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To Shine
夢に近い場所で
「レフリー!」 桐原がかけた声に、レフリーが振り返った。ピッチを出た選手は、レフリーが認めなければピッチには戻れない。桐原の隣にいるの姿を認め、レフリーが入って良いという動作をする。それを認めてから、がピッチに戻った。 「先輩!」 がピッチに戻ったことで、それまでの分までカバーをしていた武蔵森メンバーに笑顔が浮かぶ。相手チームのメンバーも1つ気合を入れなおした。自分たちの出せる全ての力で、自分たちのチームの最高の状態で、相手の全ての力を前に、相手も自分たちも悔いの無い試合を。引退を間近に控えているからこそ、相手も同じ心境だとわかるからこそ、その思いは、両チームとも同じだった。 「悪かったな、俺の分まで働かせて」 がにっと笑った。先ほどまで攣っていた足が、すぐによくなんてことはない。まだ動きは鈍いし痛みもある。もう一方の足だって、当然のように万全の状態ではない。けれど、何故だかそれはどこか自分のことではないような気がした。アドレナリンが大量分泌されてるのかな、なんて少し思う。ひとまずは、あと10分でいい。10分もってくれるなら、その後はどうなってもいいから、頼むから、あと10分、全力でやらせてくれ、なんて自分の足に思う。 「絶対、抜かせない」 そう、この10分に、全てを懸ける。 がピッチに戻ったことにより、廣田のマークと、センターバックのDF統制の分のメンバーの負担が軽くなると、武蔵森は攻めあがった。1点差でも10点差でも、トーナメントでは関係ない。負けてしまったら、それで終わりだ。そのために、武蔵森は前がかりになっていた。が戻ってから、もうずっと相手チームの陣内でボールを持っている。けれどあと一歩のところで、点が入らない。そんな中、攻める武蔵森のボールが相手に奪われた。 「カウンター!」 「ッ戻れ!!」 それまで自陣に釘付けになって守備をしていた相手チームが、一気に駆け上がった。 ボールは前線でただ1人残っていた廣田へと繋り、武蔵森もそれを止めるために自陣へと戻る。もちろん、この炎天下の中で60分近く走り続けたために相手のスピードは落ちているけれど、攻め続けている武蔵森のメンバーの体力も、同等に、もしくはそれ以上にすり減っていた。 「――― ッ!」 「わかってる!!」 誰だか確認している暇はなかったけれど、確かに自分を呼んだ名前には返事を返した。思った以上に体にきている暑さは、同時に思考能力も低下させている。けれど、何が言いたいのかなんてわかっている。ここは、止めなくてはならないところだ。 「笠井、右!大森、11マーク!」 視界に駆け上がってくる相手チームの姿を入れて、味方に声をかける。体はキツいし、体力だってギリギリだし、足だってやはり思うようには動かない。けれど1−0で負けている残り5分という場面で、今、1点を入れられることはそのまま負けに繋がる。ドリブルで駆け上がってきた廣田を前にして、待ち受けるようにふっとが体を沈める。足が攣ってから最初の廣田とのマッチアップ。 足が攣って、なんて言い訳にならない。体が動かなくて、なんて言い訳にもしたくない。 何が何でも、守りきる。 |