|
To Shine
Each drives for the dream.
夏の大会。引退大会であるこの大会、シードであった武蔵森は、都大会2回戦の今日、初戦を迎える。 こういう場合によく言われるのは、初戦というプレッシャーにつけこめるかどうか ということだ。どんなチームでも、初戦は少しだけ意味が違ってくる。今まで試合をこなして勝ちあがってきたチームと、初戦を迎えるチームとでは、その意味での慣れが違っていた。武蔵森の今日の相手は、さほど強いというわけではない。地区大会を勝ちあがってきただけの実力はあるけれど、武蔵森と比べてしまえば劣っていることなどわかってしまう。それでもこのベンチが少し違う雰囲気なのは、初戦だからという理由も大きな要因だった。 「どうだ?」 「ん、平気。ガチガチに固めとくし」 そのベンチで、三上がに声をかける。試合までは、残り10分。だんだんとメンバーが揃ってくるベンチの中で、は言葉どおり、しっかりとテーピングで足を固めていた。 サッカーに怪我は付き物だ。怪我というようなものではなくても、疲労は溜まれば痛みに変わる。実際、レギュラーメンバーの中で、どこも痛めていない選手などいないだろう。それは、に足首のことを聞いた三上も同様だ。軽いものにしろ、重いものにしろ、それを負ったうえで、この場にいる。痛くたって試合に出たいという気持ちがなくなりはしない。ましてやこれは最後の大会。少し 「いいか」 メンバーがひとしきり集まったのを確認して、桐原が声をかける。椅子にすわっているのはスターティングメンバーだけだ。サブのメンバーはベンチの後ろに立っていて、ドリンクなどの準備をしている部員もいる。マネージャーがいないため、そういった仕事は部員の仕事のひとつでもある。渡された水を口にしながら、は桐原へと視線をやった。 「今日からの試合は、負けたらそこで終わりだ」 負けたら、終わり。 その言葉はまさにそのままの意味でもって部員に届く。負けたら、そこで引退。けれどそれは、今までとは少し違う印象でに届いた。今は、その言葉にプレッシャーを感じることはない。それよりも、もう残り少ない一試合一試合を、悔いの残らないようにやりたいという気持ちが、思いっきりやってきたいという気持ちが、溢れる。 ある種の覚悟なのかもしれない とは思う。今まで、それだけのことをやってきた。ここに来るまで、それだけの練習をやってきた。ここへの道は、自分たちで作ってきた。だから、もう今は、それを全て出し切るだけだ。真剣な表情を浮かべるメンバーの顔を見渡して、桐原はひとつ言葉を切った。そして、静かな声で口を開く。 「おまえたちは、今までの中で、一番力のあるチームだ」 今まで、よくやってきた と、桐原が口にした。その言葉に、メンバーたちはそれぞれ驚いた様子を見せる。その言葉は、初めて聞いたものだった。渋沢も、も、三上も、今まで聞いたことのない言葉。あの桐原の口からでた、嘘ではないだろう、部員たちを認める言葉。嬉しさのようでいて少し違うものがこみ上げてきて、は口を結んだ。 「勝ってこい!」 「 全員の声が、重なった。負けないだけではいけない。勝たなければいけない。勝たなければ、先には続かない。このチームでサッカーをやり続けるためには、勝たなければ。もう一度それを確認して、はそっと目を閉じた。 「両校選手集合!」 審判の声が響く。その声に、はゆっくりと瞼を開いた。ベンチを出る武蔵森のメンバーに続いて立ち上がって、円陣を組む。偵察に来ているチームがあることは知っている。けれど出し惜しみなんてする気はない。全試合、全力で挑む。悔いなんて、残さないように。 ここで終わるつもりなんて、ない。 |