To Shine
願え 力を






ピッピッピィ ―――― ッ!

響いた終了の笛に対するメンバーの表情は、それぞれだった。満足した顔に、悔しそうな顔。気持ちだって、それぞれ違うはずだ。けれど、が見上げた空には、夏の太陽が強く光っていた。まぶしい太陽を見上げたままで、がポツリと口を開く。

「これで、選抜も終わりか」
「あぁ、そうだな」

返ってきた渋沢の言葉に、そっか と改めてが呟く。ここからは、自分が干渉するところではない。だって俺は、選抜には、参加していないんだ。内心でそう言い聞かせてセーブをかけて、三上のところへ進みそうになった足を止めさせた。今は、俺が行くべきじゃない。それから、1つ息を吐いて、は紙袋に手をかける。

「先輩?」
「んー?」
「行かないんスか?」

試合を終えて、それぞれ合宿所の中へと戻ろうという周りの流れに乗るようにして 同じく足を進めた藤代が、を振り返って不思議そうに声をかける。そんな藤代に、は あぁ と笑って紙袋を持ち上げた。

「さすがに長居はできないからな。先帰ってるよ」
「えー!?」

声を上げる藤代に苦笑のように笑って、バッグの中から箱をとりだした。甘いチョコレート菓子が入った、可愛らしいパッケージの箱。バッグは日陰に置いていたし、買ったばかりのペットボトルと一緒にしておいたから、チョコもどろどろには溶けていないだろう。それをがポン と投げると、藤代は危なげなくそれを受け取った。

「それでも食べて合格発表待っとけ。ついでに、三上にも俺からだから絶対食べろよって言っといて」

の言葉に、え と藤代が驚いた顔をする。三上は、甘いものが苦手だ。何年も一緒に寮生活をしていれば、人の好き嫌いは自然とわかる。藤代も三上が甘いものが嫌いだと知っていたし、それはもちろんもだ。渋沢は、すぐにそれが三上へのからかいだとわかって苦笑した。そんな彼らに、はいつものように笑う。

「じゃーなー」

ひらひらと手を振るその様子に諦めた藤代と渋沢は、また後で と言って芝の上を歩いていく。それを途中まで見送って、も踵を返した。


「何か忘れてんじゃないの?


けれどそうしてが一歩を踏み出すよりも先に後ろから聞こえたのは、少し苛立っている聞き覚えのある声だった。自分の名前を呼んだその声に振り返れば、不機嫌そうにを見ている翼の姿があった。

「翼。合格したんだろ?おめでと」
「ありがと。で?何で選抜来なかったわけ?」

久しぶりだな とにこりと笑ったに、ぶすっとした顔のまま翼が答える。一応礼を言ってから続けた翼の言葉に、は少し驚いてから、笑う。

「そんな俺に会いたかった?」
「そうは言ってないだろ。」
「そう聞こえるけどなー」
「それは頭がボケてきてるんじゃない?」

ますますからかうように笑うに、翼はさらに眉を寄せる。正直なところ、翼はがこの選抜に来るのを楽しみにしていた。が強いのは、もちろんわかっている。強力なライバルだということも、わかっている。けれど一緒にやるのは楽しいし、なによりって人物が好きだ。なのに来なかったんだから、こっちだって苛立つのも当然だろ?そんな意味も込めた翼の視線に、は笑み返してを肩を疎めた。
選抜に来たくなかったわけじゃない。この選抜合宿には、今見た限りでも知り合いもたくさんいたし、何もなければ参加していたのは疑いようもないことだった。まぁ結局、ドイツへの留学とかぶっていたために、ドイツを選んだわけだけど。

「さすがにボケてはいねぇよ」
「自分でわかってないって虚しいよね」
「うっわ、痛いなソレ」

翼の言葉にへこたれることもなく、ただ面白そうに笑うに、はぁ と翼は息をついた。そんな翼に 何だよ とかけたの声は、翼の後ろから かかった声と重なった。その声を追って、は視線を翼から後ろに移す。翼もまた、視線を後ろに向けた。そして、初日に同じくのことを聞いていたそのメンツに、翼は小さく眉を寄せる。それとは対照的に、はそこにあった姿に笑って声をかけた。

「よ、真田、若菜、郭」
「よ、じゃねーよ!なんで来てねぇんだよー」
「来てるじゃん」
「そうじゃなくて!」

あっさり言い放ったに、真田と若菜が返す。予想通りというように楽しそうに受け答えするは、そうやって笑いながら、内心で どうやって乗り切るもんかな と思案した。自分を囲んでいる真田と若菜のすぐ後ろで、こういう面ではとてもやっかいな2人がちらりと目線をかわしているのがしっかりと見えていたからだ。

「で、何で召集断ったの?」
「てか、断るとか以前に召集来てねぇから」

翼の言葉に、がけろりと言い放つ。そうすれば、若菜が はぁ!?と声をあげるのを抑えるようにして、郭が落ち着いた口調で言葉を紡いだ。

「わかりきってる嘘はいらないから」
「嘘じゃねぇって」

その郭の言葉にも軽く言いながら、は確かに嘘は言ってない、と思う。そう、嘘は言っていない。西園寺はもともとドイツ留学のセレクションにも来ていたし、尾花沢もがドイツに行くことは初めから知っていた。だから最初から、選抜への召集はかかっていなかった。細かく言えば、来れないことがわかってた、選抜の『合宿』への召集は、かかっていなかったのだ。後に選抜への声はかかったけど、それはあくまで提案であって召集じゃない。そんなふうに思いながら笑うに、郭と翼は眉を寄せた。
そんな2人を前に、顔を引き攣らせて体を引いている真田と若菜を視界に入れて、美形が不機嫌そうにするとやけに迫力あんだよな とそうさせている張本人であるは他人事のように考えた。そんなに、というよりは真田と若菜に、救世主が現れた。

「あなたたちも早く戻りなさい」

その声に、そこにいる面々の視線が集まる。そこには、東京都選抜のコーチである 西園寺が立っていた。翼はもとより、アンダー組にもここ3日で随分と見慣れたその人だ。

「玲!」
「コーチでしょう、翼。くん、あなたはどうするの?」

翼に声をかけてから、西園寺がに向かって言葉をかける。どうするの とは、発表まで見ていくか という意味だ。にこりと笑うその人を前にして、は いえ とその笑顔に返すようにして笑った。

「俺はここで失礼しますよ。部外者ですから」
「あら、それは残念だわ」

にっこりと笑う西園寺に、も笑みを返す。だが、西園寺がこの状況を少なからず楽しんでいることはにもわかっていた。でなければ、それは選抜メンバーでもないに、どうするかなんて聞くはずもない。だからも、『部外者』という、選抜には関係ないということを示すような言葉を選んだ。西園寺にもそれはわかっているのだろう、さらに笑みを深めて口を開く。

「それと、お土産ありがとう。有難く頂くわ」
「・・・・、いえ、喜んで頂けたなら、嬉しいです」

西園寺の言葉に笑って返しながら、やられた とは思う。お土産なんて言ったら何かしらあったのだと思わせるには充分なのに、と。セレクションのときにも喰えない人だなと思ったけれど、今改めて、はそれを実感した。けれど、翼たちが言葉をつむぐ前に西園寺は再度引き上げるようにと選抜参加者に告げた。それを受けては西園寺に軽く目礼をして、西園寺に言い返す翼に、郭、真田、若菜に向かって声をかける。

「そんじゃ、俺帰るな」

翼たちにしてみれば いっそ腹立たしいくらいに笑って、はJヴィレッジを後にした。自分を待っていてくれる人がいる、武蔵森に向かって。







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