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To Shine
For YOU
蹴り上げられたボールを見上げる。そうして今、やっと気づいた。この空は、秋晴れの、秋の、空だと。もう、夏の空では、なくなっているんだと。そんなことを今更に実感しながら、は近くにいる、どこかぼうっとした様子の藤代に声をかけた。 「藤代?」 その声にはっとして、藤代は正面からかかった声の主に目を向ける。そこにいるのが敵DFとしてマッチアップしているだと気づいて、え、と藤代が声を上げれば、はぁ、とは溜め息をついた。あぁ、そういえばこんな光景も久しぶりだと、そんな気がする。 「どーしたんだよ、お前。いつになく集中してねぇな」 「や、違うんスよ。んー・・・なんか、・・・うん」 「・・・・あーもう、はっきり話せ、はっきり」 何を言いたいのかわかんないっての、と呆れたようにが言えば、俺にもわかんないんスよねー、と、あっけらかんと藤代が答える。そんな藤代にはもう慣れているせいか、まぁいいけど、と溜め息を1つこぼしながらそれを流して、それから、はふと表情を変えて藤代に視線をやる ――― それは、今まで藤代が見てきた、“頼れる先輩”とは、違うものだった。 「そんな集中力で、俺たちに勝てると思ってる?」 真っ直ぐに自分に向けられるその瞳に、藤代は、がまるで、初めてみる人のような気が、した。いままで2年間、一緒にやってきた人なのに。追ってきた人なのに。初めてみたような、そんな気さえ。 「それで俺に勝てると、思ってんのか?」 口の端をあげて紡ぎだされる言葉は、けれど確かに自分に向けられている。それが、どこか怖いような気がした。けれど、一方で ――― 嬉しいと、そう叫ぶ自分がいた。今自分は、後輩じゃなくて、相手FWとして、認識してもらえたんだ、と。それが嬉しくて、自分の中から湧き上がってくる気持ちを、抑えられない。 「 ――― まさか!」 笑って言い切る藤代に、は内心で頬を緩める。言ったでしょ、俺 と言うその顔は、さっき何かあったのかと思って声をかけたものよりも、確実に、いいFWの表情をしていた。そのことにどこか安心している自分は、まだ後輩離れできていないのかもな、なんて、軽く思う。 「俺は、先輩に、勝ちます」 そう言って、自分の中で、溜まっていた靄が晴れるのを藤代は感じた。 先輩に勝ちたいと、思っていた。ずっと、俺たちの後ろで支えてくれてた先輩に。俺たちの上で、いつも武蔵森のためを思っていた先輩に。遠い遠い、まるで届かないところにいるような、先輩に。けれど、それはもっと単純なことだったんだと、今、気づいた。 ただ、勝ちたかったんだ。 後輩として、先輩に、じゃない。 1人のFWとして、俺が誰よりも認める、という1人のDFに。 2度目の ―― というよりも、本当の意味での宣言をして、晴れ晴れとした顔で笑う藤代に、は笑みを浮かべる。藤代は、単純だと改めて思う。何て言えば何て返ってくるか、2年も一緒にいればよくわかる。けれど藤代のそれは、直向さは、真っ直ぐさは、大変な武器だと、知っていた。だからこそ、こんなところで、つまずいて欲しくないと、思う。後輩として。次代の武蔵森のキーマンとして。好敵手として。 「まだまだ、勝たせねぇよ」 言った声は、きっと、僅かながら弾んでいるのだろうと感じた。 「・・・誠二のやつ・・」 「前半より、飛ばしてますよね」 今藤代が追いかけている、そのボールを前線に出した笠井が呟く。そうすれば、同じように感じていたのか、昨年までの笠井のポジションに入った1年生も、同意の意を示した。そうして藤代の前に、が立ちはだかるのを見て、笠井は目を細くする。藤代が燃えているだろう理由なんて、聞かなくてもわかっていた。 「・・先輩と当たれるのは、しばらくないからね」 言った言葉は自分にもズシンと響いて、それを振り払うように息をついた。もし、俺が誠二のポジションだったら、ああして直接的に先輩と勝負が出来るのに、と。DFでなければ思わなかっただろうことはわかっているのに、DFとして勝負しなければ、意味なんてないのに。それでもそう思ってしまうのは、やはり、それだけ先輩という人物が、自分の根本に根付いているのだと思う。 けれど、今日はそれではいけない。 何となく、気づいては、いた。前半からあった、後半に入ってからは特に如実に現れたそれ。武蔵森サッカー部としての責任を負っていたときとは、少しだけ、けれど知っているものにとっては大きく違う、そのプレー。きっと、わからせようとしてるのだろうと、笠井は思う。それを思って、自然と顔には笑みが浮かんだ。喜びといえるものではない。全てが嬉しさから来るものでもない。けれどどうしようもなく悲しいわけでも寂しいわけでも、辛いわけでもない。あえて言うならば、あぁ、やっぱり、という気持ちが強いんだろう。 もう、先輩たちは、武蔵森サッカー部の最上級生じゃ、ない。 |