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To Shine
夢に近い場所で
後ろから流れてくるボールに、藤代が頭で合わせる。バーの少し下の位置にとんだそのボールは、しかしキーパーのセーブにあってコーナーキックへと替わる。 「ッくっそ!」 藤代が悔しそうに眉を寄せてから、顔を時計へと向けた。残りは、あと10分と少し。ぎゅっと手を握ると、夏の陽気に掌も汗で濡れていたけれど、そんなこと少しだって構わない。何よりも欲しいのは、――― 追いつくための、1点だった。 「・・って・・!」 「、先輩!」 相手FWとの1対1からボールを奪い、それをロングフィードしたところで、ガクンとの膝が落ちた。それを見た笠井が声を上げてのもとへと駆け寄る。その様子に気づいたように、レフリーが笛を鳴らしてプレーを中断させた。 「先輩!!」 「!」 審判の笛によって状況に気づいた武蔵森のメンバーたちものところへ走り寄る。それと同時に、ベンチもにわかに騒がしくなった。両ベンチの中間にある本部でも、いざというときのために担架要員が準備を始める。 「大丈夫か?」 「っ・・あぁ」 先ほど1対1となっていた、相手チームのFWの廣田がに声をかける。嫌味などではないそれに、も答える。廣田にとって、そして相手チームにとって、の存在が大きな壁となっていることは、この試合を見ていれば十分にわかる事実だった。 武蔵森の守備の要。それは名実ともに明らかなもので、U−15最高のDFといわれるの名前は、この全国では特に、誰もが知るところだった。味方にいるには、これ以上なく頼れる選手。それは同時に、敵にいられるととても嫌な選手ということでもある。実際に、この試合ではチームのエースストライカーの廣田のマークについて、これまで全国大会で毎試合得点を重ねている廣田をことごとく防いでいた。 けれど、この場にいるのは、サッカーが大好きなサッカー少年たち。引退がかかっている、今までの全てを出し切るためのこの戦いで、勝ちたいと思うのは当たり前のことだけれど、全国というこの舞台で、強い選手と戦いたいという気持ちは、確かにある。が敵であることには間違いがないのに、まだ戦いたい と強く思う自分がいることに、廣田は軽く苦笑を浮かべた。 「どーした!?」 「攣った」 武蔵森メンバーからかけられた言葉に、が痛みをこらえるように眉を寄せながら簡潔に返す。その返答に、近くにいた近藤がの右足を伸ばした。攣ったときの、一般的な対応法だ。 「ッつー・・」 「担架!」 の様子を見て、レフリーが担架を呼ぶ。その声に、備えられていた担架要員が担架を手にピッチ内へと走ってくるのを目の端に捉えながら、は引き攣っている自分の足に小さく舌打ちをした。けれど今、足が動かないのは確かなことで、しかも負けている今、こうやって時間を潰すわけにはいかないと、ひとまず、はピッチから運び出された。 「先輩が攣るって・・・」 「あの廣田のマークについてっからな」 藤代が担架を見送りながらポツリと呟く。が攣るというのは、とても珍しいことだった。けれど三上の言うとおり、運動量の多い廣田のマークにつきながら、センターバックの役割を両立させようとすれば、足に支障が生じたのは致し方ないともいえることだった。 そのが抜けたということはつまり、が足を攣らせただけの運動量分を補わなければいけないということで、それはこの天気のもと、ただでさえ疲労が困憊している体では、至難の業だ。 「武蔵森、試合を再開するよ」 「はい」 固まっていた武蔵森に、レフリーから声がかかる。この間に水を補給していた相手チームも自分のポジションへと戻っており、がロングフィードをした続きの、相手チームからのスローインのために相手チームの1人がボールを手にする。 「・・・・・・先輩は、きっと戻ってきます」 みんながレフリーの声に従いポジションに戻ろうとする中で、ポツリと笠井が呟いた。それは大きな声ではなかったけれど、何故かしっかりと聞こえて、メンバーたちが笠井を振り返る。 「絶対、戻ってきます」 もう一度、確信しているかのように、笠井が強い瞳で言う。その様子に、自然とお互いに目を合わせたメンバーの口元が緩んだ。 「・・だな。」 「ま、怒鳴られちゃたまんねーし」 「俺たちがしっかり抑えとくか!」 口々に、発せられる言葉と浮かぶ笑顔。体は思いけれど、再度きちんと全員の意思を同じくして、メンバーがポジションに着いた。 「どうだ、」 「ッ・・平気、っす」 軽く言葉を交わしながら、コーチが足を伸ばす。いつもしっかりしているその足は震えていて、筋肉も硬くなっている。それだけで、「いつも」をよく知っているコーチには、運動量の多さを示すには充分すぎた。これ以上やるのは、大きな怪我に繋がる可能性がある。それを止めるのは、指導者の役割のひとつだとコーチは思う。けれど。 「・・・・・・できるか?」 コーチの言葉に、は目を丸くした。もちろん自分としては出るつもりでいるけれど、選手の体をしっかりと考えてくれるこの人は、きっと止めるだろうと思っていたからだ。 コーチは、まっすぐとの目を見る。危険があるというのはわかっている。けれど、悔いを残させたくないと思った。3年間見てきたからこそ解る。どれだけ練習を積んできたか、どれだけ武蔵森好きか、このチームで最後となるこの大会に、どれだけ懸けているか。自分のこの目で、見てきたのだ。指導者としては褒められはしないかもしれないけれど、それでも、最後までやらせてあげたいと、そう思う。 そんな気持ちが伝わってきて、は口を一文字に結んだ。こうやって自分を支えてくれる人がいるからここまでこれたんだと、改めて、強く実感した。 「・・・どうする」 ベンチからやってきた桐原が、を見て声をかける。けれど、もう桐原にはどんな答えが返ってくるか、わかっているようだった。呆れたような、苦笑のような、納得したような、そんな表情を浮かべる桐原に、は笑顔を浮かべる。 「――― やります!」 自分は、良い人ばかりに恵まれた と、思った。 |