To Shine
Each drives for the dream.






「・・・・シゲ?」

かけられた声は、正直に言って予想外のものだった。それに驚いて少しだけ肩を震わせてしまったのは大きな不覚。けれど気持ちを落ち着かせて振り向けば、そこにいたのはここにいる理由の1つでもある一人の少年で、シゲは思わず目を見開いてから、なんや、と小さく笑ってしまった。

やん。何でここんおるん?今日選抜やないんか?」
「いや、それ俺の台詞。」

お互いに言ってから、勘がいい2人はお互いに、知らないということはつまり、呼ばれていないということか と勘付いた。それを相手がわかったのも理解して、お互いに不可解さを表しながら、先に口を開いたのはシゲだった。

「ちょー待ち。何で入っとらんねん」
「あー・・・俺、ドイツ行ってたんだよ、選抜合宿んとき」
「ドイツ?」

武蔵森以外の人間には、翼や郭たちにも言っていないこと。けれどシゲにはすらりと言ってしまって、そのことに自身も不思議さを感じながら、けれどどこかで納得がいった。こいつは、他人のことに深く関わろうとはしない。それは自分にとって、もしかしたら他のやつにとっても、妙に関わりやすかった。

「んーまぁ、研修っていうか」
「サッカーしてきたん?」
「おう、みっちり」

言ってが笑えば、そらえぇな とシゲも笑った。選抜よりももっと上を目指して行ったのだろうということが、すぐに予想できたためだ。の力は、シゲだって侮ってはいない。明らかなほどに証明されているその実力に、風祭に向けるものとは違う畏怖を持っているのも事実。けれど、彼と並べる選手になりたいと、勝負をしたいと、そう思っているのも、また。

「で、お前は?」

が、真面目な顔で切り出す。シゲの強さは、とてわかっているつもりだ。飛葉戦を見た限りでも、そのサッカーセンスには舌を巻くほどだった。そしてそんなシゲを目の前で見た西園寺が、選抜に声をかけないとは思えない。そう思うに、シゲはからりと笑った。

「俺は普通に呼ばれてへんねやって」
「嘘つけよ」
「嘘やないで」

シゲの力を認めているからこそ、彼の言葉に間を空けずに言葉を返せば、シゲは苦笑のように笑った。それは悲観のようなものではないのはわかったけれど、だからといって納得はいかない。

「・・・なんで。」
「俺に聞かれてもなぁ。うちのコーチが一枚噛んでる気はするんやけど」
「松下さんが?」

その言葉に、は妙に納得する。確かにあの人は周りが見えている人だ。そして、彼がシゲの選抜行きを止めたとするなら、には少しだけ、その理由がわかる気もした。自分が本気だから、サッカーに懸けているから、わかるのかもしれない。
シゲが、サッカーに本気にはなっていないということに。なれていない、ということに。

「まぁ、別にどうでもえぇと思うとったんけどな」
「嘘つけ」

またも即答で返ってきた言葉に、シゲは苦笑をこぼす。どうにも、を相手にかわそうとは思えない。それは直接的にはあまり関係がないからか、それとも自身の雰囲気がそうさせるのか。わからないけれど、言いたくない、とは思わない。そして今のシゲには、が言っていることは否定できることではないものだった。

「・・どっかのバカのせいで、気づいてしもうてん」

気づいてしまった。気づかされてしまった。気づくことが、できた。それを思って、シゲは口元を上げた。

「俺は、サッカーしたいんやって。上、行きたいんやって」

シゲが言った言葉は、にはとても共感があるものだった。その言葉に、からは思わず笑みがこぼれる。こいつは本気になったんだと。本気になることができたんだ と。

「・・・・そっか」
「せや。やからこれから、サッカーできる道を奪いにいこ思うてな」

奪う という表現にはぱちりと一つ瞬きをした。よくはわからないけれど、きっとそれが楽な道ではないということなのだろう。楽な道だったら、きっとシゲは、とうに本気になれただろうから。それでも、楽な道ではなくても、サッカーをしたいと望むシゲに、俺は何ができるだろうかとは思う。

「・・・おう、行ってこいよ。」

きっと自分に出来ることは、応援して、見送ることだけだろうと、が笑う。シゲも、それに笑い返した。ここに自分がいる理由を知っているのは、これで、1人。だけだ。シゲは、送り出してもらえるということの有難さに、今更ながら気づいた。今までは、送り出されるということがなかった。誰にも何も言わずに、逃げてばかりだった。こら、がんばらなアカンなぁ とどこか温かい気持ちで思いながら、そういえば、というようにシゲは口を開く。

「あんさんはどこ行くん?」
「あぁ、全国大会に行くとこ」

の言葉に、あぁ とシゲが頷く。優勝した武蔵森は、明後日から始まる全国大会に参加する。それを思い返して、その場所に、上にと向かって行くに追いつこうと思う自分が、少しだけ笑えた。嘲笑うというのではない。そうやって思える自分の変化を、少しだけ、好きだと感じた。

「現地集合ってわけやあらへんやろ?」
「おう。昨日は家帰ったやつも多かったから、駅で集合・・・ってやべ、時間!!」

シゲの言葉で、ここにきた理由を思い出すと同時に、は集合時間がすぐそこに迫っていることに気づいた。遅れたら、それこそシャレにならない。話してる間は隣に置いていたバッグを持ち上げて、なんや、ボケてんなぁとケラケラ笑うシゲを一睨みして、じゃぁと断った。

「暴れてきぃや!」

走り出した後ろから、シゲの声がかかる。その言葉に、は少し驚いて、それから、振り向いて笑みを浮かべた。

「お前もな!!」

返されたシゲが驚いて、けれどと同じように笑みを浮かべる。それをしっかりと見届けて、は速度を上げた。
待っていてなんて、やらない。もっともっと、先へ。
簡単に追いつかれてなんて、やらない。だから、必死になって、追いついて来いよ。

二ッと浮かべた笑みは、新しいライバルに向けたものだった。







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