To Shine
夢に近い場所で






熱い試合を終えた夜。熱い試合がされたこのピッチで、は足元に感じる感触に口元を緩めた。別段、何をしにきたわけでもない。何をするわけでもなく、ただ芝に寝転がって、ただ空を見上げてみただけだった。けれどそれだけのことに、どこか落ち着いている自分がいた。自覚がなかった、・・とはいえないけれど、それ以上に、緊張して、気を張っていたらしい。それがなんだかおかしくて、はぷっと小さく噴出した。

先輩!何してるんスか?」

そんな声と一緒に、いきなり目の前に逆向きで現れてきた顔。けれど見慣れすぎているともいえる顔に、は驚くでもなく、ただ視線を藤代に向けた。

「お前こそ何やってんだ?藤代」
「や、先輩がいるのが見えたんで」

笑ってそう言って、藤代はと同じように芝のグランドに寝転がる。そうして、わ、気持ちいー!と叫びながら、藤代も空を見上げた。

「珍しいッスね、先輩がこーゆーことしてんのって」
「そーか?」
「そうっス。みんな部屋で集まってんのに」

いつもだったらそこに混ざってるじゃないスか と顔を向けた藤代を一瞥して、はんー と声を漏らしながらもう一度空を見上げた。東京の、いつも見ている空よりも少しだけ近いような、澄んだ空。

「ピッチに誰も居なかったし、どうせならと思ってさ」
「確かに、なんかいいッスね」

の言葉に、藤代も視線を空に戻す。本当に、この綺麗な空を、綺麗な芝を、まるで独占しているようだと、そんなふうに感じて、藤代の顔にも自然と笑みが広がった。

「明日も試合ッスねー」
「あぁ。楽しみだろ?」
「そりゃもちろん!」

がばっと上半身を起こして言う藤代に、は笑みを浮かべた。あまりにも、藤代の答えが予想通りだったからだ。

「強いとこと出来るしな」
「ッスよね!今日も強かったッスけど」
「あぁ。・・あっちも全力だからな」

そう、今日の相手だって、全力だった。みんな、自分たちと同じだ。3年は、みんなみんな、負ければ引退なのだから。今日勝ったのは俺たちだった。俺たちは相手の引退の上に立って、明日も試合をする。そうやってその上に立って、明日も試合が出来る。彼らの3年間の、うえに たって。

「・・・・・先輩」
「ん?」
「俺、もっともっと試合したいッス」

寝転んでいるから、座っている藤代の顔は見えない。けれどその声は真面目なものだった。

「監督に言や、練習試合も増えるんじゃねぇ?監督もそんなこと言って ―――
「そうじゃなくて!」

の言葉を遮るように、藤代が言う。その声は大きくて、そして、あまりにも必死なものだった。その姿に驚いたように、が言葉を止めて起き上がっている藤代を見上げる。

「・・・・もっと、先輩たちと、試合・・・したかった・・・」

ぎゅっと藤代が拳を握ったのが目に入って、は目を細めた。嘘ではない、というのは明白だった。

「・・・・・・俺も。」

ポツリ、と言葉をこぼす。

「俺も、もっとやりたかったな」

藤代たちがサッカー部に入ってきて2年、結構試合もやったとは思う。 けど。

―― っよッ」

ふいに、が勢いをつけて立ち上がった。その突然の出来事に、藤代はただを目で追う。そんな藤代に笑って、再度空を見上げた。暗い中に冴える、まぶしいくらいの光。寝転がっていたときよりは、少しだけ、少しだけ近くなったそれ。

「3年間なんて、あっと言う間だぜ」

よく言われることだけど、自分も、先輩から聞いたけれど、やっぱりそれは、本当らしいとは思う。それをまざまざと実感した。本当に早かった、この3年間。

「特に最後の1年なんてな」

自分はこの3年間で、近づけたのだろうか。少しだけ、少しだけでも、光に、近づけたのだろうか。目指すものに。

――― はい。」

ぎゅっと藤代は拳を握る。それは、去年も引退した先輩たちに聞いた言葉だった。そのときも、決心をした。けれど今のは、この1年、近いところにいた人の言葉だった。努力しているのを見てきた、憧れの人のことば。それを受けて、自分に、強く誓う。
自分もこの人のように、全力で駆け抜けてみせる。少しでも、近づけるように。

「よし。んじゃ、戻んぞ」
「え?」

言われた言葉に、誘われた言葉に、藤代はきょとんとした表情を見せる。そんな藤代を気にせずに、芝を払うようにポンポンと服を叩いては歩き出した。

「あ!ちょ、待ってくださいよ!」
「はーやくしろって。どっかの保護者が探しに来るぜ」

振り返って小さく笑う姿に、藤代も慌てて立ち上がり、芝を払いながらの後を追う。すっかり切り替わった雰囲気に、藤代はなんとなく、先輩らしいなと思う。

「みんなまだお前らの部屋にいんの?」
「じゃないッスか?新しいゲーム始めてたし」
「ふーん。じゃ、この後対戦な」

またこんなとこまでゲーム持ってきてんのかよ とは思いつつも、それはもう当たり前のようになっていることで、大した違和感はなかった。武蔵森はもともと寮生活なのだから、今更泊まりということにはしゃぐということもない。

「えー。先輩弱いんスもん」
「うっせぇな、近藤よりは強いっての!」
「でも俺に勝ってないじゃないッスかー」

へへと嬉しそうに笑う藤代に、ぎろっとが目を向ける。別に、俺はそこまで弱くない。この前ゲーセンでやってたら、結構いいところまでいったし、そう、こいつが無駄に強いんだ。そうやって自分で自己完結して、けれど自分が負けず嫌いなのは自身ももちろんわかっているから、諦めるという選択肢はない。

「今日こそ勝ってやる」
「俺だって負けませんよ!」

そんないつもどおりの会話をしながら藤代の部屋に行ってみれば、予想通り盛り上がっているメンバーと、戻ってきたか と笑う我らがキャプテンがいた。そんな光景に、なんて俺たちらしいんだろ と、つい笑ってしまった。







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