To Shine
願え 力を






「うっわー!いい感じになってんじゃん!」

渋沢たちが選抜から帰ってきたころ、武蔵森では、「お帰り!お出迎えパーティ」の準備が着々と進んでいた。それにはしゃぎながらも藤代は、食堂を見てから松葉寮の廊下を歩いていった三上を目で追う。そんな藤代と、そして間宮に、渋沢は準備を手伝うように言った。今の三上のことは、あいつに任せるのが一番いいと、そう思って。



「・・・マジで爆睡してんのかよ・・」

自分の部屋で、それは気持ち良さそうに寝ているを見て、疲れたように三上が呟いた。1人部屋であるこの部屋の青いカーテンはまだ閉まったままで、持っていたバッグは開かれた跡もなく、そのまま机の近くにおいてある。いかにも、帰ってきてから即行で寝たというのがわかる部屋の状態に、改めて三上は1つ溜め息をついた。

「おい、

とりあえず、声をかけてみる。それでも当然のように、ぐっすりの寝入ったは身動きすらしない。その様子にもう1つ溜め息をついて、三上はを揺さぶった。

「・・・んー・・」
「コラ、起こせっつったのお前だろーが」

その行動に、が少しだけ身じろぐ。そうして投げ出された腕に、三上は傷跡を見つけた。今はもうかさぶたになっている、傷。それを見て、が一週間前にした電話で、変わった練習やって体中傷だらけだし、痕残ったら婿にしてもらうしかなくねぇ?と笑っていたのを思い出す。思い出すのと同時に、を起こそうとしていた三上の動きが止まった。意図的に、ではない。無意識のうちに、だった。
こいつは知らない土地に行って、強くなってきたというのに。俺は、何をしている?
そう考えると、選抜に落ちた自分が、力を出せなかった自分がとても不甲斐無くて、三上は小さく舌打ちをした。

「・・ん・・?・・みかみ?」

ふと聞こえた声に、三上は違うところへ行っていた目線を直して、いかにも今起きたらしい寝ぼけ声を上げたを見た。起き上がってふわぁ と1つ欠伸をしてから、腕を伸ばす動作を何となく眺める。

「・・なに、見とれてた?」

からかうように笑って言われた言葉に、誰がだ と返してから三上がのベッドに腰掛ける。前髪を掻き揚げてから、随分と気持ちが楽になっている自分に気づいて、三上はなんとなく部屋の天井を見上げた。そんな三上を見て、はまたごろんとベッドに横になった。そして、三上と同じように天井を見上げる。

「・・・選抜、落ちたわ」
「・・そっか」

三上の口を出た言葉に、視線は天井に向けたままで、が答えるように呟いた。あぁ と返してから、天井を見上げていた視線を外して、三上が脚を組んだ。組んだ膝の上に片肘が乗せられる。

「てめぇの力出し切ることもできねぇで・・マジ、かっこ悪ィ」

まるで嘲笑するかのように言って、三上は足に乗せたほうの手で額を覆った。その体勢が成すままに、視線が下に行く。は三上へと視線を向けることはせずに、天井に向けた視線をそのままにして、三上の話を聞いた。

「藤代のやつ、まだ合格システムがわかってねぇときに途中で交代させられてよ、・・俺が落ちるなんてありえないって他のやつらの前で大声で言いやがった」

三上の言葉に、藤代ならやりかねない と、何の抵抗もなく思い浮かんだその情景に、は小さく笑いを浮かべた。それが純粋な笑いなのか、苦笑なのかは本人にもわからない。あれは、あいつの利点だと、長所だと、思う。けれど。

「・・・・正直、羨ましかった」

三上の言葉は、本音だと、にもわかった。それは、自身も感じたことがある気持ちだからだ。藤代は純粋に、自分の力を信じている。見栄もなにもない、自分にはそれだけの力があることを信じているのだ。そんなものを、自分が納得できない状況で聞いたら、大きくダメージを受けるだろうことは、簡単に予想できる。藤代には、何も責めるところはない。それはわかっている。三上も、自分も。

「あいつらは、選抜でもしっかり結果残して。お前は、ドイツで力上げてきて。・・・俺は、何やってんだろうな」

それは小さな小さな声だったけれど、静かなこの部屋での三上のその声は、その言葉は、しっかりとの耳に入った。ただ目に映っていただけの天井を、は目を閉じることで消す。そうして、ゆっくりと言葉を口にした。


「強くなったじゃん」


目を閉じたまま言ったの言葉に、三上は目を開いた。顔も見ないままで。目は、合わないままで。

「言っとくけど俺、こんなとこで嘘は言わねぇから」

それはわかっている と三上は思う。は、ふざけているときだってたくさんあっても、空気が読めないやつじゃない。こんなところで、嘘をいうようなやつでも、冗談をいうやつでもない。けれど、それを知っていても、どうにもそれに納得できずに、三上はまた目を細めた。

「選抜に受かったから強くなったのかよ?そうじゃねぇだろ。この選抜でわかったじゃん。他人を意識しすぎてるってこと。そういうのって、選抜に受かるのと同じくらい、でかい収穫だと思うけどな」
「・・・・・・・」

の言葉を、目を細めたまま、三上が聞く。三上は武蔵森で10番を背負っている。つまり、武蔵森には、司令塔のポジションで三上よりも上手いやつはいないということだ。けれど選抜にいって。水野がいて、郭がいて、多くの、MFがいて。そんな状況の中で、わかった弱点。ぎゅっと、三上が拳を握る。
は閉じていた目を開いて、少しだけ視線をずらして三上を見た。から見えるのは背中だけ。それでも、さっきよりは幾分か軽く見えたのは、自己満足かもしれないけれど。

よっと声を出しながら体を起こして、がベッドから降りた。そうして、ベッドに座っている三上の横を通って、部屋のドアへと向かう。三上は屈むようにしていた体勢を解いて、それを目で追った。

「ま、お互い今度は新しい目標に向かってくだけだろ」
「・・・新しい目標?」

三上の問いかけにくるりと振り返って、そ、でもって一番のな とが笑う。そういえば、寮に帰ってきてからちゃんと顔を見たのはこれが初めてだな、と三上はどこかで思った。久しぶりに見るその顔は、まれに浮かべる強気な笑みがある。


「武蔵森のメンバーで、上まで勝ち上がること」


の言葉が何をさしているか、わからない三上ではない。3年の自分達の最後の大会、夏大会はもうすぐそこまで迫っている。今更言われたその事柄に、今更過ぎて見えていなかったことに気づいた。一番の目的が選抜ではないことくらい、わかっていた。わかっていた、はずなのに。そんな三上に、は悪戯っぽく笑う。

「じゃ、そろそろ行こうぜ。時間だし」

お先ー と言ってさっさと部屋を出ていったの後ろ姿を見送って、ふぅと三上は息をついて、ベッドから立ち上がった。普通 起こしに来てやったのに先に行くか?と呟きながらも、その顔に浮かぶのは、彼のいつもの笑みだった。







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