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To Shine
武蔵森 VS 桜上水
武蔵森のロッカールームでは、ハーフタイムのミーティングが行われていた。桐原が、桜上水に対しての戦い方に対して檄を飛ばす。いつものことだと言ってしまえばそれまでだけれど、いつにも増して過剰なそれに何か理由でもあるのだろうかと ―― 後々にそれはわかることになる ―― は思う。いつもならば念頭に入れるだろう渋沢の言葉にも軽く返して、ミーティングを終え桐原がロッカールームを出て行くと、途端にざわめく武蔵森メンバーの中で、隣にいた渋沢とのもとへ藤代がよってくる。 「桜上水、後半どう来ますかね」 「いずれにしろ、油断は禁物だな」 「随分楽しそうだな、藤代」 「あ、わかります?」 の言葉に、楽しい と顔からわかる笑顔を浮かべて藤代が返す。そんな後輩の姿に、渋沢とは視線を交えながら笑った。俺も楽しいからな と笑うに、ますます気合が入ったかのように、俺、点決めますよー と藤代が言う。これから、後半30分が始まろうとしていた。 前半と代わって、桜上水のキックオフで始まった後半。あきらかに、桜上水の動きは変わっていた。森長が奪ったボールが、水野へと繋がる。そして、水野から高井へ。高井がうったシュートは、武蔵森のDFの頭でクリアーされる。そのボールはそのまま左へと飛んでいき、サイドラインを割るかと思われた ――― が。高井は走ることをやめずに追いかけた。そのボールを。仲間の気持ちを。 その様子に、も中央からフォローに回る。高井に付いていたDFは、今の位置からでは高井に追いつくのはムリだろう。そう判断して、は一気に足を速めた。ボールは目の前にあり、また、高井も目の前。それでもボールには追いつかないと思ったは、ボールへと飛び込んだ高井のユニフォームを掴み、引き寄せた。当然、高井のバランスが崩れる。そのせいで、高井が上げたボールは風祭が待っていたゴール前から随分と後方へとあがった。は高井同様に滑っていた身体を急いで起こし、顔を上げる。 ゴール前では、すでに渋沢と風祭が1対1になっていた。その状況を目にして、の思考はすぐに切り替わる。 この距離だと、風祭のシュートを防ぎに行っても間に合わない。きっと渋沢は止めてくれる。なら、渋沢が止めたボールを、前線へ送りカウンターを仕掛けるのが一番だ。そのために、俺がすべきことは。 そこまでを一瞬のうちに、ほぼ反射のように考えて、は強くスパイクで踏み込んで、立ち上がりゴール前へと走り出した。風祭が、ゴール右上ぎりぎりの、絶妙のコースにシュートを放つ。そのボールは。 「はじいた!?」 「なんだあのGK、フツウじゃねぇ!」 左へと飛んだ渋沢の、会場にどよめきが生まれるほどの左手のセービングでに止められて、のほうへと転がって ――― 風祭のシュートは、武蔵森のボールへと切り替わった。 「ナイスキー渋沢!」 そのボールを、はしっかりと足元で受け取った。ボールを足元に収めるのとほぼ同時にが視線を上げる。カウンターだ、と水野が叫ぶのと耳にしながら、はゴールへと走り出している攻撃陣を目にとめて右足を引いた。 「上がれ!!」 そのまま、キック力のあるの右足から出されたロングボールは、ハーフラインを越えて三上へと繋がった。 その攻撃は狙い通りにカウンターとなり、さらに桜上水の逆カウンターとなった。間宮と競りながら水野があげたボールは、背の低い風祭を超えて渋沢の前へととんだ。風祭は体勢を崩し、転がるように倒れこむ。 そのボールをキャッチしようとした渋沢の直前で、転がった勢いであがった風祭の足で蹴られた ――― というよりは、当てられたシュートに、さすがに渋沢も間に合わず、ボールは武蔵森のゴールネットに突き刺さる。綺麗な得点ではない。技術からの得点でも、ない。言ってしまえば、執念のゴールだった。桐原も、チームを責めるよりも、風祭のゴールへの執念に呆れたように笑みを浮かべる。そうしてこのゴールは、もともと後半に入り高まっていた桜上水の士気を上げた。そして、それは同時に武蔵森メンバーの士気をもあげることとなる。 武蔵森も桜上水も、攻める。桜上水の1点を皮切りに、息を付く間もない攻防が続いた。そんな中で1つ、水野から風祭へとパスが通った。風祭は、センターバックのポジションにいると対面する。 この試合、初めての ――― いや、今までで初めての、マッチアップだった。風祭には、無意識のうちに力が入った。それもそうだ。武蔵森にいた1年間、ずっと憧れていたこの人と、今、勝負をしている。数ヶ月前までは考えられもしなかったことだ。キュ、と唇を閉めて、左足を踏み込んだ。クルリと足裏でボールを転がして、そして。 足の間にあるはずのボール。けれど、そこにあったのは伸びてきたの脚だった。それも一瞬で、すぐにボールは風祭のフェイントを読んでいたのもとへ引き寄せられる。そうしてそのまま蹴られたボールは、ゴール前のフリーの武蔵森DFの足元へ。 その一連の動作を前に、風祭は一瞬、試合だということも忘れてを見入ってしまった。やっぱり、先輩はすごい人だ。次の瞬間、そう思った自分にハッとして、彼は敵だということを自覚して、風祭はパンと自分の頬を叩いた。 一方、武蔵森のDFが持ったボールは、スピードに乗って走ってきた高井によって奪われた。ハッとしたDFは高井につききれず、まだペナルティエリア外にいる高井に、渋沢は前に出る。は万一のクリアーのためにゴールへと走った。 高井のうったループシュートは、前に出た渋沢の手に触れたことでコースが反れ、勢いも弱まった。しかし、それでもゴールになり得るには充分すぎるボール。もしここでこの1点が入れば、桜上水は同点になる。なお、ボールは止まらない。会場内のほぼ全員が、同点だ、と、そう思った。けれども、彼らのボールを追う視線の中に、影が映りこむ。 ――― 、だ。 「っ誰が、させ るか!」 響いたのは、ボールを蹴ったときのあの音。そして、重い、鈍い 音。 その音と同じくして、の身体が、どさっとグランドに落ちる。 「!!」 フィールドから、ベンチから、会場から、声が響いた。 |