To Shine
For YOU






「・・・え!?せ、先輩!?」

さも何のことだかわからないと言いたげな後輩達を前に、OBとなった3年生達はニヤリと笑う。その中で、学年を代表するうちの1人である司令塔が、お得意の笑みを浮かべて口を開いた。

「今日はどうぞお手柔らかに?」

それだけ告げて、三上はいつも使っていたのとは逆の ――― アウェイ側のベンチへと向かう。同じようにして、当日連絡にも関わらずずらりと揃った3年生たちもベンチへと踵を返した。それぞれの顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。一方で、ようやくOB対現役で試合をするということを呑み込んだ現役たちが、ざわりとざわめきだす。

「聞いてなかったッスよ、試合するなんてー」

前もって言ってくれたらもうちょっと気合入れたユニフォーム着てきたのに、と、着ているユニフォームを引っ張りながら藤代が言うのに対して、そこじゃないだろ と笠井が呆れたように返す。それを見ながら、は笑顔を浮かべた。相変わらずだな なんて思って、けれど感じるのは以前とはどことなく違う空気。

新しいキャプテンは、笠井だった。キャプテンの指名は3年がするというのが武蔵森の恒例なのだけれど、笠井 というのは満場一致の指名だった。そうしてそれを伝えてみれば、後輩達もなんとなく、わかっていたような雰囲気でそれを受け入れる。何の問題もなくすんだ代替わりに、けれど大役を授かった笠井の肩を、ぽんと叩いたのを覚えている。

そんなことを思い出して、それがまるでずっと前のことのようだと感じる自分に、は苦笑を浮かべる。時が過ぎるのはあっという間だというけれど、部活でサッカーをしていない、引退してからの1ヶ月程度が、こんなにも長く感じていたとは、正直自分でも驚くものだった。自分の中でどれだけサッカーが大きいのかが、否応なしに実感させられて、はいろいろな意味で苦笑する。


「なぁ、どーする?」
「どーすっかなぁ。ってか、上手くいってる気がすんだけど」

ぽんぽんとボールをリフティングしながら、3年生達は口を開いた。監督直々にご指名が来るのだから、チームがどんな酷いことになっているのかと思ってみれば、特に問題もなく、きちんと部としてなりたっているようだった。それならば監督の意図はなんなんだろうかと、そう思う。

「でもさ、喝入れろって言われたんだろ?」
「あぁ。話を聞く限り今のチームに大した問題はなさそうが・・」

桐原から今日についての連絡を受けた渋沢としても、特にチーム状況を詳しく聞いたわけでもなく、こうやって見てみると何をすればいいものかと思う。言葉通りに本気でやっていいのか、それとも、と。

「だからって監督だぜ?気ィ抜いた試合なんてさせねぇだろ」
「だろうな。じゃぁ問題っつーんじゃなくてなんかあるとかか?」

2年半の間監督と同じチームでやってきたからこそ言えるの言葉に、三上も続く。こうしてみると本当に意図はわからないのだけれど、だからといってそれを監督に聞きに言っても意味はないだろう。それこそ、今までの経験から十分わかっている。ちらりと桐原に視線を送ってみても、桐原は既に現役部員達に集合の号令を掛けたところで、3年生が円を組んで唸っているこの位置からは、部員に隠れてしまって、声すらも聞こえない。

「・・・まぁ、俺らはやりたいようにやりゃいいんじゃん?」

今考えてみたってわかんねぇだろうし と言いながら、が口を開く。それに対してみんなが一瞬、え というような表情を浮かべる中で、三上が確かに と笑った。

「俺らに言ったのが悪かったってことで」

実際、手ぇ抜いたサッカーなんてするつもりねぇしな、と言うその言葉に、他の部員達も共感を示すように笑い出す。一回そういう結論が出てしまえば、サッカーがやりたくて仕方がないサッカー少年達にあるのは、ただ試合がしたいと、サッカーがしたいという気持ちだけだった。

3年だけで、円陣を組んだ。そうやってふと、こんなことは初めてじゃないかとは思う。紅白戦は、学年別というよりも実力別でやっていたし、練習試合や公式戦になればもちろん1軍・レギュラーだけだ。今になって初体験か となんとなく笑ってから、っし、と声を出して渋沢に視線を向ける。それに答えるように笑ってから、渋沢が円陣の中心をみるように視線をずらした。

――― 勝つぞ!」

おぉ!と高らかに響いたその声は久しぶりなもので、とても気持ちがいいものだった。肩を解いてピッチに入って、三上と拳を打ち合って。「いつもどおり」のそれに、今は武蔵森の4番に戻ってもいいよな、なんて自分の中で完結して、はまた笑う。

ピピィ、というコーチの笛に、OB対現役戦が始まった。







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