To Shine
願え 力を






数々のざわめきと目の前に現れたのは、明らかな異国の地だった。日本人である自分にしてみれば当たり前の黒髪が目立つくらいの明るい色合いと、周りでかわされる聞き取れない言葉。ここには知り合いなんて誰もいないし、頼れる人もいない。こうしてこの場所に来て、ようやくその事実に実感がわいて、は口元を吊り上げた。不安だってあるし、緊張だってある。けれども同時に気持ちは高ぶっているし、武者震いさえも起きそうだ。有り余るくらいのいろいろな感情をもてあますように小さく1つ息を吐いてから、は大きなバッグ2つを手にして、タクシーを止めるべく腕を上げた。



ここに着くまで、タクシーの窓から眺めてきたドイツは、やっぱり日本とは違う国だった。そうして、が降り立ったバイエルン州の州都、ミュンヘンも、やはり見知らぬ土地に違いない。そのことをまざまざと感じながら、バイエルンのクラブハウスの前で、は持っていたバッグを地面に下ろした。ここで、これから2週間、俺はサッカーをする。俺の技術は、どれだけ通用するのだろう。ここでどれだけ力を上げられるんだろう。なんの成果もナシに帰るわけにはいかない とは思う。選抜を蹴って、チームから応援されて、ここに来ているのだから。大きく聳え立つクラブハウスを見上げて、はぎゅっと拳を握った。

『お前が!?』

そんなの耳にふいに届いた言葉に、少し間を空けてからが視線をクラブハウスの入り口に向ける。突然のことだったから何を言ったのかは聞き取れなかったけれど、自分の名前が呼ばれた気が、した。向けた視線の先にはと同年代のような少年が10人ほどいて、その顔には笑顔が浮かんでいた。なんだ?と思うに向かって、彼らが足を進めてくる。

『・・バイエルンのメンバー?』
『Ja!』(ああ!)

が何とか覚えたドイツ語で声をかけると、少し歓声を上げてその少年達がに駆け寄ってきた。あぁ、彼らとこれからやってくのか と、はなんとはなしに思う。見た目でいえば、あまり自分たちと変わっているわけではないことに、少しだけ安心した。

『ドイツ語話せるのか?』
『少しだけ』
『すげぇな!』

の答えに、さらに歓声が上がる。ここのメンバーも、日本からセレクションで選ばれた日本のトップDF がくるのを楽しみにしていた。どんなやつなのか。どのくらいの実力があるのか。その中でもここにいる少年たちは、その興味から、練習の後 を待つために残っていたメンバーだった。そんなバイエルンのメンバーに、は安堵を含めた笑みをこぼした。正直に言って、緊張していたことは事実だった。

『さぁ、寮へ行こうぜ』
『片付けは手伝うよ!さっさと終わらせてサッカーしようぜ!』
『Danke.』(ありがとう)

は二週間の間、ここバイエルンミュンヘンの寮に入ることになっている。その寮へとが移動するために小さいバッグを持つと、大きいバッグに手をやる前に、ひょいとそのバッグが浮かんだ。バッグへと伸びる腕へと視線をやれば一人の少年がのバッグを持ち上げていて、目が合ってからが何か言う前に、その少年はニッと笑って先に足を進める。そんな少年に、え と 少し驚いた顔をするにメンバーが笑った。

『あいつ、お前がくるのを楽しみにしてたんだ』
『彼はクラウス。うちのトップDFだよ』

その言葉を理解してから、へぇ と、が呟いた。ドイツの、ヨーロッパの名門チーム、バイエルンミュンヘンのトップDF。その実力はつまり、ここヨーロッパでも指折りのものなのだろう。おのずと、の目が挑戦的なものになる。

『何か言ったか?』
『・・なんでもない』

言いながら、はクラウスの背中を視界に入れた。彼の実力はどのくらいなのだろう。プレースタイルは、ポジションは?それを思うと、の顔に笑みが浮かんだ。そんなの様子に、バイエルンのメンバーの少年たちも顔を見合わせて笑う。ここは切磋琢磨すべき強豪チーム。強い選手を恐れるようでは、生き残れない。それは日本からきた、日本のトップDFでも同じことだ。

『そうだ、』

メンバーの1人が、思い出したように口を開いた。彼らの少し後ろを歩いていたも、視線を前の彼らに向ける。彼らの後ろには、ちょうど見上げていた大きなクラブハウスが重なった。ニッと笑った彼らのその笑顔は、先ほどの友好的なものというよりも、1人の選手に向けた強気の笑みといったほうが正しいもので、は少し緩んでいた気を引き締めなおす。


『ようこそ、バイエルン・ミュンヘンへ』

『・・・どうぞよろしく』


そんなメンバーに、も強気に笑って返した。弱気になんかなっていられない。俺は、強くなるために、ここに来たんだ。ふと の、ドイツ人とは違う黒髪を、夏のドイツの風が揺らした。







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