To Shine
夢に近い場所で






ピピ、と笛が吹かれた。その音に選手がプレーを止めれば、センターサークルの辺りで座っている選手が1人。その選手のユニフォームは青で、相手の中盤の1人だった。 相手チームで、近くにいた2・3人が彼のもとに集まる。だが彼らはすぐに散って、この時計が止まっている時間に水を飲むためにピッチサイドへと向かっていく。残り時間が少ないこの状況で、負けている武蔵森としては気持ちが焦れるところだけれど、この時間なら審判もロスタイムはとるだろうと思いながらがその様子を見ていると、ポン、と廣田がの肩を叩いた。

「ほい、水。」
「サンキュ。・・大丈夫なのか、あいつ」

渡されたボトルを受け取って、口に含む。じわりと染みこんでいくような感覚に、やはり相当この暑さにやられているのだと改めて感じた。この分じゃ、相当体重が落ちてそうだな と、どこかでぼんやりと思う。

「あー、なんか鼻血らしいから、大丈夫だろ」

廣田の言葉に再度彼を見れば、確かに上を向いて顔を抑えている。あぁなるほど、と納得しながら、がボトルをピッチから出した。廣田から渡されたボトルは相手チームのものだったけれど、それもまぁ、今更だろう。

「誰かと接触でもした?」
「ヘディングで競ったっぽい」

同じようにボトルをピッチサイドに投げて、廣田が言う。出血しているときは、選手は止血をしないと試合には出られない。そのため彼は上を向きながらいったんピッチを出た。

「お前もさ、化けモンだよな。」

それを何となく見送っていたは、廣田の言葉に振り向いた。向き合った顔に、廣田はニッと笑う。足が攣るということは、サッカーをやっていれば、経験のある選手も多いだろう。廣田も、何度か攣ったことがあるため、その痛みは知っている。時間が経てばその痛みは治るけれど、そこまで溜まった疲労が消えてなくなるわけではない。それでもはこうしてまだピッチにいて、自分とマッチアップをしていて、そして自分はまだ彼を抜けていない。FWとして、どうしても抜いてやろうと思う。相手チームとして、絶対に勝ってやろうと思う。そんな気持ちと同時に、廣田は同じサッカー選手として、同じ何かを感じていた。

「なぁ、サッカー、好きか?」

廣田が、笑う。その質問に、1つ瞬きをしたは、その後で笑って見せた。質問、とは言わないかもしれない。聞いた廣田にしたって、答えなど、十二分にわかっている。

「あぁ。」

満面の笑みで頷いて、はその場から離れていく。まだ出血した彼はピッチの外で治療を受けているが、レフリーの笛で試合が再開されようとしていた。

「・・・だよなぁ」

やっぱり というように笑って呟いて、廣田はくい、とユニフォームの袖で額の汗をぬぐった。

蹴りだされたボールを追いながら、は思う。そう、そんなの今更なことだ。自分が立っているこの場の凄さは、ちゃんと理解している。好きじゃなかったら、こんなところまで来れなかった。ただがむしゃらに練習してきて、改めて問いかけたことなんてなかったけれど、さっきの質問に対する答えは、1つしか浮かばなかったのだ。

「サッカー、好きか?」

ふわりとが笑う。体はキツいのに、けれど自然と笑みがこぼれる。

「好きだよ。俺、サッカーが好きだ」

こんなにキツいのに、体だってガタガタなのに、チームだって、勝ってるわけじゃないのに。それなのに、俺は今、このチームで、ここでサッカーできることが、嬉しくてしょうがない。







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