To Shine
For YOU






「あーもう、くっそー!」
「・・お前な、もうちょい落ち着けって」

その大きい体中から悔しさをにじませる藤代に、は苦笑して言いながら、ほら、とドリンクの入ったボトルを渡す。その姿は、試合中、FWとDFとして向き合ったものとは、また違うものだ。試合終了の笛の鳴った後、最後の集合は、OBチームも現役チームも混ざって行われた。2−0でOBチームの勝利という結果で終わったこの試合は、けれど現役チームにとって、この試合が10−0で勝つことよりも意味があることを、現役チームの面々も、そしてなにより、桐原が一番わかっていた。

「3年、ご苦労だった」

いろいろな意味を込めてのこの言葉に、3年生は明るい顔をしながら、それぞれに返事の言葉を口にする。実際のところ、サッカーがしたかったのは自分達だって同じだったのだし、それに、今まで一緒にやってきた、なんだかんだで結局は可愛い弟分たちには、出来るだけ多くのものを引き継がせていきたいと思う気持ちがもちろんある。だからこそ、むしろ、この桐原の申し出は嬉しいこと以外の何物でもなかったのだ。そんな3年に、桐原は口元を上げてから、現役のメンバーへと顔を向ける。

「今日、3年に試合をしてもらった意味がわかったか」

その言葉によって起こった反応は、ほぼ3つだった。1つは、え、という顔をして、近くにいるものと顔を見合わせるというもの。1つは、その言葉に対して何となく思うところがあるような、そんな反応。そしてもう1つは、はい、と頷く、試合に出たメンバーを中心とするそれだった。その、大部分は漠然と、けれど感覚的にはわかっているような様子に、3年生は、3年同士で笑顔で顔を見合わせた。その集合の輪の全体の雰囲気に、桐原はよし、と声をかける。

もともと、これだけで、1軍から3軍まで分かれている部の全員がわかるとは思っていなかった。けれど、現役にも、3年にすらも何も伝えずに試合をしたにしては充分すぎると、桐原は自分の教え子たちが自分で考える力を持っていることにどことなく嬉しくなる。試合には出ず、3年とも交流のあまりなかったものたちも、このことに気づけたメンバーとサッカーをしていけば、少しずつ気づいていくだろう。

「現役チームは、今日思ったことを忘れるな。そして、受け継いだものを大切にするように。3年は、このサッカー部で学んだことを高等部でも生かすよう心がけろ」

続いて、解散 と、いつものように、馴染み深く言われたその言葉に、部員の何重にも重なった返事が響く。そうやってから、分かれて、現役のメンバーに話しられる3年たちの中で、も例外なく、声をかけられた。無遠慮に響く、無邪気なその声に。

先輩!」
「・・藤代、そんな大声出さなくても俺は逃げねぇぞ?」

集合の輪のほぼ反対側にいた藤代は、そう、まるで本当に犬のようにに駆け寄ってくる。そんな藤代に呆れたように、苦笑のように笑ってから、なんだよ、とが言葉をかけた。

「俺、今日は先輩を抜けませんでしたけど!」
「今日も、だろ。」

藤代の言葉に付け加えて、からかうようが言えば、あーもう、いーんスよ!と、藤代が必死の様子を見せた。それに少し驚いたようにしながら、は手にもっていたタオルを肩にかける。そうすれば、藤代は真っ直ぐに、いつも言われているように真っ直ぐすぎるその目で、の目を見た。

「でも、絶対先輩を抜きます」

真っ直ぐすぎるその目は、試合中のような、真剣なものだった。は、それを受けてから、こいつも成長したよなぁ、なんて思う。思えば初めてあった2年前は、確かに技術だって身体能力だって持ってはいたけれど、それでも精神的にはまだまだ子供で、こんなことを言えるようではなかったのに、と。 ――― それは確かにやら三上やら渋沢やら、そんな身近にいた、彼の憧れを奪っていった存在に所以するところなのだけれど。

「あぁ、いつでも受けてやるよ」

楽しそうに笑うに、藤代はいまから楽しみでしょうがないというように笑い返す。この人はまだ、自分が精一杯伸ばした手の届かないその先にいて、けれどその手を払おうとしているわけでもなく、触れてすらいないのに、その力に引き寄せられて足はどんどん前へと進む。どうにも表現できないけれど、けれどつまりは、そんな不思議な存在なのだ。

「俺、全国優勝して、最優秀選手になって高等部行きます!」
「でかくでたなー。まぁ、そうなったらなんか豪勢なもん奢ってやるよ」
「え、マジ!?絶対ッスよー!」

の言葉にパァっと目を輝かせて、嬉しそうに笑った藤代が、に抱きつこうとする。けれどその前に藤代はぐえ、と情けない声を上げて動きを止められた。

「なにやってんの、誠二」
「笠井もだんだん容赦がなくなってきたな」

パ、と、ユニフォームの首の部分を引っ張って藤代を止めていた手を離して、誠二の後ろから出てきた笠井がを見る。そのことに対して驚くでもなく笑っているに、笠井は先輩、と声をかけた。

「俺、先輩を越えるくらいのDFになります」
「・・・笠井」
「それで、それをまた下のセンターバックに伝えます」

笑って言われる言葉に、わずかには目を見開く。藤代ならば驚くでもなく、まぁ藤代は好戦的だし、なんて思うけれど、笠井はFWの藤代よりも近くで接してきたのだし、自分のポジションを受け継いだ、ある意味特別な存在である。そんな笠井からの言葉は、笠井にポジションを渡したにとって、嬉しいもの以外の何者でもない。

「あぁ。がんばれよ」
「・・先輩も。誠二じゃないけど、俺たち、優勝して高等部に行きますから」

しばらく、高等部で待っててください、と言った笠井の顔は晴れやかなもので、ついつい、も同じようにして笑う。そうすれば、藤代もそうッスよ、と、無邪気に笑った。

「あ!三上先輩もッスからねー!」
「あ?」

比較的近くで辰巳と話をしていた三上に向かって叫ぶ藤代と、誠二、もうちょっと空気読みなよ と呆れたように言う笠井を見て、 は目を細める。これで、本当に、自分の中学サッカーは終わったな、なんて。
こいつらが核になってくれるなら、サッカー部は大丈夫だな、なんて、思いながら。







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