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To Shine
searches for the way
「それじゃぁ、これに今のところの希望でいいから、書いて提出すること」 教卓に立った担任がクラスに向かって言う声を耳にしながら、は今配られた用紙に目をやる。それには保護者印の欄もあって、つまりはこれのために一度家に帰らないといけない、ということだ。の場合、家はさほど遠くはないので特に面倒ということもないのだけれど、他の生徒たちはみんながみんなそうと言うわけではない。けれどそうも言っていられないのがこの用紙だった。担任が去った教室内では、当然のようにそれについての会話が交わされる。 「希望っつってもなぁ」 「外部受験ってどのくらいいんだ?」 三上とが最終的に打ち出した案39によって体育祭の全員リレーで1位になったこのクラスでは、その結果得た優勝の賞状が飾られている。そんなこの教室内で飛び交う会話の数は多い。先ほどのSHRで配られたこの用紙は、それは高等部に進学するか、外部受験をするか、それ以外かに丸をつけて提出という、謂う所の進路希望調査用紙だった。も例に漏れず、コレどうする、と三上の席の前に座りながら彼に問いかける。 「どうするも何もな。俺は高等部に行くつもりだし」 「だよなぁ。」 というよりは、それ以外に考えてない、と言ったほうが正しいかも知れないとは思う。基本的に、エスカレーター式の学校など、みんなそうだろう。大した問題もなく過ごしていればこのまま高等部にあがれるのだし、そもそもそのために私立の中高一貫に入る生徒も多いはずなのだ。 「去年の先輩で外部行った人いたか?」 「いや・・・1軍の先輩はみんな高等部じゃなかったっけ」 三上の言葉に、考えるようにしながらが言う。武蔵森中等部のサッカー部は、東京の強豪だ。そしてもちろん、高等部のサッカー部も、全国の中でも名の知れているチーム。それは強豪チームということで中学でも名前の通ったようなプレーヤーが集まるのと同時に、強豪である中等部のメンバーがそのまま上がっているためでもあった。中等部メンバーにとって高等部にあがる理由としては、同じく桐原が監督を務めているだとか、そのためにサッカーのスタイルも変わらないとか、そういった理由はもちろん大きいのだけれど、同時に一緒にやってきた仲間と、また一緒に戦うための唯一の場だということもとても大きい。 「高等部、なぁ・・・」 「・・・お前、他にどっかあるのか?」 用紙を見ながら、ポツリ、と呟いたに、三上が眉を寄せて怪訝そうに言う。それもそのはず、こういう話をしたことがないとはいえ、人一倍武蔵森に懸けているが、武蔵森ではない、他の学校へ行くなんてこと、三上には想像にすら難くて。そうすれば、は顔を上げて三上へと視線をやってから、そっちじゃなくて、と、ピラピラと紙を揺らした。 「もう高校かぁと思ってさ」 「・・あぁ、もう入学してから3年だからな」 その言葉に頷く三上に、な、と笑ってから、はふと窓の外へ目をやった。そうすれば、SHRが終わってしばらくしたグランドにサッカー部が集まり始めているのが見える。リフティングをしている藤代が目に入って、ふぅ、とは1つ息を吐いた。 自分自身も含め、周りには受験だとかなんだとか、そんな雰囲気はない。けれど、時間が過ぎていっているのは否応なしにも感じてしまう。それは部活を引退したことだとか、家に帰る回数が多くなったとか、放課後にこんなふうに教室で話していることだとか、そんな大きいことから小さいことまで、全て、全てに、だ。けれどそれでも、まだ少し前に入学したような気さえするのにと思いながらは無意識に、早いよな、と呟いた。三上はの視線を追って、同じく藤代に行き着いてから、ホントにな、と返して、パチン、と机の上においていたバッグの留め具を閉じた。もそれを見て、今座っている、三上の前の席 ―― 本来はの席 ―― の上においていたバッグに進路希望調査用紙をしまいこむ。 「も今日帰るんだろ?」 「そりゃな。三上もだろ?」 週末の今日配られた進路希望用紙の提出は、提出期限が再来週の水曜日となっていた。保護者印をもらわなければならないから、この週末か、来週末には、家に帰るなりなんなりして保護者と会わなければならない。とはいえ、来週末というのはこの週末にどうしても無理な生徒がいる場合を考えたもので、今週末に家に帰る生徒が大半だった。三上ともそのうちの2人である。 「なぁ、帰る前にバッティングセンターでも行かねぇ?」 「お、いーな。行くか?」 渋沢や根岸なんかも今日あたりに帰るんじゃねぇの、なんて話しながら、サッカー部を引退した2人はバッグを手に席を立つ。窓の外では、集合!という声が響いた。それが耳に届いて、つい顔がそちらに向いてしまうのは、今はまだ否めない。お互いにそれがわかって、しばらく見合ってから、やっぱフットサルにするか?なんて言葉が出てきたことに笑って、反応する体を押さえるようにくるりとドアに向かって踵を返した。 そして、思う。ずっと中学生のままだって、いいんだけどな、なんて。 |