To Shine
願え 力を






目の前には自分に向かって走ってくる藤代。まさに犬が尻尾を振って走ってるようだって書き換えが出来るだろう光景に、まぁ、喜んでくれるっていうのは嬉しいんだけどさ とは息を吐いた。これはアレか?感動の再開を演出するっていう選択肢も追加すべき?そんなことを頭のどこかで冗談っぽく思いながら、が口を開く。

「・・・Sie sind dumm?」(・・おまえ、馬鹿だろ?)
「え?」

がとりあえず言ってみたドイツ語に、そっちに注意が行ったらしい藤代の足が止まった。効果があったその対応に、は納得するように頷く。やっぱわかんねぇよな。っていうか、わかったら困る。そしたら俺のドイツ語に睡眠さえかけた3ヶ月はなんだったんだ、って感じじゃん。なんて考えていたの目に、藤代の後ろから迫ってくるボールが映る。勢いのある、シュート性のボール。このままいくと確実に当たるよな と思いながらもはただその光景を見送った。

「いって!」

見事にの予想通りに藤代の背中に当たったそのボールはとんとんと芝の上を転がって、そのボールを蹴ったと思われるやつの足元へと戻った。その人物に、は小さく笑う。

「何やってんだ、藤代」
「何じゃないッスよ!ってか蹴ったの三上先輩でしょ!!」

大きな声で言う藤代に、そんな藤代をほぼ相手にしない三上。そして、さっき三上から蹴られた、適度に力をセーブしたボール。その光景がいかにも武蔵森で、いかにも相変わらずで、は堪えきれないようにクツクツと笑った。

「なぁに笑ってんだ、お前も」
「いや、三上ってば俺が居なくて寂しかったんだなぁと思って」
「誰がんなこと言ったよ」

はは と笑っていった言葉に即行で返ってきたツッコミもなんとなく懐かしく感じて、は頬を緩める。この状況に落ち着いてるあたり、やっぱ俺は武蔵森の人間なんだよなと実感する。やっぱりここが、自分のチームなんだと。


「渋沢、間宮。久々ー」

三上の後ろから、遅れて歩いてきた渋沢と間宮に、は笑顔を向ける。その笑顔を見るのは、今までの3年間の中では最長とも言える2週間ぶりだ。その少し久しぶりに見た顔に、渋沢も顔に笑顔を浮かべた。

「どうだった?ドイツは」
「んー、楽しかったよ。機会があれば観光に行ってみていいと思うね。ソーセージとか美味いし!あ、でも20歳過ぎてからのが堂々とビールとか飲めていいかも」
「馬鹿かお前は。んなこと聞いてねぇよ」

渋沢の言葉に少し考えてから、つらつらと旅行記のように語りだしたに、三上から冷静にクレームが付けられた。それに対して、うわ、語り損ねた と言葉とは裏腹に面白そうに言ってから、は改めてメンバーに顔を向けた。


「ま、強くなってきたよ。」


弱気なところなど少しも見せずに、自信を溢れさせてが笑う。実際、自身、自分が成長したのを感じていた。バイエルンの監督もコーチたちも熱心に指導してくれたし、空いてる時間はほとんどクラウスたちとサッカーしていた。思い返せば返すほど、本当にサッカー漬けの2週間を過ごしてきたのだといえるのだから。

「で、そっちは?」

4人を見渡しながら、が聞く。それに笑い返した渋沢と藤代、笑ってはいないけど確かな反応を見せる三上に間宮。そしてここに来てなくても、強くなっているだろう武蔵森メンバー。強くなる目的というのは人それぞれで、たくさんあるやつもいればたった1つのやつもいる。けれどこの時期。今の目標は、それこそ武蔵森だけでなく、みんなが共通であろうもの。

もう間近に迫った、夏の大会。


「そうだ、。尾花沢監督たちが呼んでいたぞ」
「え、俺 部外者じゃん」
「監督が言ってんだからいいんじゃないッスか?」

あっけらかんと言った藤代に、お前はもうちょい遠慮ってのを知れ、な?とまるで子供に言い聞かせるようにが返す。別には、尾花沢が嫌いなわけではない。西園寺が苦手なわけでもない。ただ、自分はかけられた誘いを断ってドイツに行ってきたやつだ。それはつまり、せっかくの好意を無駄にしたわけで。そんな自分がこんなときに言っていいもんなのか とは思案する。

「行かないのも気まずいだろ」
「・・・ですよねー」

そんなの考えなどわかっているとでも言うような三上の言葉に、確かにそれを無視するのはさらにまずいと納得して、が はぁ とひとつため息を着く。尾花沢たちに視線をやったの目に、渋沢が苦笑を浮かべたのが映った。

「・・・行っとくべきか。」

独り言のように小さく呟いて、ちょっと行ってくる とチームメイトに声をかけて、が芝のコートに足を踏み入れる。天然芝の感覚に2週間やってきた芝を思い出しながら、今のこの選抜会場の芝を踏みしめて。例え何か言われても、ドイツへ行ったことは間違ったことだとは思わないし、後悔もしていない。そして、選抜に参加をしなかったことも、だ。

ただには、先ほどの問いに少しだけ眉を寄せた三上が、気になった。







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