To Shine
For YOU






藤代の足によって、止められていたボールがハーフウェイラインから動かされる。現役からのキックオフとなったゲームは、笛と同時に走り出した辰巳のボールタッチから始まった。辰巳はボールを同じくあがってきた中央の選手に預ける。些か緊張したような面持ちのその選手は、代替わりで新しくレギュラーに入った田原という選手だった。全国で活躍する、まだまだ遠い3年生の背中を見ていた、1年生。どこかぎこちない田原の様子に、先手必勝とばかりに三上がチェックに入る。それに対して一瞬止まった田原の動きに、三上はニヤリと笑った。ポン、といとも簡単に田原の足元からボールをはじき、彼がボールに触れるよりも先に、ボールを足元にいれた三上が走り出す。同じように、OBチームのFWも走り出した。
今の3年、渋沢たちの代では、FWは2年の藤代と辰巳の2人だった。そのため、今このOBチームで出ているFWはレギュラーだったわけではない。けれど他の学校で言えば、レギュラー、それもエースを任される実力は確実に持っている。三上たちレギュラー陣にとっても、3年間同じ部でやってきた彼らとの連携は、やりにくいものではなかった。OBチームが攻め上がる、そんな局面を、はハーフラインの後ろから見守る。何も、始めから前に上がる必要はない。それに ――― 新チームをしっかりと見ておきたいという気持ちもある。

先輩」

ふと、声に視線を移した。視線の端ではOBチームがゴールまで20mというところでのスローインを得ていたけれど、視線を向けずにはいられないほどの笑顔を浮かべている藤代に、いつもこいつは緊張感がないよなぁ なんて思いながら、は声を返す。

「どうしたんだよ、藤代」
「や、すっげー楽しいんスよ!」

こうやって、先輩たちと同じグランドに立てて と、藤代は笑顔をさらに明るくする。対戦相手としてではあるけれど、けれど確かに今、自分は3年生と同じグランドに立って、先輩たちとサッカーをしている。 それが楽しくて、嬉しくて仕方なかった。去年の自分はまだ1年で、3年生とも半年しか一緒にはやっていなかった。だからかもしれないけれど、ここまで寂しくはならなかったのになぁと、そう思いながらも、何よりも今のこの楽しさに、目の前のに、その嬉しすぎる安心感に笑う。

「ったく、お前もホントになぁ」
「何スかー」
「いーや、なんにも?」

相変わらず、といいかけて、けれどはそれを言うのを止めた。まだ1ヶ月そこそこ。藤代たちとサッカーをしなくなってから、まだ1ヶ月しかたっていないのに。交流が減ってから、1ヶ月しか経っていないのに。なのに、「相変わらず」の言葉を使うのには、抵抗があった。確かに、すんなりでかかった言葉ではなったのだけど、 ――――― と。どこかで、は疑問を感じた。どこでだろう。自分の考えに?藤代の言葉に?けれど、確実にどこかで。

「先輩?」
「ん?」
「どうかしたんスか?」
「あー・・いや、なんでも。」

首を傾げて不思議そうにする藤代に笑いかける。そうスか、と笑い返す藤代に、やっぱりこいつは単純だな、と思う。三上がこいつをからかう理由も、自分がからかう理由も、結局はそこなんだよな と。
そんな一方で、ピピ、と、前方で笛がなる。どうやら、さっきの攻撃がゴールキックになったようだった。確認するために自分の後ろ ――― 最終ラインを確認するに、ゴールキックのボールを取るために前へ行こうとした藤代が、あ、と思いついたように声をかけた。

「先輩!」
「んー?」

線審の位置を視界に入れてから、は声をかけてきた藤代に視線を向ける。そうすれば、藤代は、ニッと、ただの単純な中学生ではない顔で笑った。

「俺、先輩を抜きますから」

まるで挑戦するような眼差しで、そう言い切った。それを真正面から受けて、少し、へぇ、と思う。自分の後輩、それもきっと、一番近い後輩の1人であろう藤代。その眼に、少しだけ以前とは違うものを感じて、あぁ、これも先輩の宿命、ってやつか、なんて思う。

――― 出来るもんなら」

やってみろよ、とが笑った。藤代にとって、その笑顔はどうしたって、いつも自分の後ろにいてくれた、憧れの先輩のものに違いなかった。後ろにいてくれたからこそ思いっきりプレーできた、その先輩に本気で挑む立場になったことが酷く寂しい。けれどそれに笑い返して、渋沢ではない、新しいキーパーの蹴ったボールに向う。

すごく、とてもとても強く思う。もしかしたらこんなには初めてかもしれないくらいに、強く。
先輩たちに、勝ちたい。







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