To Shine
願え 力を






「やっぱ、先輩が一番適任ッスよね」
「・・そうだな」

フライドチキンを食べながら、ふと藤代が呟いた言葉に、たまたま隣にいた渋沢が笑って同意した。2人の目線の先には、いつものようににざっくりとツッコんでいる三上の姿がある。そして、思い出すのは、数時間前の、Jヴィレッジでのこと。



Jヴィレッジでの選考発表の前。に言われたとおりに、藤代は三上にの伝言を伝えて、ただでさえ触れられない感じに機嫌が悪いというのに、どう怒鳴られるものかと内心ビクビクチョコを渡していた。三上は、少し驚いたような顔をしてから、眉を寄せる。

「・・誰が食うかっての、バカかあいつは」

ふん と笑った三上に、藤代と渋沢は少し驚いて、それから笑った。そうすれば、何笑ってんだよ と 睨まれたけれど、それでも、には構わない と。その三上の笑みは、その直前まで浮かべていた どこか違和感のある笑みではなくて、彼独特の、いつもの笑みだったのだからだ。そう、そしてそれは、今、三上が浮かべている、いつもの笑みだ。




先輩」
「ん?あ、笠井」

夕食が乗った皿を片手に、笠井がかけた声にが振り向く。三上は、近藤たちに絡まれて別の場所にいた。向けられた笑顔に、笠井が 隣 いいですか、と問えば、もちろん という言葉と共にが隣の椅子を引いた。その行為にお礼を言った笠井に、相変わらず礼儀正しいな とは思う。悪い意味じゃないけど、藤代と同い年っていうのが不思議だ と。そんなことを思いながら、けれどの手はしっかりと動く。ドイツでは食べなかった和食にどんどん箸を進めるに笑いながら、笠井が口を開いた。

「どうでした?ドイツは」
「そうだなー・・・」

かけられた問いに、が うーん と唸る。選抜のときもだけれど、漠然と聞かれるとどこを答えていいのか、少しだけ悩む。サッカーのことは一口じゃ語れないし、ドイツって国のことも然り。一言で言えるとすれば、ただ単純な気持ちだけだった。

「楽しかった・・かな。うん。」
「そうですか」

一言でまとめようとして言った言葉に笑った笠井に、はやっぱり助かる と思う。こいつは人の気持ちというか そういうのを組めるから、同級生や後輩とかにも慕われるんだろうな と、先輩としての頭で考えた。きっと来年になって 自分たちの代になったら、この長所がもっと伸びるのだろう と。

「こっちはどうだった?」

言ってから、はそういえばこれをまだ誰にもこういうことを聞いていないことを思い出す。二週間、武蔵森では何かあったか。実は、も結構に気にはなっていた。とは言っても、ドイツにいる間はそういう余裕はそれほどなかったけれど、それでも、特にこの3日は渋沢やら三上やらもいなかったのだから。そういう意味を込めて笠井に視線を送れば、笠井はにこりと笑い返した。

「割といつもどおり、ですかね」

心配するようなことはありませんでしたよ と笑う笠井に、そっか とが返す。そういえば、藤代もいなかったわけだから、そういう意味では楽だったのかもな と冗談半分で考える。けれどそう、何も問題がなかったのなら、よかった。

「でも、やっぱり先輩がいなかったんで、俺としては何か変でした」

ふいに笠井がこぼした言葉に、ん?とが聞き返す。そうすれば笠井は、少し困ったような笑みを浮かべた。

「後ろから指示の声がないとか、練習の後でアドバイスもらえないとか。それが、すごくやりづらくて」

自分でも驚きました と言う笠井に、は柄にもなく呆けてしまった。まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。そうやって思ってから、少しだけ落ち着いて、が小さく笑う。なんか、少しは頼りにされてんのかな なんて思って。

「まぁ、笠井が入ってきたときからずっとだもんな」
「そうですね。いつものことで、もう、習慣みたいになってるんでしょうね」

頷く笠井に、だよな と返してから、思い返す。確かに、笠井が武蔵森に入ってから、もう2年はそんな感じでやってきたのだから、それが当たり前なのは自分も同じだろうなとは思う。そう、もう当たり前のこと。だけど、それは、ずっと続くことじゃない。考えて少し感傷的になって、はいつの間にか止めていた手を動かして散らし寿司を一口食べた。

「・・でも、先輩たちが引退するまでのあと何ヶ月かだけですよね」

笠井の言葉に、散らし寿司に向けていた目をずらす。笠井もを見ているわけではなくて、普通にウーロン茶を飲んでいるけれど、その声がいつもと違うことくらい、にもわかっていた。なんだか、よくわからない笑いがこぼれる。

「・・・・・そうだな」

確かにその通りだ と、はしみじみと思う。自分はもう3年で、武蔵森中でサッカーができるのも、日本で一番長くてもあと1ヶ月だ。改めて現実感を帯びてきたそのことに、振り切るようには1つ目を閉じる。それから、笠井に向かって笑顔を浮かべて口を開いた。

「まぁ、俺もしばらくはいつもの習慣なくす気はないし」

当分、負けるつもりはない。どこよりも長い間、勝ち上がってやる。そんな思いを込めて、呟く。そうすれば 笠井もをみて笑った。サッカー以外ではあまり見ない、笠井の強気な笑顔。

「俺もです。まだ、お世話になるつもりなんで」
「・・・そりゃ大歓迎。」

笠井の言葉に、が笑顔を返す。そう、とても、大歓迎だ と。きっと自分のポジションを引き継ぐだろう、笠井。それは嫌なことじゃない。むしろ、こうやって長い間やってきた笠井が自分のポジションをやってくれることは嬉しいことだとは心から思う。笠井の力は認めているし、笠井の姿勢も認めている。だからこそ、伝えたいことは山ほどある。

それでもまだ、自分のポジションを譲る気はない。そう思って、はふっと目を閉じた。
俺はまだ、ここでやっていたい。







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