To Shine
武蔵森 VS 桜上水






が地面に落ちた少し後に、ボールは、サイドラインにクリアーされ、桜上水のスローインとなった。DFの仕事である「ゴールを守る」ということをやり遂げたは、けれど横倒れになったままで右膝を抱えていた。そんなのもとに、武蔵森のメンバーが集まってくる。けれど、は動かずに ――― 動けずに、いた。

「・・っ・・・・」

横倒れになったの表情はしっかりとは見えないが、なんとか見える口元が、その膝が痛みを訴えていることを充分にわからせていた。その様子に、武蔵森は緊張を走らせる。が痛めただろう、右膝。昨年、スタメンの多くが怪我で戦線を離脱していた新人戦のとき、が長く痛めていたところも、右膝 だった。続いて、審判の許可を得たコーチたちがコート内ののところへと駆けてくる。ついで、担架を持って武蔵森のベンチのメンバーがコート内へと入る。は、そのまま、担架でベンチ側のコートサイドへと運ばれた。

の、左足でのクリアー。もともと利き足ではない左足での空中でのクリアーのために不安定だった体勢は、飛んだその勢いのままポストにあたり、咄嗟に受身は取ったものの身体を反転させるまでの時間はなく、そのまま身体の右側から、重力に従ってグランドへと落ちた。そして ――― 右膝を襲った、痛み。

「どうだ、

コーチの治療中に聞こえた声に、は右膝へと向けていた視線を上へと上げた。そうすれば、そこには監督、桐原の姿がある。いつものように、けれど少し眉を寄せている桐原に、はちらりと右膝を視線に入れてから、口を開く。

「・・大丈夫、です」
!」
「ちょっと、衝撃来ただけです。やれます」

治療を続けるコーチがかけた制止の声を遮るように、が言う。もちろん、前に痛めたところだということは自分でちゃんとわかっているし、言ってしまえば痛くないわけはない。けれど今は試合中だ。それに、この相手とはしっかりと戦いたいと、はそう思う。風祭に、楽しみにしてるといった手前もある。それになりより、自身、この試合がとても楽しいと感じていた。だからこその言葉に、桐原はそっと目を細めた。は、武蔵森の守備の要であるし、精神的な主柱の1人でもある。地区予選の1回戦で、無理をさせるわけにはいかない。

「・・・・交代だ」

少し考えるようにしてから言われた桐原の言葉に、はグッと拳を握る。たしかにこれが当たり前の対応なのだとはわかるけれど、それでも、試合に出たいという気持ちは決して小さくはない。

「・・・大丈夫です」
「やせ我慢をするな。悪化したらどうする」
「でも俺は!」
「お前をここで欠くわけにはいかない」

続けられた桐原の言葉に、は言葉を詰まらせた。そう、これはまだ、地区大会の1回戦だ。トーナメントはまだまだ続く。武蔵森は、全国を狙っているチームだ。ここで消えるわけにはいかない。それは武蔵森にとってはもちろんのこと、3年である自身にとっても、絶対にゆずれないことだ。そうは思うけれど、それでも、この試合を最後までやりたい自分がいるのも確かなことだった。


!」


ふと、コート内から響いた声に、は視線をずらす。試合は今、桜上水ゴールキックになっていた。シゲが、ペナルティエリアにボールをセットする。そんな中で、が治療を受けているコートサイドからは少し遠い場所の三上の声が、再度へと届いた。

「休んどけ」
「・・・・・・」

真っ直ぐな三上のその目を見て、はいろいろな意味をこめて、1つ息を吐いた。三上のあの様子では、自分が出ることを許しはしないな ということ。せっかく風祭たちと試合をしているというのに、残念だ ということ。それから、自分がここで無理に試合に出て、チームに迷惑をかけるわけにはいかない ということ。それらの気持ちをこめて。武蔵森というチームを、はきちんと信じていた。自分の仲間達は、しっかりと勝ってくれる。そういう確信は、あった。

ここで出ても、チームに与えるプラス影響は、ない。

それを思って、は三上に向かって頷いた。三上はそれを確認して、ボールへと意識を戻す。その様子を見て、桐原はベンチに戻り、アップをさせていたDFを呼び審判にメンバーチェンジを伝えた。はコーチの肩をかり、きちんとした治療を行うためにロッカー室へと移動した。



先輩!」
「っと」

試合終了後の監督のかけた集合の後で、ガバっと抱きついてきた藤代の衝撃に、は何歩かさがった。のほうが藤代よりも少し身長が高いとはいえ、なんの前触れもないままに衝撃を受けては、さすがに動かないとまではいかない。そんなを気にせずに、藤代は笑顔で続ける。

「見ました?俺、ちゃんと決めたッスよ!」
「おー見てた見てた。よくやったな」
「ありがとうございます!っていうか膝は!?」
「あぁ、平気。多分打撲。」

の言葉に、藤代だけでなく、周りでその様子をみていたメンバーもホッと胸を撫で下ろした。が武蔵森の要だということは、武蔵森のチーム全体としても自覚があった。そんな選手がここで怪我をするというのは、一番怖いことだ。とりあえず大事にはならないようなの様子に安堵の笑みを浮かべながら、武蔵森のメンバーがベンチにおいた荷物を持っていく。

「にしても、疲れたー」
「まさか1回戦でここまで手こずるとはなー」

口々に言いながら引き上げる武蔵森メンバーの最後尾で、渋沢が目の合った桜上水の香取に対して会釈をした。は、柔らかい笑みを浮かべてそれを見ていた。風祭は、今いいチームにいるようだ。これからきっと、急成長を遂げるような、チームに。武蔵森にいたときの風祭を思い出しながら、はよかったな、と小さくつぶやいた。

武蔵森対桜上水 3−2。

勝った武蔵森には、まだまだ、負けられない戦いが続く。 桜上水の、涙の分まで。







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