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To Shine
願え 力を
馬鹿でかい藤代の声に、選抜合宿参加者の少年たちは、それぞれに視線をずらす。そうすれば、そこには芝のコートを突っ切るように走っている藤代。その先には、2日前 何故来ないのかと騒がれた、彼がいた。 「・・・なぁ、は?」 合宿初日のミーティングルーム。ざわめき立つ独特の雰囲気の中で、あくまでも慣れているというような3人がいた。それもそのはず、彼らはU−14のメンバーなのだから、こういった場には それこそ慣れているのだろう。その3人のなかで、ふと真田の言った言葉に、郭と若菜が え と言葉を漏らした。けれど、すぐになんでもないように口を開く。 「まだ来てないんじゃないの?、いつもそんなに早くないでしょ」 「そーそー」 郭の言葉に、若菜が同意するように笑う。その様子には疑いも何もなく、ただその言葉だけの意味しかない。・・それは、そうなんだけど。でも と真田は思う。真田の視線のその先には、己のライバルとしてみている藤代がいる。そして、同じく面識のある、渋沢たちも。つまり。 「・・・・武蔵森のやつら、来てるぜ?」 恐る恐る、というような真田の言葉に、また郭と若菜が え と言葉を漏らした。今度は少し、さきほどとは違うニュアンスで。 「藤代!」 今合宿最初のミーティングが終わってから響いたその声に、武蔵森のメンバーと談笑していた藤代が振り返る。声の主がわかり、それが顔なじみだと認識すると、藤代は彼らに向かって笑顔を浮かべた。 「真田たちじゃん!久しぶり〜」 「あぁ、・・じゃなくて!」 藤代の言葉に若菜が思わず答えるように笑顔を浮かべて、すぐに思い出したように訂正した。ここに来たのは挨拶をするためじゃない と。そんな様子に、藤代は首を捻る。そうすれば、なんだか和んでしまったその雰囲気に1つ溜め息をついてから、郭が切り出した。 「は?」 郭の切り出しにきょとんとしてから、藤代が あぁ と納得したような顔をする。変に思っても無理はない。なんたって、先輩が東京選抜にいないんだし。そう思って、藤代は彼らにがここにいない理由を説明しようとして口を開いた。後ろから彼の元へ足をすすめる人物がいるのに気づかずに。 「先輩は・・いてっ!!」 藤代にとってはいきなり、後ろから頭を叩かれて、藤代が言葉も途中に痛そうな声を漏らす。いや、実際痛いのだろう。叩かれたところを押さえて、叩いた人物を振り返った。もちろん藤代も、振り返る前から誰かなんてわかっている。 「何するんですか、三上先輩!」 「それはこっちの台詞だ。お前もう忘れたのか?」 藤代の非難の声にさらっと三上が返す。その言葉に藤代は え と考えるように固まって、それから、あ!と焦ったように声を上げた。予想範疇だったとはいえ、藤代のその反応に、三上も、後ろで見ていた渋沢もどうしてこいつはこうも忘れっぽいんだと溜め息をつく。この場にや笠井がいたとしても、同じようなことを思っただろう。 「・・で。は?」 そんな藤代たちの様子を見ていた ―― いつの間にか、完全に蚊帳の外の状態になっていた ―― 郭が少し声を強めて言った。郭だけでなく、真田も若菜も追求の目を向けている。それに対して、藤代は三上や渋沢の視線を受けながら、あー・・とすまなそうに頭を掻いた。 「・・や、それがさー・・・」 「お取り込み中悪いけど、はどこにいんの?」 言い難そうに藤代が口ごもっていると、また違う声がした。その声に全員の視線がずれるが、それらの視線を受けても全く動じずに声の主、翼が藤代を見る。翼の後ろには、飛葉のメンバーと、そして同じく目的らしい桜上水のメンバーがいる。そんな状態に、いや、翼の言葉に、真田たちアンダー組と、武蔵森組は目を開いた。 は、実際有名だ。東京のサッカー少年たちの中においての知名度の高さは、誰もがわかっているところ。だからこそ、彼らが驚いたのはのことを聞きにきたからではなくて、翼がを名前で呼んだことに対してであった。同じ武蔵森のチームメイトでも、が名前で呼ばれているのを聞くことは滅多にない。それぞれがそれぞれに驚いている中で、1人が口を開く。 「お前に言う必要なんて全くねぇんだよ」 それは ―― この人以外にいないって と藤代なら言うかもしれない ―― 三上だった。何でこいつが名前で呼んでんだ?と内心で思いながらも、そこは彼らしく にやりと笑って放たれた言葉に、ピクリと翼がこめかみを引き攣らす。 「別に、誰もあんたに言えなんて言ってないんだけど?っていうか何様のつもり?のことでアンタが口だせる権利持ってるとでも思ってるわけ?」 「あぁそうかよ。でも残念、俺はお前よりはアイツのこと知ってる自信はあるぜ?伊達に3年間チームメイトやってねぇからな」 バックでバチバチという火花が散っていそうなこの三上と翼の様子に渋沢は苦笑し、藤代はいつもなら煽るところだが、今回は このままいったら俺が八つ当たりされるじゃん!と冷や汗をたらしていた。一方で真田と若菜は、英士以外にもこういうキャラが居るのかよ とちらりと英士に視線を向ける。なに?と眉を寄せられて、2人は慌てて首を横に振った。だが、ほどなくして均衡は破られる。苦笑を浮かべながらも、渋沢が口を開いたためだ。 「すまないが、からも言うなと言われていてな」 渋沢のその言葉に、三上と睨みあっていた翼が視線をずらした。翼と三上の睨みあいをみていたアンダー組も部活組も、渋沢に視線を送る。それが、この状況の発端だったに関することだったからだ。 「先輩が、ですか?」 聞いてくる風祭に、あぁ と渋沢が答える。実際には渋沢たち選抜メンバーに伝えていた。無駄に広めたくないし、このことはトップシークレットな と。冗談交じりではあったけれど、それはたしかに本当のことなんだろう。そう思うからこそ、藤代も口を噤んだのだ。 のことを聞きに来た面々からすれば、から言われたというその言葉は、藤代たちから聞いたのならば信じがたいものだったかもしれない。けれど渋沢に言われたのだから嘘だというのも考え辛く、風祭たち桜上水メンバーも、飛葉メンバーも、アンダー組も各々のその理由を考えるようにと頭を捻る。そうして、その状況に無邪気に笑った藤代と見せ付けるように笑った三上は、その面々に睨まれたのだ。 そんな彼、が選抜合宿の最終日にに会場に現れたのだから、に視線が集まるのは、当然といえば当然のことだった。選抜内でも有数の藤代の足がにたどり着くまで、あと少し。 |