試合なども検討しているという話だ」 「・・俺は自分の都合を優先したんです。そんなの、みんな納得しないだろうし」 海外との試合 と言う言葉に少々うずきを覚えながらも、苦笑のように笑いながら、けれどのその目には迷いは見えない。そんなの様子に、指導者として3年間 を見てきた桐原は、そうか と返して、置いてあった選抜の要綱を手に取った。これ以上なにかを言ったとことで、の気持ちが変わらないことはわかっている。 「そう 連絡しておこう」 私立の武蔵森は、公立の中学校よりも早く夏休みに入る。そのため、武蔵森にとっての夏休み 「・・・こんな総出で見送ってくれなくてもいいんだけど?」 「だって、2週間も会わないなんて初めてなんスよ!?」 「あー俺がいないからって泣くなよ?」 がーっと言ってくる藤代を諌めるようにが言えば、誰が泣くんだよ という三上の呆れたような言葉に、え、三上がだろ とが返す。いや泣かねぇから と即答できたツッコミに面白そうに笑って、は集団の端から端までをきっちりと見渡した。2軍も3軍も集まって、相当な人数になっているこの玄関で、さてどうしようと少し思う。昨日のうちにみんなに話はしておいたから、そのままあっさり行くつもりだったのだ。そもそもこいつらだって今日も一日みっちり練習だってのに、こんな早く起きて一日もつのかよ なんて思って、わざわざ集めなくても といいかけたに、渋沢が ちなみに と声をかける。 「別に集合なんてかけてないぞ」 「先輩の人望の賜物、じゃないですか?」 自分が言うよりも早くに笑う渋沢と笠井に、は驚いたようにを見開いた。集合はかけていないって、こんなに集まってんのに。そう思って、は息をはくと同時に、柔らかい笑みをこぼした。実際、気恥ずかしい気持ちもするけど、でも、嬉しいことには違いない。 「ありがとな、みんな」 もうすぐの夏大に向けての、部の 一番優先するべき練習を2週間も抜けていくのに。抜け駆けだとか、最低だとか言われたって、否定はできないのに。なのに、応援してくれて、ありがとう。あぁ、ただでは帰ってこれないな と改めて思う。 「ドイツの名産っぽいお土産、買ってきてくださいね!」 「ついたらとりあえず連絡を入れろよ?」 「馬鹿なことして恥さらすんじゃねーぞ」 「無理しないでくださいね」 口々に言われる餞別の言葉に頷き返して、たまに反論して、ふとが壁にかかった時計を見上げると、そろそろ急がなければいけない時間になっていた。けれど所々で走れば間に合うだろう。そう考えて、は床においていたバックを手に持ってみんなに向かって笑いかけた。 「俺が戻ってくるまでにもっと強くなっとけよ?」 俺も、武蔵森に貢献できるように、強くなって、帰ってくるから。それぞれの返事を受け取りながら、は小さく笑い返して、松葉寮を出た。 |