To Shine
武蔵森 VS 桜上水






青空に響く笛が鳴らされてから15分。会場にいる観衆のほぼ全員が予想したように、試合は武蔵森が圧倒的な力の差を見せていた。前半15分のこの時点で、スコアは2−0。そして、誰もが3点目と思った藤代のシュート。けれど、それをクリアーしたのはFWの風祭だった。

「今はみんなで守ってみんなで攻撃するんだ!!」

風祭の言葉に、桜上水の士気が高まったのを感じて、コーナーキックのために相手ゴールへとあがるチームメイトを尻目に、やっぱもったいなかったよなぁ とは1人ごちる。ムードメイクというものは、センスであり、立派な能力の1つだ。鍛錬して身に付くというものでもないし、誰もが持っているものではない。そしてきっと、風祭の才能は、武蔵森にいてはあそこまで輝かなかった。それならば、あいつはいい選択をしたんだな とは素直に感じた。
その間に、武蔵森のDFもコーナーキックに合わせて前線に上がった。は、ハーフライン周辺に残る。DFとはいえ、点を入れるのももちろん好きだし、打ちたいという気持ちだってある。
背も高く、1対1にも強いは、それこそセットプレーでも重要な存在になることはできる。けれど、それ以前に武蔵森のセンターバックであるが残っていれば、カウンターの対応への不安要素を少なくできる、ということと結びつくだけに、どうしても点を取らなければいけないという切羽詰った展開でもない場合は、カウンター対応になるのはだった。
三上がコーナーを蹴る。11番の辰巳がそらしたボールで、9番藤代がシュートを打つ。けれど、風祭がクリアーして、続いて打った近藤のシュートも、風祭の外のポストに当たる。
まるで、武蔵森が何を狙っているのか、知っているかのように。
少し考えて、それもそうか とは納得した。風祭が3軍の仕事である ――― これだって、もともと3軍の仕事と決まっているわけではないというのに2軍はどうも憂さ晴らしをしたいらしく ――― ボール磨きをしながら、1軍の練習を見ていたことは知っていた。きっと、武蔵森のセットプレーなんかもしっかりと研究していたんだろう。それだったら、何をしたいかなんてバレて当たり前だ。そう思って、はゴール周辺へと視線を向ける。桜上水は全員が引いてゴールを守っている。疲労度合いで言えば、たとえ桜上水がボールをとったとしたって対応には十分の余裕がある。そう考えて、はするするとハーフウェイラインからミドルレンジへと移動した。

「・・・・・あれいくぞ」

そのの姿を見止めた三上は、近藤に一言言って、コーナーにボールを置く。今まで直接ゴール前にしかあげていない武蔵森に対して、桜上水は全員がゴール前でマンマークの状態を作っていた。それを確認してから、三上がコーナーからボールを蹴り出す。ゴール前へのセンタリングではなく       ミドルレンジにつめている、フリーのへと。

「なっ・・」
「ショートコーナー!?」

突然のショートコーナーに慌てる桜上水をよそに、ほぼフリーな状態ではゴール前へとセンタリングを上げた。があげたそのボールは、マークの人間が慌てているうちにしっかりとフリーになっていた藤代へと収まった。そのボールを胸でトラップした藤代が蹴り、笠井が蹴り       武蔵森は攻めに攻めるが、桜上水もことごとく体をはる。そうして、浮き球に対して辰巳と風祭がヘディングで競ったそのボールは、桜上水のキーパーであるシゲの手に収まった。




ところで、サッカーが面白いと言われる理由の1つに、どれだけ差があったとしても、たった1本のパスがによって試合が変わる可能性があるということがある。そう、たとえば、このパスのように。

「間宮!!」

パスが通ったということに驚きながらも、聞こえた声にハッとして、間宮は少し先に走り出していた水野を追いかける。水野が囲まれた中で振り向きざまに      苦し紛れのように蹴ったボールは、まるで始めから打ち合わせしてあったかのように風祭へと繋がった。そのパスで、風祭はゴールキーパーと1対1になる。けれども、武蔵森のキーパーである渋沢は伊達に年代トップといわれているわけではない。しっかりとシュートコースを塞がれた風祭は、ゴール前へと駆け上がってきた水野を目に入れて彼へとパスを送った。
キーパーがいない無人のゴール目前でボールを受けた水野に、ファウルをしてでも止めるところだと判断した間宮が、後ろからスライディングを入れた。それによって倒れた水野に対して、後ろからであり、ボールではなく水野の足にスパイクがいったことで、間宮は警告をもらい、桜上水のフリーキック。そのために自陣に戻ってくる武蔵森の中で、がポン、と間宮の肩を叩いた。

「よく止めた」

の言葉に、間宮が頷く。けれど、ペナルティエリアぎりぎり、ゴールのほぼ正面といういい位置でのフリーキック。水野のキックがいいということがわかった今となっては、桜上水にとってのゴールチャンスだということに代わりはない。そう思う間宮に、はもう一度肩を叩いて笑う。

「渋沢が、とめてくれるよ。」

うちの守護神が。あの、頼りになるキャプテンがさ と。




「渋沢、ナイスセーブ」
「あぁ、
「あー、ヤバいな、あれ。俺軽く鳥肌モンだったかも。」

前半終了の笛がなった。トントンとフィールドからの階段を降りて、両チームがロッカールームへと戻る。リベリーノの伝説の壁抜きシュートと同じことをやってのけた桜上水は、けれど渋沢に止められて、結局、前半終了して2−0というスコアだった。“強豪武蔵森と弱小桜上水”とされていたゲームとしては、明らかに少ない点差であることに違いはない。

「後半あと4点は追加したいね」

後ろから聞こえた声に、先頭のほうを歩いていたと渋沢が目線だけ振り返る。そうすればニヤリと笑う三上と、その向こうにあからさまに落ち込んでいる桜上水が目に入って、はぁ と渋沢とは息を吐いた。

「あからさますぎ。」
「このほうが効果はあんだよ」

これも1つのテクニックだ。平然とそう言ってのける三上の言うことは間違っていないし、も渋沢も、それはそうだとは思う。武蔵森は勝たなければいけないチームだ。そんな中でやってきたことに違いはないのだから、だからこそ、止めはしない。けれども、思い当たることに、がへぇ とつぶやいた。


「なるほどね」
「あ?」
「桜上水への評価、上がってるんだ」

が言ったその言葉に少し目を見開いてから、不機嫌そうにチッと舌打ちをする三上に、渋沢とが笑う。
まだまだ、試合は半分が終わったばかり。







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