To Shine
願え 力を






『短い間だったけど・・・ありがとうございました』

短いけれど、すごく充実してた。すごく楽しかった。本当に、ありがとう。そうやって、みんなが泣いてくれたのが、には何より嬉しかった。


はお世話になった人たちにお礼を言って、ドイツを発った。バイエルンの監督、コーチ、スタッフ、チームメイト、寮の人たち。2週間だけだったけど、確かに同じように練習して、遊んで、飯食って。だから、少しだけだけれど と、は思う。日本にも大切な仲間がいるから、少しだけ、だけれど。ドイツから離れるのが、辛かった。

14日目も練習をして、それから送別会を開いてもらったが飛行機に乗ったのは、もう夜も半ばのころだった。飛行機に乗った翌日の朝、降り立った空港では、多く使われているのは母国語だ。飛行機の中ではずっと寝ていたから、改めて 日本に戻ってきたな とは思った。もちろん、家族や武蔵森の面々とは電話なりなんなりしていたけれど、機械越しではなくて、こうやって耳に入ってくる日本語は、やはりまた違う。
とりあえずサッカー協会に連絡を入れないとな と、 は携帯を取り出した。無事に帰国したという報告。榊さんを呼んでもらえばいいのかな と思いながらアドレス帳を呼び出す。


「あぁ、君」


ちょうどそのときに響いた、あちらで呼ばれていたのとはイントネーションの違う単語に、が声の主へと視線をやった。そうすれば、そこにいた人物に目を見開く。そこにはちょうど今、が思い浮かべていた人がいた。

「・・・・・・榊監督?」

の言葉に にこりと笑った榊に、は驚きながらも軽く会釈を返した。わざわざ出迎えに空港まで来てもらうなんて申し訳ないようなことだけれど、きっと彼は本当に自分のために来てくれたのだろう。そう思って、無事帰国しました と、名目上榊が聞きに来たのだろう言葉を言う。そうすれば、榊は おかえり と笑ってから、ドイツはどうだった?と言葉を紡いだ。

「とても充実してました。・・行かせてくれて、ありがとうございました」

その言葉に返して、深くお辞儀をする。行かせてもらったことは本当にいい経験だったと、は心から思う。日本では学べないことも、たくさん学べた。頭を上げなさい と言われて頭を上げれば、榊は穏やかに笑う。

「そうやって選手が成長するのを見るのこそ我々の喜びだからね」

そう言うこの人は、やはり元サッカープレイヤーで、いい指導者なのだなと思わせる。個性的で、独特で、革新派。選手に対する姿勢とか、サッカーに対する姿勢とか、そういうものが自分たちにとっても受け取りやすい。

「ところで。」
「はい?」
「東京でも、熱い戦いが繰り広げられているんだが・・見に行くかい?」

にっこりと笑った榊に、少し不思議に思ってから、は あぁ と納得がいく。が帰国する予定だった今日は、東京選抜の選考最終日。武蔵森からは、渋沢と三上と藤代と間宮が呼ばれてたよな と思い返す。それにきっと、翼や、水野、シゲとかも呼ばれているんだろう。まだドイツでの興奮が冷めやらぬうちに、見ておきたい。そう思ったは、答えがわかっているのだろう榊に笑い返した。

「是非」

選考というのは、普段とは違う独特の雰囲気がある。きっと競争になってるんだろうな と、は思う。ふわりと吹いた柔らかい風に、この地では珍しくない黒髪が揺られた。







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