To Shine
searches for the way






「ただいま」

ドアを開けながら、が家の中へと声をかけた。返ってきたお帰り、という声は、引退してから馴染んできたものの1つだ。その声に笑いながら、宛よ、と母から渡された便箋を手に取る。ぴらりと裏返して差出人を確認すれば、手にしたままで階段を上る。すぐにご飯だからね、とかけられた声に足を進めながら返事を返して、とりあえずは着替えようと、は自室のドアを開けた。




「あれ?」

着替えをすませ、自分の部屋からリビングへとやってきたは不思議そうな声を上げた。すでにリビングにいた父のお帰り、という言葉に、ただいまと返してから、自分が降りてきた階段へと目をやる。その様子に、思い当たる節があったらしい母はくすくすと笑った。

なら、今日は武蔵森よ」

え、と母を見るに、明日の試合会場は武蔵森からのほうが近いらしいわ、と母が続ける。その言葉にへぇ、なんて返しながら、内心で、なんだ、と呟いたに、父が笑った。
の弟のは、武蔵森に通っている。とはいえサッカー部ではなく、校外の野球チームに入っている1年生の弟とは、同じ学校だとはいえ会う機会など全くと言っていいほどない。週末はチームの練習グランドが近いこの家に帰ってきていると会えることを実は楽しみにしていたために、は小さく息を吐く。にとって、ここ数年喧嘩なんてしていない、年齢の割に大人びている弟は、実際のところ一番気を使わずにいられる人たちの1人だった。だからこそ、少し、話したいことがあったのだ。それは、そう、三上や渋沢じゃ駄目だということではなくて、 ――― 弟じゃなければ言えないようなことだったから。

「じゃぁ、今週は家に戻ってこねぇの?」
「試合は明日だけで日曜は練習だから、明日帰ってくるって言ってたわよ。」

だから待っててあげなさい、という母に苦笑して肩をすかせてから、は食卓に出す皿を取るために食器棚に向かった。食器を出しながら、小学生のときは、手伝いもほとんどしていなかったことを思い出す。そういう意味じゃ、世話焼きな渋沢に感化されてきたのかもなぁとは小さく笑った。




「・・・変な光景。」

土曜日になって、家に帰ってきたは、リビングの光景に小さく呟いてから冷蔵庫から牛乳を取り出した。リビングのソファには父とが座り、視線はマリオカートのゲーム画面が映し出されているテレビに向けられている。コントローラーを片手に、もやるか、と声をかける父に、いいから兄貴とやってなよ、とが返せば、お前勝てないもんな、とがニッと笑って言った。藤代ならば間違いなく乗ってくるだろうその台詞に、ははいはい、と返してコップに牛乳を注ぐ。その反応にちぇ、と少し拗ねたようなに笑いながら、母が口を開いた。

「今日はどうだったの?」
「勝ったよ」

が言葉を紡げば、父がそうか、と笑い、が完封?とに視線を送る。その視線に頷くことで答えながら、は牛乳を冷蔵庫にしまいなおすために踵を返した。そうして部屋に戻ろうとする弟を、が声をかけて呼び止める。

「なに?」
「あー・・・えっと」

振り向いたに、が言葉を濁す。そのときに、がちらりと母と父を見たのに気づいては怪訝そうに眉を寄せた。けれどその先を急かさずにいれば、は、あー、いいや、と苦笑して、視線をテレビへと向かわせる。本当はよくはないのだけど、けれど、ここでちょっと話したいことがある、とは言い辛かった。まだ両親に話すほどのことでもないと思うし、余計な心配もかけるつもりもない。だから、後で押しかければいいか、と思い直したに、が声をかけた。

「・・そういえば、課題でちょっと聞きたいところがあるんだけど」

教えてもらえる?と続けるを、は振り返る。そうすれば、あら、お兄ちゃんがいてよかったわね、と言う母の言葉が聞こえて、思わず出かけた、違うというの言葉は、そうだね、という弟の言葉に遮られた。

「じゃぁ、後で部屋にでも聞きにいくから」

そう言ってから、がリビングを出て行く。その姿を目で追いながら、本当に俺って周りに甘えてるかも、なんて思うに、また周回遅れだな、という父の言葉がかかった。





コンコン、という音の後にの部屋のドアが開いたのは、夕食の後だった。手ぶらのがパタンとドアを閉める様子に、は悪いな、と苦笑した。別にいいよ、と笑う弟をベッドに座らせて、自分も椅子から腰を上げてベッドの、の隣へと腰掛ける。

「なんかあったの?」

そう言うの視線を感じながら、あったっていうか、と、が口を開く。そう、何かあったわけではない。引退からもう2ヶ月ほど経ち、だんだんと部活がない生活にも慣れてきた。とはいえ、三上たちともフットサルやらなんやらとやっていて、サッカーと離れているわけでもないし、ランニングや筋トレなども続けている。それは、ここでサッカーをやめる気がないからに他ならないのだけれど。

「・・・・ちょっと、考えてることがあるんだ」

戸惑いがちにいうに、は小さく首を傾げた。たまに兄の相談相手というか ――― そこまで大袈裟なものでもないけれど、話し相手になることなら、ある。けれど、今までのそれと明らかに違うのは、兄が何かためらっている様子だということ。兄の決めたら真っ直ぐな性格を知っているからこそ、は不思議に思わざるを得なかった。

「・・別に、驚かないから。兄貴はたまに突拍子もないことするし」

小さく息をついてから言ったの言葉に目を見開いてから、は笑った。生意気、と言えば、思ったことを言っただけだよ、とが返す。このヤロ、との頬を抓れば、その腕は、痛いから、という言葉とともに外されて、はサッカーをやっている自分よりも、野球をやっている弟のほうが腕の筋力があることに驚きながらも、まぁそうだよな、と納得した。自分の横で、まったく、と息をつきながら赤くなった頬をさする弟に笑ってから、は1つ息を吐く。

――― 実は、さ」

それは初めて口に出した、言葉だった。







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