To Shine
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「っつーことで、だ」

教壇にたつ1人の生徒、が、思わせぶりに言葉を切った。かと思えば、白のチョークで書かれた文字が躍る黒板をダン、と叩く。

「体育祭の種目決めすんぞ!」

その言葉に一気に沸いた教室内で、はくるくるとペンを回した。なんというか、まさに男子校なノリってこういうのを言うんだろうなぁなんて暢気に思っていたを、おい と正面に座っていた三上が叩く。悪い悪い とが笑っているうちにも、教室では話が進んでいた。

「まぁ選抜リレーは陸上部とサッカー部だろうな」
「だろ。したら玉入れは野球部か」
「人数足りねぇだろ。バスケか・・あ、ソフトって手もあるんじゃね?」

妥協ではなく、勝てるメンバー構成をしようという話でまとまったこのクラスでは、次々にクラス内での出場種目が決まっていく。もともと、ほぼ別学の状態になっていて、部活動が盛んな武蔵森の男子は、こういった行事に対してとても熱い。さらに球技大会などとは違って、体育祭は女子と合同だということもあるのだろう。体育祭に向けての気合の入りようは半端なものではなかった。

「800はどうする?」
「あー・・これ1人だろ?、三上!」

少し考えるようにしてからかかった声に、選手振分けとは離れて、全員の50メートルのタイムと、そして何枚ものルーズリーフを前に机を挟んでいたと三上が顔を上げた。机の上のルーズリーフには、何種類もの全員リレーの順番案が書かれている。今回、これのために三上とは教室内の騒ぎから、言ってしまえば隔離されたような状態になっているのだ。

「お前らって800どっちが速ぇの?」
「800?」
「800ならお前じゃねぇの?」
「あーそうかも。俺。」

が三上の言葉に同意して片手を挙げる。簡単に決めているように見えるそれも、練習のフィットでやる400メートルの順位や、DFとMFいうポジションも加味した上での結論だ。そう、元来運動部で負けず嫌いなこの2人が、体育祭というこの行事に熱くなっていないわけはなかった。わかった、と言って黒板の800M(1名)という文字の下にと書かれるのを見ながら、は持っていたペンを置いて、黒板に視線をやる。

「俺ら、今何種目決定してんの?」
「三上は100メートルと選抜リレーと二人三脚と・・あと80メートルハードル」
が・・100と選抜と二人三脚と800な。あ、お前ら二人三脚ペアでいいだろ?」
「あーオッケ。つーか多くねぇ?」

告げられた種目数に、が息をつきながら言う。けれども顔はしっかりと笑っていて、それに返された、妥協は許されねぇよ という冗談交じりの本気の言葉に確かに と三上も笑う。そう、妥協など許されない。これは、武蔵森学園中等部での最後の熱い闘い、体育祭だ。

「これとこれで一回走ってみて、それからだな。」

ぺら と手に持った2枚のルーズリーフを見て三上が言う。短時間にしてはよく決めたといえるものだろう。それに頷いて、も三上から片方の順番案を受け取って再度確認する。最後の体育祭の、一番の目玉である全員リレーの順番決め。これを任されたからには、出来る限りで最高のものを作ると、そう決めた。
確かに高等部でも体育祭はあるし、全員リレーもある。けれども先輩の話では、高等部では文化祭がメインであって体育祭は中等部のころほど熱い行事ではないということだし、そもそも全員が持ち上がりで高等部に行くわけではなく、外部から入ってくるやつだって決して少なくない。今のこの学年のメンバーで体育祭をするのは、これが最後だ。

そんなことを考えてから、最近どうもセンチメンタルだよなぁ とは思う。サッカー部を引退してから、どうも、感傷的になることが多い。今まで生活の半分といっていいほどだったものがすっかりとなくなってしまったからだろうか。なにかに熱くなりたい、と思うのは。
戻りたい、なんて少しでも思ってしまうのは。

「そういや、」

思い出したように呟いた三上に、あーだめだ とため息をついていたが視線をやる。三上は手にあった、案14と書かれたルーズリーフをひらりと机に放ってから、の顔を見た。

「渋沢が、今日部活に顔出せるか っててよ」
「渋沢が?」

あぁ、と答える三上と同様、案22というルーズリーフを机に置いて、珍しいな、とは思う。引退してから、夏休みの間は何度か部活にも顔を出していたが、渋沢から誘われるのは初めてだった。どうも渋沢は代が変わった、ということを重く見ているようで、自分から新しい代になったサッカー部へ行こうとはしなかったのだ。とは言っても誘われれば結局行くのだし、3年間チームメイトだった自分達から見れば、行きたいのなんて手に取るようにわかるのだけれど。そんなの反応に、あぁ と納得するように笑って、三上は続ける。

「監督から言われたんだとよ。」

出てきて一回喝をいれろ、ってな。
そう言った三上の言葉に、え とは目を見開く。

「・・・・・・喝、ってつまり」
「ま、そういうことなんじゃねぇの?」

ニヤリ とお得意といわれる笑みを浮かべる三上に、だんだんとも同じように笑みを浮かべる。とは言っても、抑え切れない、というような笑みだ。だってそう、こんなこと、抑えきれる気さえしない。

「・・・・マジすか」
「マジだな」
「・・・それはアレだよな、まぁ先輩の務めっつーか」
「やっとかなきゃいけねぇとこだよなぁ」

お互いに、ニッと笑いながら言葉を続ける。喝をいれろ、とはつまりそういうことなのだろう。つまりは、試合で後輩を叩け、と、そういうこと。

「監督に言われたんじゃなー」
「断るっつーのも無理な話だし?」

2人の顔に浮かぶ笑みは、間違いなく、久々とも言えるくらいに楽しそうなものだった。なんてことはない、久々に、放課後は部室直行、という2年半続けてきた生活スタイルに戻れることが、堪えきれないくらいに嬉しかった。







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